第3章 第36話 投資甲子園にむけて
本格的に夏休みが明け、普段通りの生活が戻ってきた。
夏休み中は、特にすることがなくなってしまっていたが、学校が始まると、休みが懐かしくなる。
夏休み明けの始業式では、スズメが生徒会長として挨拶を行なった。
その挨拶は、体育館を生徒会長の私的なライブに使ったことを謝罪する内容。
そして、多くの教員がいる前で、この学校を生徒が過ごしやすくなるよう、改革する、というものだった。
見ていた教員は、突然のスズメの方針転換に驚きを隠していなかった。
一番驚いていたのは、スズメの隣にいた、副会長の足利シホだった。
スズメが、生徒を第一に考える案を次々としゃべっていくと、シホはあたふたとしていた。
「ハナちゃん。なんだか、足利先輩、ちょっとかわいそうだったよね」
「まあ、アヤノを一度裏切った者じゃし、少しばかりお灸をすえてもよかろう」
スズメの謝罪と改革の一つに、これから実施され、まだ会場の未決定の大会を、上下高校に誘致する、というものがあった。
その運営のために、有志を募る、ということも考えていた。
「生徒の中には、活動をつぶした私に協力したくないという人もいることは承知している。3年生の中には、せっかく良い成績を大会で納めて、大学からの推薦をもらったり、内申点を上げようとしたりと、考えていた人も多いと聞いている。その穴埋めといってはおかしいが、今回の運営に参加することは、一つ進学の上で評価になると思う。いまさら何を言うかと思うかもしれない。でも、もしよろしければ、力を貸してほしい。よろしくお願いします!」
そういって、スズメは頭を下げた。
アイドル歌手のスズメが頭を下げている様子は、なんだか痛々しい。
「スズメ先輩、かわいそう……」
「うむ、しかし、スズメにとって、一つのケジメなのじゃな」
放課後、投資部は、ここのところのドル円の過剰な上昇に一喜一憂だった。
「アヤノ、かなり利益乗ってきたし、そろそろ切る?」
「カリン先輩、もう少し待ってみましょう。1ドル150円なんて言われてきてますし」
「でも、世間が騒ぎ出したら反転って、よくいうじゃん? あ、やっぱり下がった……」
それでも、131円で30lotのロングポジション。すでに含み益は300万円を超えている。
「ああ、これがデモトレじゃなかったらなぁ。花子は実際のトレードしてるんでしょ? どうなの?」
「うーむ、今年は、赤字じゃ……」
「えぇ、だって、投資部と同じことしてれば、勝てたじゃん」
「むむ、リアルのトレードは利益が乗ってきたら、怖くて利確してしまうのじゃ」
「怖いって、お化けが怖いって~」
「なんじゃカリン、呪ってしまうぞ」
いつもの元気な投資部が戻ってきたと思うと、イロハは嬉しくなった。
不謹慎かもしれないが、アヤノが生徒会長選挙に落選して、こうして投資部に入り浸ってくれるのも、悪い気はしなかった。
とそこへ、投資部の扉が開かれた。
「え、吉良さん?」
カリンは驚いて言う。
「それと、シホちゃん?」
アヤノも驚く。
「やあ、忙しいところ、すまない。少し話を聞いてくれないだろうか」
みんなは、スズメとシホに椅子を用意する。
「吉良さん、今日の始業式ではお疲れ様。たいへんだったでしょ?」
カリンが聞く。
「ああ、しかし、当然の報いだ」
そこで、チラッとシホを見て、
「正直、シホにも悪いことをした。シホも、私についてきてくれると言っているが、内心では、穏やかじゃないだろう」
「いや、えーと、わたしは、その~……」
シホは、うつむいている。
「ただ、えーと、アヤノちゃんには、悪いことしたとは、思ってる……。ます……」
シホは、生徒会長選挙で、はじめアヤノの副会長候補として応援していたが、突如スズメの副会長になったいきさつがある。
上目遣いにシホがアヤノを見る。
「えーと、気にしてないと言えばウソになるけど。わたしも色々勉強したよ。これが選挙なんだなって。学校のために、お互い頑張ろう」
アヤノが言うと、シホが照れたようにうつむいた。
するとスズメが、
