第38話 強敵現る

 19日の週がはじまった。とはいっても、19日は敬老の日でお休みだ。


 テレビで、キラキラスパロウのスズメによる敬老の日スペシャルライブが放送されていた。


「スズメ先輩、かわいいなぁ」


「アイドルのかっこうをすると、よいものじゃの。しかし、台風じゃし、帰ってこれるのかの?」


「えーと、そうだよね。三重県でやっているのかぁ」


 投資部の活動があればよいのだが、カリンは休日や祝日は、いよいよ受験勉強で忙しいそうだ。


「なんだか、ドル円は堅調だけれど、日経は下がってきちゃったね」


「じゃな。投資部では、日経は2万5800円でロングじゃったの。利確しておいた方がよかったようじゃな。ドル円は、131円でロングじゃったから、こっちは安心じゃな」


「空運株は堅調だよね。こっちは良かった」


「外国人旅行者がいよいよ国際線を使いだしそうじゃからの」


 イロハは花子とそんな話をしながら、三日間投稿すればまた休みがやってくる、飛び飛びのシルバーウィークの前半を満喫した。


 20日になった。


「やあ、みんな揃ってるな」


 投資部には、スズメとシホがやってきた。


「スズメ先輩! 昨日の敬老の日コンサート観ました!」


「ありがとう。自分でもなかなかよくできたと思っている」


「三重県だったんですよね。台風は大丈夫だったんですか?」


「うん、なんとか終わってすぐに移動したからね。お土産も買ってきたよ。美味しい餡子の」


 みんなは、スズメが持っている袋をのぞき込んだ。


「それって、あの伊勢の大きな神社で有名なところの?」


「それ、わたし大好きです」


 しかし、スズメは、ふっふっふ、と笑う。


「伊勢の大きな神社のお餅と餡子は有名すぎるから、一度は食べたことあるだろう? 今回は、桑名くわな市ってところの餡子餅のお菓子だよ」


 見ると、棒状のお餅で、中に餡子が入っているらしい。


「なんだか、牛の舌みたいですね」


「イロハちゃん、牛の舌見たことあるの?」


「いや、ないですけど……。なんとなく……」


「じつは、わたし、伊勢のお菓子よりも、この桑名のお菓子の方が好きなんだ」


 みんなは、不思議そうにお菓子を食べてみる。


「おいしい!」


「うん、なんか面白い食感!」


 スズメは、みんなが食べる様子をニコニコしながら見ている。


「甘いものを食べると、頭が冴えるのう。長いこと生きておるが、この菓子ははじめて食したぞ」


「はは、ハナちゃんがはじめてだったとはね。でも、たいてい三重県のお土産は、伊勢の大きな神社のところの餡子餅になっちゃうからね」


 そこまで言ってスズメは、コホンと咳払いをした。


「さて、本題に入ろう」


 みんなは、細長い棒状のお餅を加えたまま、スズメを見る。


「明日なんだが、投資甲子園の会場が上下じょうげ高校に決まったことで、下見をしたいと言ってきた高校があるんだ」


 みんなは、顔を見合わせた。


「本来なら、投資部のみんなに許可をもらうべきなんだが、校長が勝手にオーケーしてしまって……。明日の放課後、くることになってしまったんだ……。わたしの知らないところで動いていた話だったとはいえ、申し訳ない」


 スズメは、しゅんとした顔でうつむいた。


「スズメは悪くないよ」


 すぐにアヤノがスズメの肩に手を置く。


「こんなことで、悪いって思わなくてもいいよ。上下高校の教員たちは、なんだか変だもの。それを正そうとして、頑張っているんだから」


「アヤノ……。うん、ありがとう」


 アヤノとスズメが向かい合ってニコリとする。


「うんうん、仲良きことはよいことじゃ」


 花子は、腕を組んでうなずいている。


 ただ、イロハがチラとカリンを見ると、なぜだか、どこか複雑そうな顔でアヤノとスズメを見つめている。


「えーと、それじゃあ、申し訳ないんだが、明日午後、投資部で受け入れてくれるっていうことでいいかな? 来るのは、間黒高校というところの部長さんと副部長さんらしいんだけど」


