第44話 投資甲子園開会式

 投資甲子園開幕の10月31日を迎えた。


 上下じょうげ高校の生徒は、今夜のハロウィンに渋谷に行くだの、商店街の店のイベントの手伝いだのと、悲喜こもごもの話をしている。


「ハナちゃんは、いいの?」


「イロハよ、いいのとはなんじゃ?」


「だって、お化けの祭典みたいなものじゃない? トイレの花子さんの出番なんじゃないの?」


「わしは日本のお化けじゃ。西洋のお化けのマネごとなど。お菓子よりも金じゃよ金」


「アハハ……」


 学校のみんなが授業を受ける中、投資部は公欠扱いだ。


 午前中に、投資甲子園の開会式が開かれる。


 ただ、新型コロナの感染が依然として収まらないことから、開会式は来賓と、今日のスキャルピングの参加校だけが学校にきて、ほかの参加校へはリモートでの中継となる。


 イロハと花子は、玄関で来賓に、開会式が実施される体育館の方向を教え、パンフレットを配る係だ。


 部長のカリンや、アヤノ、そして手伝ってくれるカエデ、マキは、体育館や廊下で案内をする。


 シホは、スズメが生徒会を代表してあいさつするので、その仕事だ。


 部長のカリンは、


「国会議員の象勢ぞうぜいが挨拶するんだけど、時間がないから直前にくるんだって。まったく国会議員は自分勝手でいいよね」


 ふだん、あまり他人の悪口を口にしないアヤノも、


「今日が何の大会なのかも、分かっていなそうですよね。最近話題の事件もあるのに、結局挨拶はしたいんですよね」


 と怒っている。


 二人とも、イロハのことを思ってのことだ。


 学校の正門前で、イロハと花子の案内がはじまった。


「体育館は学校の奥です。靴のままどうぞ」


「パンフレットを持っていくのじゃ」


 参加者は、背広をきて、いかめしく歩いていく。


「きみ、象勢先生はもうきているのかな?」


 一人の老人がイロハにたずねた。


「いえ、挨拶直前にくると聞いています」


 そう返事をすると、老人は礼の言葉もいわずに、イロハを無視して学校の中に消えていった。


「ふん、ここにくる者みな、国会議員の象勢に、自分は挨拶を聞きにきたぞという姿を見せるためだけの理由しかないのじゃよ」


「ハナちゃん……」


「まったく、朝っぱらからハロウィンのようじゃ」


 イロハが、次にやってきた人の方を見る。


「っ!」


 そこへやってきたのは、国会議員の象勢揚郎あげろうと、その秘書である息子だ。


(ど、どうして!? あの人たちは、直前に来るんじゃなかったの?)