「橘さん。わたしのことも、シホのことも、許してくれと言うつもりはない。ただ、学校をよくするために、協力だけはしてほしい。どうだろうか」
「この前も言ったけど、もう謝るのはなし。一緒にがんばろうよ」
「ありがとう」
スズメは、笑顔になった。
「それで、スズメ先輩、突然投資部にどうしたんですか?」
イロハが、割って入った。
「ああ、そうだ。今日の始業式で言っていた、部活の大会を誘致する件なんだが、さっそく一つ案件があるんだ」
そういって、スズメは、一枚の紙を机に広げた。
「投資甲子園部活動大会の会場募集について……」
みんなは、紙に書かれたタイトルを読み上げた。
「夏休み中、校長宛に届いていたらしい。この大会は今年からで、みんなも参加しているんだろ?」
スズメがみんなの顔を見回すと、カリンが答える。
「うん、参加してる。でも、スキャルピングの大会は、どこかの会場に集まって実施するって話だったけど、まだ決まってないんだよね」
「ああ。今年から始まる大会だから、手を挙げた学校は、今後も永続的に会場にされてしまうかもしれない。そういうのは、学校としては、なかなかの手間で、難しいらしいんだ。それに、今年は新型コロナの感染状況もまだ悪い。だから、感染対策も大きな手間になる。それを危惧して、まだ会場が決まっていないらしいんだ」
みんなは顔を見合わせた。もう、スズメの言いたいことは、なんとなくわかる。
「どうだろう、上下高校を会場にすると、名乗りを上げてみるのは?」
みんなは、黙ってしまった。
そんな微妙な気配を察知したのか、スズメは、
「もちろん、投資部のみんなには、準備にも加わってもらうことになるだろう。投資の技術を磨く時間を奪ってしまうことにもなる。無理にとは言わない。今日は、話をもってきただけだ。考えておいてほしい」
と、紙をまた手に持ち、
「行こう、シホ」
と言って、去ろうとする。
「あの、スズメ先輩、待ってください!」
イロハは、スズメを呼び止めた。
みんなはイロハに注目する。
イロハは、これまで、アイドル歌手のキラキラスパロウとしてのスズメしか知らなかった。
そのスズメの歌には、両親を失ってから、ずいぶんと励まされたものだ。
そんなスズメと、まさか生徒会長選挙を巡って争うことになるとは思わなかった。
でも、スズメが一年分留年していること、飛び級で高校を卒業したいことや、とてもリーダーシップがあり、優しいことも知ることができた。
そんなスズメが、最近では、学校の生徒から疎まれてしまっている。
自分も、スズメの役に立ちたい。
本当は優しいスズメを、もっとみんなに、好きになってほしいと思う。
「あの、わたし、勝手なことを言います……」
みんなは、イロハを見る。
「わたし、この上下高校で、投資甲子園を開催したいです!」
みんなは、びっくりして声を上げた。
「ちょ、イロハちゃん、これは部活のみんなで、一度相談して決める事柄だと思うんだが……」
話をもってきた、当のスズメまで、驚いてしまっている。
「あの、これは、わたしのわがままです。でも、カリン先輩、アヤノ先輩、そしてハナちゃん。このみんなは、とてもすごい人たちです。このみんなとなら、会場として、成功させられると思います。それと……」
この後のことを続けるのは、さすがに自分勝手なことを曝すことにもつながる。
でも、もう、イロハは投資部のみんなには隠し事をしないことにしている。
「それに、わたし、キラキラスパロウのスズメ先輩が、これ以上たいへんな目にあったり、みんなから嫌なことを言われるのは、嫌なんです!」
みんなは、イロハが言い終わった後も、何も言えずにいた。
しばらくして、スズメが、
「イロハちゃん、ありがとう。とてもうれしいよ。でも、最後のはいただけないな。それは、イロハちゃんの勝手な意見だろ? 投資部のみんなが、そう思っているとは限らない。それに、3年生の新田さんは、受験生だ。そうした、みんなの立場も考えて、発言しないと、後々自分が不利になっちゃうよ」
「ごめんなさい……」
イロハは、しゅんとして、うつむいた。
スズメの言うことは的確だ。
でも、
「受験が何さ! 青春は今しかないんだよ!」
カリンが言った。