間黒まぐろ高校って、神奈川県のお嬢様高校だよね」


「ああ。投資部は今年できたばかりらしい。でも、財界人のご子息が入学しているから、投資にも精通しているのかもしれない」


 みんなは、顔を見合わせた。


「それは、スズメも対応するってことでいいんだよね」


 カリンがスズメに問いかけた。


「えーと、すまない。明日は生徒会の仕事でどうしても顔を出せないんだ……」


「ふうん。別にいいけど、こういう事態を想定して、スズメも校長をあらかじめ牽制しておく必要があったよね」


 少し、とがった口調だ。


「すまない……」


「ちょっとカリン先輩。スズメは頑張ってるんですから」


「アヤノは、スズメの肩を持つの?」


「肩を持つって……。上下高校の教員たちが変なのは、カリン先輩だってよく知っているじゃないですか」


「まあ、そうだけど……」


「ごめん、スズメ。明日は投資部で対応するから、気にしないで」


「ああ。アヤノ、ありがとう」


 そういって、スズメはシホとともに投資部を後にした。


「カリン先輩の態度、ちょっと嫌でしたよ」


「別に、当然のことを言ったまでだよ」


 なんだか、この日は不穏な空気が流れた。




 翌21日、投資部には、漆黒のワンピースの制服を着た2人の生徒が現れた。


「こんにちは。わたくし、神奈川県代表としてきました、間黒高校3年で投資部部長の三浦みうらミサキと申しますわ。こっちは同じく2年で副部長の茶木羅ちゃきらコウさん。よろしくお願いいたしますわ」


