第45話 スキャルピング対決

 開幕戦第一戦は、上下じょうげ高校対、福井県代表の羽比はっぴい高校だ。


 イロハ、頑張れ!


「はいっ!」


 スキャルピングのルールは、制限時間1分でどれだけ稼げるかを競う。


 取引は、学校事に証拠金100万円が与えられ、FX、CFD、株に投資。どれだけ利益を上げられるかで決まる。


 対面のパソコン画面の前に、イロハが座る。


「よろしくお願いします」


「こっちこそ、よろしく。幸福度ナンバーワンの力を見せてやるよってに」


 東京時間午前、そこまでの値動きは期待できない。


「はじめ!」


 審判の合図とともに、取引が開始される。


(とにかく、少しでも利益を上げて、損失はないようにしないと)


 チャートの動きは鈍い。


(動きが鈍いから、スプレッドの狭いドル円一択だよね)


 イロハは、1分足で上がりすぎているドル円に注目した。


(移動平均線はかなり上がっている。あ、下がってきた。1分足ではとっても長い上ヒゲ。これは、次の足は陰線になりそう)


10lotショートする。


(少しさがった、利確。500円。あ、今度は下ヒゲになった。よし、すぐにロングにドテン)


 時間は少ししかない。数百円の利益でも利確だ。


(利確、ドテン、利確、ドテン!)


100円、300円、順調に利確を繰り返す。


「そこまで!」


 あっという間に、取引が終わった。


「ふう、2000円の利益。こんなものか。相手は……」


 相手を見ると、ポカンとしている。


 対戦後に表示される結果を見ると、


「え、マイナス3万円!!」


 羽比高校の選手を見る。


「上下高校強すぎや~」


「あんなん、勝てるわけないやろ。こんな強豪やって聞いとらんて」


 イロハは驚いた。


「これで、強豪?」


 上下高校のみんなの元へ行く。


「イロハ、やったね」


 カリンが出迎えてくれる。


「は、はい。でも、これくらいで強豪って言われてますけど……」


「うーん、まあ、やってる最中、イロハはチャートをある程度読んでトレードしてたよね。でも……」


 相手の高校を見る。


「よーし、次はあたしや! 勝つか負けるか運しだいや! 殺人通貨っちゅーポンドをいじってみよ」


「…………」


「あの、ポンドって、結構スプレッド広いですよね。それは、動きは大きいですけど、1分で利益出るくらい動くんでしょうか?」


「そうだよね。ふつう、そういう反応になるよね……」


 すぐに、花子と、羽比高校の選手の対決がはじまった。


 自分がトレードしている時には、相手の動きは見えないが、こうして控えている時には、全体が見える画面で、お互いのポジション取りがよく分かる。


「え、うそ、このタイミングでポンド円をロングするんですか! あー、やっぱり下がっていく。あ、切っちゃいました。そして、今度は、うそ、南アフリカランド!?」


 試合が終わった。


「ふう、わしは900円しか利益を出せなかったの。相手はどうじゃ?」


 相手は、たった1分で4万円も損をしていた。


 二人合わせて、すでにマイナス7万円だ。


「アハハ、次はアヤノ、頑張って……」


 アヤノは、パソコンの前で、特に何も手を動かしていない。


 相手の羽比高校の生徒は、ギャーギャー言いながら、取引を繰り返している。


「あんなに大声で取引してたら、うまくいってないのバレちゃいますよね」


「うん、アヤノ、何もしないつもりだよね」


 アヤノの利益は0円。しかし、相手は赤字を10万円にまで広げてしまった。


「わたしも、なにもいじらないでおこうかな」


 その言葉通り、カリンもパソコンの前に座ったが、1分間、何も触らなかった。


 相手は、ユーロドルに全ポジションを入れていたが、数秒で強制ロスカットされるなど、被害を広げていた。


「上下高校、プラス2900円。羽比高校、マイナス17万円。上下高校の勝ち」


 見ていた他校の生徒たちから拍手があがる。


「えーと、勝っちゃいましたね」


「うん、こんなもんなんだね」


 神奈川県代表の間黒まぐろ高校が偵察に来た際、そのすごさを目の当たりにしていただけに、この結果は驚きだった。


「でも、みんな!」


 カリンが部長らしく言う。


「今回は偶然、相手がよかっただけかもしれない。きちんと、他の高校の様子も見ておこう!」


 しかし、他校同士の対戦も、思ったほどのものではなかった。


 運頼みで取引を繰り返し、最終的には両校とも赤字で終わり、赤字額の少ない高校が勝ちあがるという結果になった。


 11月1日、2日と、高校数は減っていく。


 文化の日の3日は、一日中の対戦だった。


 このあたりになると、残った高校は対策も考えてくる。


 無理やりトレードせずに、0円で終わらせた方が勝てると見込んで、何も取引をしない高校も現れた。


 しかし、


「イロハ、一人目で差をつけちゃえ!」


(うん、大きく下ヒゲ。移動平均線からの乖離も大きい。ここはロング……。よし、グングン上がっていく。10銭動いてくれた。利確1万円!)