「うんうん、イロハ、よく言ったよ! それに、ただどこかへお客さんとして大会に参加するんじゃなくて、自分たちで作るのなんて、楽しそうだし、思い出に残ること、間違いなしだよ! 第1回の大会の会場になるなんて、とっても面白そうじゃない!」
それを見て、アヤノも、フフっと笑顔で、
「しょうがないですね。イロハちゃんも、なんだかカリン先輩みたいになってきちゃったよね。でも、わたしも面白いと思います。いいんじゃないですか。やってみるの」
そして、みんなは花子を見た。
「うむ、わしもよいと思うぞ。もし、変な輩が学校に入り込んできたら、お化けたちの力も借りて、血祭りにあげてやろうぞ」
うんうん、とうなずいている。
「お、お化け? ……。いや、本当に、いいのか?」
スズメがみんなに聞く。
みんなは、うん、と一つ大きくうなずく。
スズメが、満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう! さっそく、生徒会としても準備にあたるよ。さあシホ、忙しくなるぞ」
「あ、ちょっと、スズメちゃん、まって」
スズメは駆け足で生徒会室に向かっていく。
シホは後ろからあたふたと追いかける。
二人が去っていくと、
「アハハハハ!」
カリンが大声で笑った。
「この部活、本当にいつも、イベントが発生するね。イベント率高すぎだよ」
「本当ですね! イロハちゃんも、結構ノリノリだよね」
「ううっ」
イロハは、赤くなった。
「うむ、イロハはなかなか思い切りがよいのう。それこそ、投資家の鏡じゃ」
「投資家って……ハナちゃん、何か関係あるの?」
「大ありじゃ。投資家たるもの、リスクを恐れてはいかんのじゃ。リスクなくして、利益なしじゃ」
「なに、その格言?」
それを聞いたアヤノとカリンは、また大笑いした。
5日の週は、さっそく投資甲子園の準備で忙しくなった。
スズメとシホは、校長や教員を説得してくれた。
「まあ、生徒が主体的に計画するのであれば……。教員たちには、迷惑はかけないんですよね?」
校長たちは、自分たちが準備には関わらないことを条件に、許可したそうだ。
「この学校の教員ときたら。結局、何もやらないことで、失敗したら生徒のせい。成功したら自分たちの手柄にしようとしているのが見え見えだな」
投資部で打ち合わせした際に、スズメが愚痴をこぼす。
「まあ、それが、大人の世界なんじゃないかな?」
アハハ、とアヤノが賛同する。
「橘さんって、結構達観しているよな」
「そう、ですかね?」
二人は、アハハ、と笑っていった。
投資部の活動時間が終わってからも、スズメやシホとの打ち合わせが続いた。
「ゴメン、わたし、今日は塾があるから」
「いいえ、カリン先輩、今のうちに頑張って勉強しておいてくださいね。これで大学受験失敗したら、こっちまで微妙な気持ちになっちゃうんですから」
「なんだよ。見てろよ、首席で入ってやるんだから」
「はいはい、塾遅れますよ」
カリンは、大学受験のための塾で不在になることもあった。
部長のカリンがいなくても、アヤノが投資部のことはなんでも分かっている。それはそうだ。カリンとともに、この投資部を立ち上げたのだ。
それに、生徒会長選挙に立候補するほどの実力がある。
「あ、イロハよ。今日は本田氏のところで、緊急にアルバイトに入る約束じゃなかったかの?」
「あ、そうだった。すみません、アヤノ先輩、スズメ先輩。今日だけははずしていいですか?」
「うん、頑張ってきてね」
「わしも、夕食の支度があるからの。今日は失礼するぞ」
イロハは、後ろ髪惹かれる想いで、帰宅した。
学校の校門まできたところで、
「あ、ハナちゃん、スマホを部室に忘れちゃった……」
「おお、それはいけぬな。まだ時間は十分ある。とってくるとよい。円安がどこまで続くか、注視せぬといけぬからの」
「うん、ちょっと待っててね」
イロハは、急いで投資部に戻った。
投資部に戻ろうとすると、シホが歩いているのが見えた。
「あ、足利先輩」
「えーと、イロハちゃん~?」
「わたし、投資部にちょっと忘れ物で」