 ミサキもコウも、清楚なお嬢様という形だ。


「ええと、わたしは上下高校投資部3年生で部長の新田にったカリンです。よろしく。えーと、下見だよね。まずは校内を案内しようか。もう少し部室でゆっくりする?」


 カリンの挨拶が終わるか終わらないかのうちに、ミサキは、


「ところで、上下高校投資部は団体戦にもエントリーしてらっしゃるそうですわね。今の投資成績を教えてくださるかしら?」


 みんなは、顔を見合わせた。


 別に、隠すものではない。


「えーと、少し利確もしているけど、含み益でまだ握っている方が大きいかな。ドル円で300万円くらいの含み益があるくらいだよ」


「300万円~?」


 ミサキとコウは顔を見合わせて、クスクスと笑った。


「いや、ごめんなさい。でも、もう団体戦が始まって半年程。しかもデモトレードですわ。それで300万円って、何か大きな失敗でもなさったのかしら?」


 明らかに挑発にかかっていることが分かった。


「上下高校が投資甲子園の会場に名乗りを上げたことや、全国に先駆けて、昨年から投資部を創設したと聞いていましたが、これでは、ただのデモトレごっこですわね」


 カリンがむっとして、


「ごっこって、それは失礼じゃないですか。失礼ですけど、そっちはいくら儲かっているんですか?」


 すると、ミサキとコウはニヤッと笑って、人差し指を一本出した。


「い、いち? 百万円?」


「一千万円ですわ」


「一千万!?」


「それも、こちらは利益確定分ですわ。含み益はそれにプラスして、現在500万円ほどありますかしら」


 みんなは驚いた。


 ドル円の300万円の含み益があるだけで、かなりトップなのかと思っていた。


 しかし、その3倍以上、すでに利益確定しているのだ。


 しかも、含み益の額だけでも、上下高校の額よりも大きい。


「よく見たら、投資に使っているコンピューターもスペックが低そうですわね。モニターもコンピューターの一画面だけ」


 カリンは、ウーっと唸っている。


「せいぜい、個人戦に使うパソコンが途中で固まらないくらいのスペックで用意はしてくださいな」


 カリンは必死に言い返そうとしているが、言葉が出てこないようだった。


 そこでアヤノが、


「あの、校舎を見ていきますか? 案内しますけど」


 しかし、ミサキは、


「いいえ結構ですわ。次会う時は、いいえ、団体戦は下位、個人戦も運よく初戦で当たれれば会うこともありますでしょうけれど、そうでなければ勝ち残れるますかしらねぇ」


 そういわれると、アヤノもむっとしたようだった。


「次会う時には、敗退してスタッフに専念できますわね、オホホホ」


 そういって、ミサキとコウは笑い出した。


 さすがに、見ていてイロハも腹が立った。


「あの!」


 イロハは大声を上げた。


「一千万円勝っているそうですが、それは実力なんですか? 運なんですか?」


 ミサキとコウは顔を見合わせた。


「投資は一時的に運で勝てることだってあります。どうなんですか?」


 ミサキとコウは再び笑った。


「当然、実力に決まっていますわ。でも、どうしたら証明できますかしらね?」


「ミサキ先輩。今夜はFOMCがあります。それの結果を当ててみるのはいかがでしょうか」


「いいですわね。でも、ただ予想しても仕方がありませんわ。いかがでしょう、ここは一つ勝負してみては」


「勝負、ですか?」


「ええ。今、ドル円のポジションをとって、FOMCの政策金利を通過後、明日の正午まで持ち続けて、決済するというのはいかがでしょう。それをスクリーンショットで送りあう。これぞ交流ですわ」


「は、はい、いいですよ」


 イロハは売り言葉に買い言葉で、喧嘩をかってしまった。


「い、イロハ……大丈夫?」


「そうだよ、イロハちゃん、挑発に乗っちゃ……」


「んん~? 逃げるなら今のうちですわよ?」


「やります! どのくらいの額にしますか?」


「そうですわね、50lot……、いえ、そんなにポジションは取れませんわね。10lotにしておいてあげますわ」


「わ、分かりました! じゃあ、こっちは……さすがに今回は上がりすぎているので、そろそろ金融引き締めをやめるような一言が飛び出すと思ってショートで!」


「分かりましたわ。では、こちらはロングにしておきますわ。さあ、ポジションをとりますわよ」


 イロハはスマホを取り出した。


「イ、イロハ、大丈夫なの?」


「イロハちゃん、投資部のお金だってわかってる?」


 カリンもアヤノも心配している。


「今なら、やめてもいいのですわよ」


「いえ、10lotショートです!」


 イロハはポジションを取った。


「じゃあ、わたくしはロングを」


 それぞれ、1ドル143円60銭で、別方向のポジションを取った。


「では、今日の下見は終わりましたわ。面白い交流もできましたことですし、大収穫でしたわ。それではみなさん、くれぐれも途中退場しないように。ごきげんよう」


 そういって、ミサキとコウは帰っていった。


「もう、なんなんですか、あの人たち!」


 イロハは、腹立たしい気持ちが抑えられなかった。


 でも、


「イロハちゃん、本当に、大丈夫なの?」


 アヤノに再度言われると、だんだん冷静さを取り戻してくる。


「これは、投資部のお金なんだよ」


「…………」


「イロハちゃんは、もう少し自制を効かせられるようになった方がいいね」




 午前3時のFOMC政策金利発表が気になる。


「イロハ、まだ寝ぬのか? 睡眠不足はお肌の大敵じゃぞ」


「うん……もうそろそろ寝るよ……」


 イロハの予想とは裏腹に、0時を回ったときには、1ドル144円をつけた。


(4万円の含み損……)


 投資部できちんと戦略を立てようということで活動してきたのに、今回はイロハが挑発に乗り、独断で、何も考えずにドル円をショートしてしまった。


(本当に、バカなことしちゃった……。明日、カリン先輩とアヤノ先輩に謝らないと……。だけど、これは2分の1の確率。なんとか、勝ちたい)


 そして、ついに3時を迎えた。


(よかった! 下がった!)


