T72

 カチューシャは部隊を全隊撤退させた。

 幸い、T72はジャベリンを警戒し、遠距離から砲撃を行ったのみで大きな被害は出ず、バラライカの歩兵に死傷者が出ただけだ。

 死者が出たのは痛いが、カチューシャのT34が囮になり、撤退援護をし、損害は最小限に収まった。

 ロシア軍は味方の防御陣地へ進出し、防備を固めている。


「損害は?」


 ロシア軍から見えない丘の裏側にプラウダを集結させたカチューシャは、状況確認の為、部隊の幹部を集め尋ねた。


「ヴィソトニキは、サハロフとメニショフが戦死、三名が負傷し後送。他は軽傷。治療を終えて戦闘可能よ」


 死者が出たことでバラライカ苛立ちを隠していない。


「対戦車ミサイル班は一人戦死。ランチャーが一基やられた。残りはあと二基。弾薬は残り五本」


 ジャベリンは残っているが2000mの射程外に敵戦車はいる。

 使う事は出来ない。


「陣地を放棄する?」


「いえ、ここの陣地を取られたら、我々の陣地へ入り込み防御線が長くなる」


 ノンナの意見をカチューシャは首を横に振って答えた。

 確かに人死にはしないだろうが、入り込んだ敵を包囲するために周りを囲む必要がある。

 そのためには兵力が要るが今のウクライナ軍は人員不足。

 長い防御線は負担になる。


「ロシア軍を潰して拠点を回復するわ」


 予備部隊のカチューシャは、火消しだ。

 余計な負担を前線にかけないよう、今後のためにも後腐れがないよう侵入したロシア軍を排除しなければ。


「でも、出てきた戦車をどうするの?」


 T72の戦車砲は直接照準なら2000m、山なり弾道の間接射撃なら一万mの射程がある。

 ジャベリンもT34の主砲の射程外だ。


「私が突進して、仕留める」


「カチューシャ!」


 カチューシャの言葉にノンナが驚く。


「私以外に撃破出来るのはいない」


「私のIS3で」


「ダメよ。あなたのIS3は遅すぎるし、装甲を貫けない」


 主砲も防御力も卓越した戦車だが、重すぎるため、動きが遅い。


「この状況だとあなたのIS3はタダの標的よ」


「でも」


「それにノンナにはやって欲しいことがあるの」


「なに?」




「カチューシャよりプラウダ全隊へ。状況開始」


 取られた陣地に対してヴィソトニキの迫撃砲が放たれる。

 だが、砲撃はまばらだ。

 煙幕をまき、視界を悪化させる。


「同志兵士諸君!」


 バラライカが部下達に向かって演説する。


「同志サハロフ一等兵と同志メニショフ二等兵は我らのかけがえのない戦友であり家族だった! 二人を失ったのは身を裂かれるように痛く悲しい。この痛みと悲しみを消すには我ら自ら鎮魂の火を灯すしかない。AKの弾丸を我らの怒りという引き金で点火し銃火を以て鎮魂となし、彼らの魂と共にイワン共を打ち砕け!」


「YPAAAAAAAAAA!」


 ヴィソトニキの歩兵達が陣地奪回に突撃を始める。

 敵の戦車の支援射撃で撃退されそうだが、カチューシャのT34が飛び出し、砲撃を浴びせる。

 T72はT34を撃破しようと前に出てくる。


「掛かった!」


 案の定、ロシア軍戦車はカチューシャの元へやってきた。

 ジグザグ走行で距離を詰めていく。


「目標T72の前面! 撃ちまくって!」


 カチューシャは要所要所で砲撃を行い、牽制すると共に、T72の前面の大地を砲撃し土煙により照準を妨害し威嚇する。


「距離500!」


 距離が詰まった。

 だが、もっと近付かないとお守りは使えない。

 しかし、改造したとはいえ俯角は十分にとれない。

 これ以上近付くと、大地を砲撃する事が出来ない。

 身を守る術がない。

 そこで、カチューシャは奥の手を使った。


「ノンナ! やって!」


「発射!」


 後方のIS3からの間接遠距離砲撃。

 122mmの大口径主砲が巻き上げる土埃は85mmの比ではない。

 それ以上に重砲で砲撃されていると錯覚するだろう。

 元々IS3はそういう運用を考えてレストアした。

 T72は驚き、退避しようと動いた。

 それこそカチューシャが狙った瞬間だ。


「突っ込んで!」


 T72と距離を詰める。

 土埃を突き抜け、背後を見せるT72をカチューシャは見つけた。


「撃って!」


 咄嗟だったが砲手は狙いを定め、引き金を引いた。

 打ち出された85mm砲弾は秒速1000m以上のスピードで飛んでいき、T72の装甲に突き刺さった。

 本来なら複合装甲で背面でさえ85mm砲弾では撃ち抜けない。

 しかし、カチューシャはお守りを使った。


「頼むわよAPDS弾」


 カチューシャが整備兵に作らせた、お守りは、T34の主砲用APDS弾だった。

 主砲を大きくすると威力が大きくなるが砲弾も大きくなり、面積が増え、エネルギーが分散し貫通力が減る。

 口径を小さくすればエネルギーが集中するが、そもそも与えられるエネルギーが少ない。

 そこで考えたのがAPDS弾だ。

 大口径砲から小さな砲弾を撃ち出すことによって、大きなエネルギーを小さな面積に集中させる。

 指先程度の面積にダンプが全速力で突っ込むようなエネルギーを集中させ、装甲を貫こう、という目論見だ。

 弾丸は針のように細く長く装薬の中を貫いてる。そのため、ノンナのIS3がもつ122mmだと分離砲弾のため搭載する事が出来ない。

 だから一体型砲弾を使う85mm砲搭載T34の砲弾として作らせた。

 弾丸もタングステンなどの重く堅い金属で出来ている。

 弾丸は砲口の内径に合わせた筒に入れられ、装薬のエネルギーを全て受け止め、砲口を出ると、筒が抜け出し、秒速1000m以上の高速で敵戦車に襲い掛かる。

 エネルギーが小さい範囲に集中するため、打ち出された口径の倍以上の装甲を貫通する事が可能だ。

 しかも、このスピードになると多少突入角度が浅くても――七十度以上の角度で突入しても弾かれることは無い。

 だが、針のように細いため、弾丸は回転を与えられるとぶれて、命中率も威力も低下する。

 そのため現代の戦車は弾丸を回転させない、エネルギーの損失も少ない滑空砲を使う。

 しかし第二次大戦の戦車であるT34の主砲はライフリングが施されており弾丸が回転する。

 通常なら回転により砲弾は安定するのだが、針のように細いAPDS弾は逆に不安定になる。

 至近距離で撃とうとしたのも命中率と貫通力を最大限に生かすためだ。


「勝った……」


 カチューシャは勝利を確信したが、至近距離で敵戦車を確認して絶句した。

 車体に多数の板状の物体が貼り付けられている。


「リアクティブアーマー」

 

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