 イロハの取引が終わると、相手の戦意が喪失することも少なくなかった。


 4日も同様に、難なく勝つことができた。こうして、1週間の取引が終わった。


 他校が引き上げた投資部の部室では、投資部のメンバーにくわえ、カエデ、マキ、シホが掃除をしていた。


「ふう、それにしても、あなたたちって、かなり強豪だったのね」


「すごいじゃん! このまま優勝できるんじゃねーのか!」


 カエデとマキが言う。


「このままの勢いで行きたいところだけど、5日と6日は、遠くの学校の移動日だなんてね」


 カリンは、少々調子に乗っている。


「カリン先輩、調子に乗りすぎると痛い目にあいますよ。いっつもそうなんだから」


 アヤノがそんなカリンをたしなめる。


「アハハ、カリンとアヤノ、いい夫婦になりそうだな」


 マキが笑いながら言うと、


「ううっ」


 とカリンは顔を真っ赤にした。


「それはそうと、今日は赤字で終わる高校はほとんどなかったよね~」


 シホが言う。


 たしかに、ここまで残った高校には、運頼みで取引をするようなところはなかった。


「そうそう、間黒高校も順調に勝ち進んでいます。4人で10万円以上稼ぐ時もありましたし」


 アヤノが、各校の成績の書かれた紙を見ながら言う。


「たしかに、来週は厳しそうだね……あの、みんな、聞いてくれる?」


 カリンが、真剣な顔になる。


 みんなは、カリンを真剣に見る。


「わたし、この大会が終わったら、受験勉強に専念するために、一応引退だよね。いろいろバタバタしてたから、あまり大会のこと考える余裕もなかったから、楽しめればいいなくらいにしか考えてなかったんだ。だけど……」


 カリンは、一度深呼吸をする。


「ここまできたら、ちょっと欲が出てきちゃった。わたし、優勝したいよ……。今のわたしたちなら、なんか、優勝できそうな気がするんだ」


 みんなは、顔を見合わせる。


「他の高校の投資を見ていると、とてもワクワクしてきた。ここまで残った高校は、みんな色んな手法で、黒字で勝ち進んできている。そんな人たちと、たくさん対戦したい。そして、最後に残っているのがわたしたちなら、とってもいいなって」


「カリン先輩」


 アヤノが口を開く。


「ここまできたら、優勝しかないですよ。わたしも、こんなに楽しい大会なんてないと思っています。その場に、最後までいられないなんて、残念以外の何物でもないんですから」


 花子も続く。


「うむ。優勝すれば、奨学金も出るのじゃろ。ここは、奨学金ももらっておかねばの」


 イロハは、なんだかうれしくなった。


 まさか、ここまで勝ち進むことができるなど、はじめは思っていなかった。


 それに、イロハのこれまでの人生、人と競うことなどなかった。


 中学まで部活には所属していなかったし、テストも、それなりの点数を取れていれば満足できていたのだ。


 それが、こんなに楽しいことを見つけて、それを人と競争できるなんて。


「わたしも、最後まで、みなさんと一緒に戦いたいです!」


 みんなは、笑顔で、一つうなずいた。


「それにしても、カリン先輩」


 アヤノが言う。


「はじめは楽しめればいいなくらいって何ですか?」


「アヤノ?」


「わたし、はじめから優勝する気でいたんですけど」


「ううっ、いや、これはなんというか、気分的なことで。もちろん、わたしも勝つ気でいたよ」


「部長がそれじゃあだめですよ。カリン先輩も、もう一度本当に気合入れ直してくださいね!」


「うう~アヤノが怖いよ~」


 そんな二人のやり取りを見て、みんなから笑いが漏れる。


 たしかに、これから対戦する高校は、きちんと投資に向き合っている高校だろう。


 そして、間黒高校は、強豪に違いない。


 でも、このみんなとなら、そんな高校とも、渡り合える。


 イロハは、そう思った。

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