作戦下達

「義勇軍独立機甲部隊プラウダ隊長カチューシャ只今参りました」


 部屋に入ったカチューシャは敬礼しつつ、部屋の中の人々を値踏みする。

 義勇軍ではなく、正規軍の士官が多く、中央にいるのは肩に星を付けた正規軍の将官だ。

 何か大がかりな作戦が進んでいそうだ。

 肯定するように後から入ってきた士官の群れ、その一人の服に部隊章が見えた。

 カチューシャの記憶が正しければ第一独立戦車旅団、ウクライナ陸軍の精鋭部隊、ドイツから供与されたレオパルト2を有するエリート部隊だ。

 そして、自分達がその下働きをさせられる事を理解した。


「よく来てくれた。諸君」


 全員が揃ったのを見て司令官は言った。

 主力、後から入ってきた第一独立戦車旅団が主力である事は間違いない。


「ロシア軍の攻撃は止められた。だが、連中が占領していることに変わりはない」


 やはり反撃作戦の話だった。


「奪われた陣地を奪回する」


 冷静に言っているように見えたが、焦っているのはカチューシャにも分かった。


「将軍、この陣地を奪回する必要があるのでしょうか」


 一人の指揮官が質問した。


「この陣地を奪回しても、陣地は維持できます。奪回の為に攻撃すれば損害が増えます。防御にとどめていた方が宜しいのでは」


 気弱な発言が止められなかったのは戦功章が複数縫い付けられているから、実戦経験が誰よりも、下手をすれば将軍よりも豊富だからだ。

 軍隊では時に階級以上に実戦経験に価値を見いだされ、上官であっても尊重する。

 だから不規則発言を咎めることはなかった。

 それ以上に軍事的も指揮官の進言は妥当だった。


「それは理解している」


 司令官も軍事のプロであり、指摘は重々承知していた。


「だが我々は奪回しなければならない」


「何故」


「ロシアが、今回の勝利をロシアの偉大な勝利、ウクライナの敗北だと言っているからだ」


 ウクライナ戦争が始まってから、ウクライナ、ロシア双方で宣伝戦が盛んになっていた。

 互いに相手を非難し、戦闘の勝敗について喧伝している。

 虚偽も含まれているが大半は事実だ。

 しかし、誇張されている。

 そして、それは双方に苦難を与えた。


「ロシア軍の成功を否定しなければならない。またウクライナが戦える事を示さなければならない」


 相手の宣伝を否定するために、映える、明確な勝利の映像を流す必要が出てきた。

 ディープフェイクも作れるが、直ぐに見抜かれるし、嘘と分かったら信用されなくなってしまう。

 小さな勝利でも良いから勝っている映像が必要とされており、そのためだけに勝っている映像を撮るためだけに作戦が行われる事も増えていた。


「そこまでしなければならないのですか」


 勿論、気持ちの良い話ではない。

 見栄えのする映像を撮るために危険を侵せというのだから誰も喜びはしない。


「仕方ないのだ。我が軍が勝てる事を証明しなければならない。国際的な支持が必要なのだ」


「……」


 司令官の言葉に誰も、質問した指揮官も黙って頷いた。

 小国のウクライナが二年も大国ロシアと戦い続けられたのは、各国の支援があったからだ。

 もし今支援がなくなれば、防衛線を維持できず、軍は崩壊しウクライナはロシアに蹂躙される。

 援助を続けて貰うためにも、勝機があることを欧米に示さなければならなかった。


「今回の戦いは政府も期待しており、戦力は十分に用意している」


 罪滅ぼしではないのだろうが、政府も本腰のようだ。

 虎の子である再編成中の独立戦車旅団を投入するのだから。

 夏季攻勢の失敗で損害が出て再編成中なのに投入するのはそれだけ、政府がこの戦いを重要視していることだ。

 勝つために、できる限りの戦力を投入しているのだ。


「作戦は独立戦車旅団が攻撃の先鋒となり、ロシア軍を突破。後方へ回り込む。他の部隊は突撃の支援、突破口の確保を行い、残敵を掃討せよ」


 将軍の説明と共に指示書が手渡された。

 そこにはカチューシャの部隊も、突破口の防衛が支持されていた。


「大丈夫なのでしょうか? 敵の部隊の位置は本当にここで合っているのですか?」


 先ほどの指揮官が疑問を尋ねた。

 確かに、敵の位置が半ば断言するように記載されている。

 陣地を占領されてからこんな短時間で偵察できたとは思えない。

 しかし、司令官は自信満々だった。


「それは大丈夫だ。優秀な情報部員が手に入れた敵の配置図だ」


 実際はロシアにいる内通者からの情報提供だった。

 だが、情報源秘匿のために司令官はカチューシャ達には言わない。

 カチューシャ達も薄々分かっていても聞き返さない。


「信頼できますか?」


 罠ではないかと確認のために指揮官は尋ね返す。

 ロシア軍がわざと情報を流している可能性もあるからだ。


「情報は正しいと、情報部が命がけで手に入れた情報であると信じている」


 司令官は断言した。

 彼自身も情報を頭から信じず、確認作業を行い、正しかったことを、前線の配置だけだったが、情報通りに部隊が置かれていることを確認していた。

 後方の部隊配置は流石にドローンを飛ばせなかったが、正しいと推測していた。


「拙速すぎませんか」


「同感だが、敵部隊が配置換えする前に叩きたい」


「了解しました」


 幾ら正しい情報でも、時間が経てば古くなる。突然の移動命令で、敵部隊が他へ移動、あるいは増援が来るかもしれない。

 情報が正しい内に攻撃を仕掛けたい思いから短時間での実施となった。


「……分かりました」


 指揮官も理解しており、自分の部下の犠牲が大きくなる前に、情報が古くなる前に攻撃したいと考え、従うことにした。


「では、諸君。成功を祈る」

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