「そうなの~? わたしは、スズメちゃんからまとめるように依頼されていた書類が片付いたから、投資部に持っていくところ。一緒にいこうか~?」
二人で投資部の部室の前までくる。
部室に入ろうとてドアに手をかけると、静かにシホに制止された。
「足利先輩?」
「シーっ」
シホは、人差し指で口をおさえる。
中から、アヤノとスズメの声が聞こえてくる。
「それにしても、橘さんが手伝ってくれて、本当に助かるよ」
「いえいえ、生徒会長って、たいへんなんですね」
「そうだよ。校長印丸投げでさ。決裁文書まで作らされてるんだから。これって、校長の職務放棄だよな」
「今から社会勉強できて、わたしも勉強になりますよ」
アハハ、と笑い声が聞こえる。
「あの~、ところで、橘さん?」
「はい?」
「わたしとしゃべる時、たまに敬語になったりもするよね?」
「アハハ、バレてますよね。えーと、だって、吉良さん? 吉良先輩? 一年年上じゃないですか?」
「ああ、やっぱり、それだよね」
しばらく、沈黙が流れる。
「あの、たしかにそうだけどさ、やっぱり同じ2年生なんだし、タメで話してくれないかな。その方が、自然だし……。芸能界も、年齢よりも実力だし」
「実力……。それなら、こういう権謀術数に長けてるという意味では、吉良さんの方が、上じゃないですか?」
「なんだよ、それ。いや、投資のことでは、橘さんの方が上だろ。聞いたよ。ドル円131円で30lotロングして、300万円儲かってるんだろ? これは、スイングの部門では、上下高校がいい線いくんじゃないか?」
「アハハ、吉良さんは、どうなの?」
「わたしは、リアルで負けっぱなしだよ。本業の方から入金して堪える日々」
「アハハハハ」
アヤノが大声で笑う。
「笑うなよ。こっちは大変なんだから」
そこまで言って、二人は、また笑っている。
しかし、しばらくして、スズメは真剣な顔になって、
「やっぱり、わたしのこと、いまも嫌だって思っているなら、無理にとは言わない……」
アヤノも、真剣な顔になる。
「今は、嫌、とは思っていません。とっても、優しい人だなって、思います。イロハちゃんのことも、何度も助けてくれたみたいですし。でも、生徒会長選挙の時には、結構嫌な子って思ってたんですよ」
「ううっ」
「私のこと、先生たちに吹き込まれたとはいえ、悪い人とか言ってさ」
「たしかに、よく確かめもせずに、ひどいことをしたと思う」
「でも、うまく修正できるのが、吉良さんのいいところだよね」
「アハハ……。そう、だろうか……」
「あの、吉良さん、そしたら、これから、タメ口になるけれど、いいのかな?」
「橘さん……。もちろんだ!」
「えーと、それじゃあ、わたしからもお願いしていい?」
「なんだよ、交換条件みたいに」
「そりゃそうだよ。対等な取引だよ」
「抜け目ないな」
「わたしの名字、橘って言いづらいでしょ? 投資部のみんなも下の名前で呼び合ってるし、アヤノでいいよ。わたしも、えーと、スズメってよぶから」
「なんだ、そんなことか。もちろん! そういえば、スズメって、呼び捨てなのは、あまりないな」
「そうなの?」
「なんか、芸能人だからって、みんなさん付けやちゃん付けなんだよな。なんか、距離があるみたいで」
「芸能人はたいへんだね。あー、芸能人じゃなくてよかった」
「なんだよ、それ!」
また、二人は笑いあっている。
ドアの外で聞いていたイロハとシホは顔を見合わせた。
「なんだか、入ったら、まずい気がするんですが……」
「そだね~、また今度にしようか~」
そういって、二人は部室を後にした。
校門前まで戻ってくる。
「おう、イロハよ。ちと遅かったの。スマホはあったかの?」
「うーん、それ、明日にするよ」
「うむ? 明日? いったいどうしたというのじゃ?」
「ふふ。内緒だよ」
「なっ、なにを! イロハよ、いったい何があったのじゃ!」
その日、ドル円は144円を軽く上回り、145円をうかがう展開まで上昇した。
なんだか、ドル円の上昇のように、みんなの気持ちも上向きな気がした。
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