 イロハは、この息子の煽り運転で、両親を失っている。


 象勢揚郎はズカズカと歩いてくる。


「あ、あの、体育館は……」


 震えながらイロハが言うが、象勢は無視して歩いていく。


「おい、パンフレットがあるんだろ」


 後ろからやってきた息子がイロハに言う。


 イロハは怖くて固まった。


「パンフレットはここじゃ」


 ふんっ、という顔で、花子が一枚パンフレットを差し出す。


 象勢の息子はそのパンフレットを受け取り、


「おい、二人いるんだからもう一枚よこせ」


 と、花子に言う。


「よこせじゃと? 人に頼むときは下さい、じゃろ」


 花子はムスっとして言った。


「なんだこのチビ。俺が誰だか分かっていってるのか?」


「ふん、知っておるわ。中学校の時にはよく学校のトイレで煙草をふかしておったからの。おまけにトイレで飲酒して、盛大に吐いておったじゃろ」


「うっ、このチビ、なんでそれを! 誰が話した」


「ふんっ、わしは見ておったからの」


「なに、お前が見ているはずないじゃねぇか」


 象勢の息子が、ズズっと花子に顔を近づける。


「おい、左下内さげない、何してる?」


「おやじ!」


「ここでは先生と呼べ。早くいくぞ」


 象勢左下内は、父親の揚郎にうながされ、いぶかしい顔をしながら、一枚だけのパンフレットを握りしめて学校に入っていった。


「イロハや、大丈夫じゃったか?」


「う、うん。ちょっと、怖かったけど……。ハナちゃん、今の話って?」


「うん? わしはお化けじゃ。あやつの学生時代も知っておる。こんなことは言わないつもりじゃったが、あの態度。少しは反省してもらわねばの……。余計じゃったかの?」


 めずらしく、花子は心配そうな上目遣いにイロハを見る。


「ううん。ありがとう。元気が出たよ」


「そうか。よし、そろそろ客もみなきたであろう。わしらも体育館にいくとするかの」




 体育館の入り口では、アヤノとカリンが心配そうにイロハを迎えた。


「イロハ、象勢親子がきちゃったでしょ? 大丈夫だった?」


「は、はい。ハナちゃんが、なんとかフォローしてくれて。でも、どうしてこんなに早くに来たんでしょう」


「えーと、それは……」


 アヤノは、ステージの方を指さした。


 象勢親子と校長が、ステージ脇のスズメと、何か話している。


「まったく、スズメちゃんも大変だよ~」


「シホ先輩?」


「象勢が、スズメちゃんがこの学校の生徒会長だってことを知ったらしくてね。いまをときめくアイドル歌手のスズメちゃんと顔をつないでおけば、これからの選挙戦が有利に働くと思ったみたいなんだ」


 はぁ、とシホはため息をした。


 スズメを見ると、満面の笑みで受け答えしている。


 それを見ると、イロハは胸がざわついた。


「スズメもスズメだよ。八方美人みたいに」


 カリンがムッとして言う。


 アヤノも、そんなスズメの態度にムッとしているように、頬をぷくっとさせた。


「えーと、あの~、みんな……」


 シホは、そんなみんなの態度を見て、おどおどとしながらも、


「スズメちゃんを責めないであげて……芸能界も、たいへんなんだから……」


 ようやく、象勢親子とスズメの話が終わったようで、象勢親子は、名前の書いた紙が貼りつけてあるパイプ椅子にそれぞれ座った。


 スズメは、笑顔のまま、ステージ脇のパイプ椅子に腰をおろした。


「なになに、あれ、キラキラスパロウちゃんやない!?」


「うそ、ほんとや!!」


「えっ、えっ、はよサインもらいに行こ」


「う、うん! はよしね、はよしね」


 隣を見ると、今日の対戦相手の、福井県から来た羽比はっぴい高校の生徒たちだ。


 その隣の北海道代表のひぐま高校の生徒も、


「キラキラスパロウちゃん、なまらめんこいべ。あっ、あっこの高校の生徒、サインもらいに行くみたいだべさ」


「やべーべ、やべーべ、なまらやべーべ。私たちもサインもらいに行くべさ」


 座っていた生徒達が立ち上がりそうになる。


 そんな各校の生徒の間にシホが立ちふさがり、


「すみません~、今の彼女は芸能人ではなく生徒会長なので~」


 立ち上がった生徒を制する。


「え~、そんないけずしなくても……」


「残念やよ……。それにしても、なんか、あの笑顔、いつものキラキラスパロウちゃんやないみたいやけど……」


 そう言われてイロハがスズメの方を見ると、確かに、笑顔の質が違う。


 どことなく、完全に作り笑顔であることをアピールしているような感じだ。


 そんな中、校長がステージに向かって歩き出した。


 校長はステージに立つと、


「えー、本日はお日柄もよろしく、この日本国のためにご活躍いただいております象勢先生のご臨席もたまわり、たいへん恐悦至極に存じます……」


 長々と、象勢揚郎の話を述べていた。


 校長の挨拶の中で、投資甲子園に触れたのは最後の、


「投資甲子園にご参加の皆さんの検討を祈ります」


 だけだった。


 次にステージに上がったのは、来賓代表として、その象勢揚郎だった。


 他の来賓からは、大きな拍手が沸き上がった。


 象勢は、現在の日本の経済対策について語りだした。


 インベストインキシダの投資政策のおかげで、世界から多くの資金が日本に集まってくるだろうということ。この円安を武器に、日本は大きく成長するだろうということ。国の未来を支えるのは今の若い世代で、そのためにたくさん働いて、たくさん納税や年金を払ってもらうこと等々……。


