ロシア軍の攻勢

 カチューシャはすぐにT34に戻り、前進を命じた。

 ノンナも後続部隊もいない。

 だが、このままだと味方の陣地は制圧され、ロシア兵が流れ込んでくる。

 それを止められるのは、カチューシャ達だけだ。

 まるでマブラブに出てくる部隊の元ネタだ。

 だが、やるしかない。


「前進! 敵の歩兵突撃を阻止する! 榴弾の後、機銃掃射!」


 味方の陣地に殺到しているロシア兵の前面に榴弾を撃ち込む。

 突撃の最中突如目の前に爆発による壁が出来てロシア兵は足が止まった。

 そこへ車体前面と砲塔の機銃掃射が行われ、ロシア兵が地面に伏せる。


「よし、ロシア兵の動きを止めたわ」


 操縦士がいつも通り急旋回した直後、元いた位置に砲弾が飛んできた。

 ノンナ達がやってくるにはまだ時間が掛かる。

 遅れて発砲音が響いてきた。

 ロシア側から。

 カチューシャは、ロシア軍の陣地の方角を見た。


「T55!」


 戦後、生まれた全ての主力戦車の元祖と言って良いソ連が生み出した傑作戦車。

 115ミリ主砲を搭載し、防御力、速力共にバランスのとれた素晴らしい戦車だ。

 中東戦争で初の実戦を経験したが、ぱっとしない戦果しか届いていないがこれはアラブ側の練度不足だ。鹵獲したイスラエル側の評価は高いし、戦果も挙げているので使い方次第だ。

 だが、カチューシャ達にとってはどうでもよい。

 T55より二〇年も昔に作られたT34が敵うはずがない。

 しかし、カチューシャが乗っているのはT34。

 戦場で乗り換えるなど出来ないし、換えの戦車もない。

 これで戦うしかないのだ。


「操縦士! そのまま走って! 合図で左急旋回! 直後に停止!」

「了解!」

「砲手! 砲塔を右方向へ旋回させて!」

「敵とは逆だけど」

「旋回で照準を合わせる! 準備!」


 指示を出しつつ、カチューシャはT55を注視しつつ頭の中でカウントダウンを行う。


「今よ!」

「旋回!」


 T34が旋回した直後T55が発砲した。

 しかしT34の未来位置を予測して撃ったために、急停止したT34を捉える事は出来ず、右に大きく外れた。

 そして、左に旋回したT34はT55を右に捉え――右に旋回した主砲がT55に狙いを付けた。


「撃て!」


 砲手が素早く狙いを定め、砲撃する。

 停止したお陰で命中率は良い。

 T55に直撃弾を与え、砲塔で砲弾が爆発する。

 だが、カチューシャは自分の過ちに気がつく。


「しまった! 榴弾のままだ!」


 敵の装甲を貫くのは徹甲弾だが、鉄の塊であり、被害は命中箇所だけ。

 だが榴弾は爆薬が詰まっており爆発で周囲に被害を与える。ただし敵の装甲を貫けない。

 戦車にはこの二つの砲弾を搭載し、場合によって使い分ける。

 そして装甲に纏われた敵戦車の装甲など榴弾では撃ち抜けない。

 敵歩兵を阻止するために榴弾を装填していたのを忘れていた。


「お守りを早く!」


「は、はいっ!」


 漕店主が慌ててラックから砲弾を取り出そうとしたときだった。

 突如T55が爆発を起こした。


「どうして……」


 驚いたが、一つ思い当たることがあった。

 ソ連・ロシアの戦車は平野での砲撃戦を想定し低姿勢だ。

 見つかりにくいし、あたりにくいのだが、小さいため車内容積が狭い。

 弾薬を置くところがない為、砲塔の真下に予備弾薬を載せている。

 カチューシャが改造して付けたバスケットもないため、装填手は弾薬の上を駆け回っている。

 その状態で装填手が弾薬を落としたら、被弾の衝撃で手を滑らせたら、弾薬と弾薬が、ごっちんこ。

 落とした瞬間運悪く雷管か信管を爆発させたら、弾薬の上で爆発させたら誘爆は避けられない。

 そんな事が起こったのだろう。


『こちらバラライカ!』


 カチューシャが放心していると、無線が入った。


「ヴィソトニキ到着! これよりロシア兵の掃討に入る」


「了解!」


 運良く、助かって上の空だった。

 そして気が付かなかった。

 突如、バラライカ達の前に爆発が起きたのを見てようやく気が付いた。


「敵はまだ生きている!」


 戦車を排除しただけでは、敵は諦めていない。

 迂闊に敵のキルゾーンでバラライカ達、歩兵を展開したのは間違いだった。


『部隊の中央に被弾! 死傷者が出ている!』


 バラライカが怒りで声を荒げる。

 状況が悪すぎる。


『カチューシャ! 敵の陣営から敵戦車! T72だ!』


 イェーガーが警告する。

 言われた方角を見ると、確かにT72だ。

 冷戦時代、ライセンス生産を含め、三万両以上を生産した主力だ。

 今でもロシアに大量に保管されており、レストアされて前線に配備されている。

 T34より強いことは勿論だ。


「カチューシャ! 援護する!」


「待って!」


 止めようとしたが、イェーガーの部下がジャベリンを放った。

 ミサイルは完全にT72を捕らえ、車体に命中する直前、上昇し反転急降下。

 T72の砲塔上面から突入した。

 ミサイルは薄い装甲板を突破し、砲塔を貫き、車体底面にある弾薬庫で炸裂。

 予備弾薬を誘爆させ、砲塔を吹き飛ばした。


 Jack in the Box


 湾岸戦争でイラク軍のT72が砲塔から吹き飛ばされる姿から米軍がびっくり箱と呼んだ吹き飛び方だった。


『聖ジャベリンの守護は凄いぜ!』


 イェーガーが興奮しながら言う。

 ウクライナで破壊した戦車の四分の一は西側が送ってくれたジャベリンのおかげだ。

 だが、弱点もある。


「イェーガー! 逃げて!」


 叫んだ瞬間、ロシア側から砲撃音が響いた。

 もう一台T72がいたのだ。

 当然だ。戦車は互いに援護するために複数で行動する。

 一台で行動していると判断するのは間違いだ。

 一台を仕留めてももう一台居ると思うべきだった。


『プラウダ全部隊へ! こちらカチューシャ! 撤退せよ! 援護する!』


 カチューシャは指示しつつT34に砲撃させた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 マブラブの元ネタ部隊


 第二次大戦の占守島の戦いで戦った池田戦車隊こと第十一戦車連隊。ソ連軍の上陸に対して池田隊長が先遣隊を率いて突撃。全滅と引き換えに上陸の頭を粉砕し後続が来着するまでの時間を稼いだ。



 聖ジャベリン

 西側から供与された対戦車ミサイル、ジャベリンがロシアの戦車を多数撃破。これによりロシア軍の攻勢を頓挫させた。このことからウクライナの人々がジャベリンを守護神のように称え、ジャベリンを持つ聖女の姿で描くまでに至った。


T72

 冷戦時代に作られたソ連の主力戦車

 生産数は三万両を超えます。

 ヨーロッパ平原での使用を考えていたため、全体的に姿勢が低く小さく出来ています。

 ……だからこその欠陥も持ち合わせています。

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