 政策金利は市場予想通りの0.75%の大幅利上げだった。しかし、材料出尽くしの利益確定の売りが出ているようだ。


(まだ少し含み損だけど、この勢いなら、明日の朝には!)


 そう考えると、安心感からイロハはいつの間にか眠りに落ちてしまった。




 翌朝、スマホを見ると、結局ドル円はFOMC前の水準に戻り、含み損は4万円になっていた。


(なんで、戻っちゃったの……)


 授業中もきになって仕方がない。


 そして、問題の12時の正午。


 お昼休みに投資部に集まる。


「負けちゃったね……」


「はい……」


 144円50銭。9万円の損切となった。


 スクリーンショットを取って、ミサキに送る。ミサキからは、逆に9万円の利益が出ているスクリーンショットが送られてくる。


「わたし、ぶざまですわ、なんて言われてるんでしょうね……」


 イロハはうつむいた。


「うん、そうだね」


 アヤノははっきりと言った。


「今回のイロハちゃんは、本当にぶざまだよ」


「ううっ」


「ちょっと、アヤノ。さすがに言い過ぎ」


「ううん。たしかに一人でやるのなら自己責任って言える。でも、これは投資部みんなで運用しているお金なんだよ。それを自分勝手に挑発に乗って使っちゃうなんて、どうかしているよ」


「反省……してます……」


「イロハちゃん、投資甲子園には、イロハちゃんのご両親を煽り運転で亡くならせちゃった人のお父さんが、来賓としてくるかもしれないんだよ」


 イロハははっとしてアヤノの顔を見た。


「その国会議員の人の性格がどうだかは分からない。でも、もしその人が挑発してきたらどうする? 今のイロハちゃんなら、挑発にのって、簡単に相手の罠にはまっちゃうよ」


「そ、それは……」


「イロハちゃんには仲間がいる。わたしも、カリン先輩も、ハナちゃんも。それに、スズメだって、きっと相談に乗ってくれるはずだよ。わたしたちは一人では絶対に勝てない。だけど、何人も集まれば、きっと立ち向かえるよ」


「は……はい」


「だから、取り乱しそうになったら、一度深呼吸だよ。みんなで支え合おう」


「はい……」


 なんだか、くやしいのと、うれしいのとで、じわっと目から熱いものが流れそうになってしまった。


「あの、本当に、すみませんでした……」


 そういって、イロハは頭を下げた。


「ううん、これからまた、取り戻そう」


 アヤノはニコリと笑ってくれた。


「まったく、イロハはおとなしそうなのに、すぐに厚くなるんだよなぁ」


 カリンも、ニコッと笑ってくれる。


「うむ、わしも、イロハが暴走しそうになる時には、なんとか止めぬとな」


「お化けにまでいわれてるぞぉ」


 カリンが言った後には笑いがおこった。




 その日は、日銀の黒田総裁が記者会見で、当面の金利引き上げはないこと、当面とは2~3年を意味すること、といった発言をしたため、さらに円安ドル高が進んだ。


 しかし、


「あれ、間黒高校の三浦ミサキ先輩からメール……」


 そこには、ドル円をショートしたスクリーンショットが貼り付けてあった。


「この人、大丈夫なのかな? こんなトレードして?」


「たしかに上がりすぎだとは思いますけど」


 放課後の投資部では、ミサキのスクリーンショットについて、様々な考察が飛び出ていたが、


「うそ、暴落! どうした!?」


「ニュース出ました! 財務省が為替介入したそうです!!」


 財務省は24年ぶりの為替介入を実施して、ドル円は145円80銭から140円60銭までの急落を演じたのだ。


「あ、またメール……」


 そこには、ドル円50lotのショートで、200万円を超える利益を上げたことが報告されていた。


 そのメールを見て、みんなは息をのんだ。


「なんだか、すごい敵が現れちゃったね……」


「団体戦も個人戦も、大丈夫なんでしょうか……」


 相場は大きく乱れた週となった。気持ちも同じように、大きく乱れていた。

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