「ふん、なんだあいつ。全然分かってないじゃないか」


「えーと、カリン先輩、聞こえますよ……」


 カリンとアヤノがヒソヒソ話をする。


 ただ、さすが国会議員の挨拶だ。もう10分近く話している。


 さすがに今日やってきている生徒も飽きてしまったようで、あちこちでヒソヒソ話が上がる。その声に紛れて、アヤノとカリンの声は目立たなかった。


 ようやく、象勢の話が終わった。


 開会式に参加している生徒のなかには、ぼーっとしている人も多い。


 ただ、次にステージに上がる人を見ると、そんなみんなは一気に集中力を取り戻した。


「キラキラスパロウちゃん!!」


「うわっ、すごい! 輝いて見えるよ!!」


 スズメは舞台に立つと、一礼した。


「本日お集まりいただいたみなさん、そして、リモートで参加の皆さん、生徒会長の吉良スズメです」


「うそ、本名言ったよ!」


吉良きらスズメちゃんって言うんだ! 名前もかわいい!」


 しばらく、ガヤガヤしたが、スズメが手を軽く上げると、すぐにおさまった。


 みんな、スズメの話を聞きたいようだ。


「しかしイロハよ」


 となりの花子がイロハに耳打ちする。


「スズメも本気じゃの」


「え、どういうこと?」


「スズメのプロフィールを見ると、本名は非公開って書いておった。スズメは相当、入れ込んでくれておるようじゃ」


 たしかに、イロハも、スズメと知り合うまではその本名も年齢も知らなかった。


「スズメ先輩……」


 スズメは、みんなを歓迎していることや、これから投資が盛り上がっていってほしいという思いを込めて話をしている。そして、


「最後に、投資は自己責任と言います。過ちもすべて、自分の責任になります。そこに、誰かを頼るということはないはずです。わたしは、こうした自己責任を自覚することも必要だと思います。たとえば、交通ルールとか……」


 イロハは、はっとした。


 隣を見ると、アヤノとカリンもはっとした顔をした。


「悪いことは悪いと、言えるような人が増えることを、私は願っています」


 そういって、スズメは一礼してステージを降りた。


 他の学校の生徒を見ると、最後のスズメの言葉がよく分からないといった顔で、首をかしげている。


「ス、スズメ、結構言うよね」


「ええ、スズメ、ちょっと怒ってましたね」


 カリンとアヤノは驚いたような顔で、スズメを見ていた。


 ただ、イロハは、何かすっきりした気持ちになった。


 象勢とニコニコ話していた時は、なんだか妙な気持ちになったが、やはりスズメは、イロハの思っているようなやさしいスズメなのだ。


 ふと象勢の方を見る。


 父の揚郎はニコニコしながら拍手を送っている。


 どう思っているのかは分からない。内心は思うところがあるのか、それとも、何も感じていないのかは分からない。


 ただ、息子の左下内だけは、ムスッとした苦い顔で拍手を送っている。


 それは、明らかに、煽り運転をしたことを思い出していることが分かる。


 生徒たちが、会場となる投資部の部屋へと移動をはじめる。


「イロハちゃん!」


 アヤノにうながされる。


「今はいろいろ思うところがあると思うけど……いいかな?」


「はい!」


 そうだ。今は象勢のことは二の次で良い。


 まずは、投資甲子園を運営すること。そして、大会で良い成績を出せるように頑張ることだ。


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