モーリェの打った手

「全く、何時まで待たせるんだよ」


 ロシア軍の陣地の中でモーリェは呟く。


「流石にウクライナ軍も下手に攻撃しないでしょう」


 宥めるように側にいたミスキーがジャムを入れた紅茶を飲みながら言う。

 二年にも及ぶ戦いで双方消耗戦に入っており、下手な攻撃はしなくなった。

 下手に攻撃をして大損害を受けることを嫌っている。

 双方共に人的資源が限界に達しており損耗を避けることを至上命題にしているのだ。


「だとしたら困るよ」


「何故です」


「明日、増援が来るだろう。そうなったら渡した情報と違う配置になって仕舞う」


「……ウクライナ軍に情報を流したんですか」


「うん」


「なぜ!」


「そうすればウクライナ軍は攻撃を仕掛けてくるだろう」


「我が軍が危機に陥ります」


「そこへ颯爽とフィニストが現れて撃退したら映えるだろう」


「ウクライナ軍の攻撃を誘発するために! 戦闘を引き起こすために流したのですか」


「うん」


「利敵行為ですよ!」


「逃げ出す国にそこまで義理を果たす必要は無いよ」


 ミスキーは何も言えなくなった。

 確かに、こんな戦争を始めた国を捨てる覚悟だ。

 だが、裏切ってまで行うつもりなどなかった。


「本気で攻撃を仕掛けて来てくれるなら、フィニストの性能を遺憾なく見せつける事も出来るだろう。亡命までの間、ロシアでの地位も高くなるし、僕たちを欧米に高く売り込む事も出来る」


 しかしモーリェは亡命を決めた時から既に割り切っており、いかに高く自分たちの価値を見せつけるか、値をつり上げるかしか考えていない。

 そのためにロシアを使う、裏切っても良いと考えていた。


「それに」


「それに? 何です?」


「あの娘達も来てくれるかもしれない」


 先の戦いで見つけたT34を操る少女。

 旧式戦車を巧みに操り、自分たちの製品をコテンパンに叩き潰した。

 破壊されたのは愕然とした。

 だが、あまりの見事さに、旧式兵器を巧みに操り勝利を勝ち取った姿にモーリェは、自分の製品が敗北した落ち込みよりも新しい玩具を見つけた興奮が勝った。


「幾ら援助が多いウクライナ軍でも兵隊の頭数は少ないんだ。きっと彼女達にもお呼びがかかる」


「だから、情報を流したんですか」


「そうだよ」


 悪気もなくモーリェは言う。


「ウクライナが乗ってこなかったらどうするんですか」


「それはないよ。このところ負けが込んでいるからね。ここで派手に勝たないと欧米の援助が減らされる。ウクライナ軍の格好いいところを撮影しようとカメラクルーを引き連れてやってくるよ。僕たちのフィニストを格好よく撮って貰うためにもカメラの数は多い方が良い」


 あまりの暢気さにミスキーは呆れた。


「そんな顔するなよミスキー君。君は真面目に考えすぎだよ。もっと人生を楽しまなきゃ」


 何時ものヘラヘラした笑いを浮かべ説教するモーリェにミスキーは力なく言う。


「亡命前にバレたらどうするんですか」


「その時はその時だよ。大丈夫、下手を打つことはしていないよ」


 軽い口調だったが、モーリェもプロであり、足の付くやり方、治安当局や情報機関にバレるやり方などしていない。

 出し抜くための手段を持っており、完璧に察知されず、バレない方法で情報を送っていた。


「彼女達と戦う前に刑務所に入れられるのはゴメンだしね」


 モーリェにとって、自分が生み出した製品で彼女達と戦う事が今は最優先だった。

 勿論、亡命も希望している。

 しかし、彼女達と戦ったついで、おまけ程度にしか考えていない。


「課長」


 ミスキーが何かを言おうとしたが出来なかった。

 ウクライナ軍の攻撃が始まったからだ。


「来てくれたみたいだね」


 モーリェは嬉しそうに弾んだ声で言う。


「では、ミスキー君、お客さんを歓迎しよう。僕たちのフィニストをタップリと見て貰おう」

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