汚職は何処でも

「出撃命令?」


 戻って来たカチューシャにノンナが尋ねた。


「ええ、そうよ。知っていたの?」


「司令部に入ってきた面子を考えれば出撃しかないもの」


 防御のためなら、現有戦力でも十分だ。

 だが、陣地の奪回、攻撃となると守備側の三倍は必要なのは軍事上の常識だ。

 カチューシャたちもこの二年間で味方の血を授業料に身を挺して学んでいる。

 続々とやってくる味方部隊を見れば作戦もある程度分かる様になっていた。


「ええ、十分な戦力が整っているようよ」


 軍機のためにカチューシャは詳細は語らなかったが、ノンナを安心させる為に言う。

 しかし、ノンナの顔色は冴えなかった。


「今回の戦いは急すぎるわ」


「何か気に障ることでも?」


 作戦指示書を読みながらカチューシャは尋ねた。


「政府の尻拭いをさせられているのが嫌なのよ」


「汚職の話し?」


「ええ」


 各国から援助が送られているウクライナだが、その一部を横領する政府高官が多い。

 軍部にもいて、前線で物資が欠乏したし、各国からの信頼を低下させている原因となっていた。


「ウクライナが頑張っていると見せたいために行われるのよ」


「そうね」


 カチューシャは小さく頷いた。


「そんなのいつものことよ」


 残念だがウクライナで汚職、横領が多いのは昔からだ。

 それは今更変えられない。


「他にもあるわ。アメリカの事は分かる?」


「トランプがウクライナ援助に反対しているのでしょう」


 共和党のトランプ元大統領が、ウクライナ援助、国費を海外の戦争に費やすことに反対し、米国民が支持していることが問題だった。

 アメリカは最大の援助国であり、援助が止まると大打撃だ。

 物資は勿論、情報提供など、目に見えない援助も行われており、アメリカが手を引いたら敗北することは明らかだ。


「援助を止める理由の一つがウクライナの汚職が酷い事よ」


 トランプの主張を補強しているのがウクライナの汚職だった。

 アメリカの血税を援助しても一部の私腹を肥やすだけだと言われることだった。


「民主党が頑張っているのでしょう」


「一応は、けど、その民主党も脚をひっぱているのよ」


「何をしたの?」


「トランプを選挙に立候補させないために裁判を始めようとしたの。けど資格審議のために任命した判事がとんでもなかった」


「何をしたの」


「判事の権限を使って自分の愛人を公職に、年収七〇万ドルの地位に就けたの。それがバレてトランプどころか米国民からも非難を受けているの」


 流石にカチューシャも言葉に出なかった。

 七〇万ドル日本円にしたら一億円ほど、世紀のアニメグッズが幾つ買えるだろうかと考えてしまうほどの大金だ。

 だが、その判事のせいで自分達の命綱が着られようとしていることに、腹が立った。


「そんな連中に脚を引っ張られるのはゴメンだわ。なにより腹立たしいのはそんな連中の力を借りないといけないこと。逆らえない事よ」


 苛立ちでノンナの声は大きくなる。


「カチューシャ、あなたはどうなの」


「……そりゃ腹が立つわよ。けど、だからといってロシアが出て行ってくれる訳じゃない。戦わないと、終わらないわ」


 カチューシャは毅然と答えた。


「それに私が戦うと決めたのは私自身よ。ウクライナのために戦うと決めたんだから」


 ロシア系のカチューシャにはモスクワに親戚がいる。

 当然、戦争が始まった時、どちらに付いて戦うか悩んだ。

 それでもウクライナの為に戦うと決めた。


「今更、宗旨替えなんてしたくないわ。むこうも受け入れてくれそうにないでしょう」


 既に少なくない損害をロシア軍に与えており、ロシア軍が許してくれるとは思えなかった。


「ノンナ、あなたは何の為に戦うの。遠い国から援助をする連中、汚い手で私達の命を握っている連中のため? それが嫌なら辞めても良いのよ。それでもどうして留まってくれるの?」


「……私はカチューシャと一緒に幸せに、ロシア軍を撃退して平和になった故郷に帰りたいから」


「私もよ。だから戦いたい、政府や外国の事なんて利用する程度にしか考えていないわ。そのために戦ってくれる?」


「勿論よ」


「なら大丈夫よ。私達は、次も勝てるわ」


「そうね。カチューシャ」


 ノンナは笑みを浮かべて頷いた。

 これまでの二年間、そうやって共に生き残ってきたのだから。


「さあ、行きましょう。今度の作戦は政府も本腰を入れているんだから。でも死なないように注意してね」


「ええそうね。帰ったらまたカーシャを食べたいし」


「そうね、けど、二度は飽きるからソリャンカが良いわね」


「ええ、給食の連中に頼んでおきましょう」


 二人は笑いながら説明のために仲間の元に向かった。

 笑い続けたのは、二人とも心の奥底にある不安を抑えるためだった。

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