母は蕎麦の実のカーシャ、父はライ麦のパン

「うわあっ! カーシャだ!」


 キャンプに戻ったカチューシャ達は用意された食事を見て歓声を上げた。

 ソバの実を牛乳で柔らかく煮た粥だ。

ライ麦のパンも添えてあり「母は蕎麦の実のカーシャ、父はライ麦のパン」のことわざ通り、ウクライナの食事だ。

 全員が文字通り飛びかかり食べ始める。


「まったく、号令がないのに食べるなんて」


「仕方ないわよノンナ。久しぶりの食事だもの」


 呆れるノンナをカチューシャは、宥める。

 隊員達はここ数日、機動防御の為に駆け回っており、温食――調理された食事など摂れなかった。

 せいぜい、レーションをかじるだけ。

 ヒーターを使って温めてあるだけマシだが、食べられるものではなかった。

 米軍供与のMREは味はともかく、携行食として、行軍に必要な要素しか入っていない。

 その中には便を止める成分――移動中に便意を催して悲惨な事になる事を防ぐために入っており、食べ続けると体調が悪くなる。

 まともな食事にありつけるだけで喜びだった。

 カチューシャ自身も辛かったし、これまで共に戦い抜いた仲間に苦難を強いていただけに、せっかくの食事を直ぐに食べさせてあげたくてあえて止めはしなかった。


「私達も食べましょう」


「そうね。カチューシャ」


 ノンナと共に席に着いた早速カチューシャは座り、スプーンで掬って食べ始める。


「美味しい!」


 一口入れるとソバの風味が広がる。

 さらにバターと豚脂身の香りが鼻を突き抜け、加えられた砂糖の甘味が舌を包む。


「本当に美味しいわ」


 ライ麦のパンを浸して放り込みカチューシャは喜ぶ。


「本当に美味しそうに食べるわね」


 カチューシャの食べる様子を見ていたノンナは微笑みを浮かべながら自らも一口食べる。


「本当に美味しいからね」


「確かに美味しいわね」


 疲れていたこともあり、おいしさは一際際立つ。


「作戦が成功したのも嬉しいしね」


「ええ、撤退援護は成功したわ。けど、ロシアは攻撃成功だと喧伝しているわね」


 スマホでSNSをチェックしていたノンナが言う。

 遅滞防御、損害を与えつつ後退する作戦を展開し、最小限の損害で成功させた。

 実際、死傷者の数は少なく、ロシア軍は目に見えた範囲でも大きな損害を与えた。

 しかし、領土を奪われたのは事実だ。


「久方ぶりの勝利で、海外にも大きく宣伝しているようね」


 コメント欄に複数の言語が並んでいるのをノンナは見つけた。

 ウクライナ戦争が始まってから、戦場の情報が流れると直ぐに世界中からコメントが殺到する。

 世界的に注目されている証拠だった。

 そしてウクライナが困難に直面していること、ロシアの侵攻を防いでいるが、国土を奪回できない現状を露わにしてた。

 大国ロシアを相手に、現状の防衛線を維持しているだけでも大した物だ。

 だが、国土を奪われているのは事実であり、ロシアの侵略を非難していてもウクライナが劣勢だという言説がネット内には広がっていた。


「大損害を与えてやったのに」


「陣地を奪われたのは事実よ」


「もう、そんな事言いこなしよ」


 昏い雰囲気のノンナをカチューシャは窘めた。


「美味しいご飯が不味くなったわ」


「……そうね」


 ノンナも理解し微笑んだ。

 このまま上が、ウクライナが黙っているはずがない。

 必ず反撃作戦があり、自分たちも参加することになるだろうと。


「兎に角食べましょう」


「そうね」


 だからせめて、今はこの素晴らしい、時間を、美味しい料理を堪能する事にした。

 案の定、至福の時は直ぐに終わってしまう。


「カチューシャはいるか」


 食事が終わったときに正規軍の士官が呼びかけてきた。


「直ぐに来るんだ」


 有無を言わせず、士官は来いと促す。

 その態度にノンナは露骨に睨み付けるが、カチューシャは、手で制すと皿に残ったカーシャをパンで拭き取り口に放り込んで、士官の後に続いた。


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