第11話 裏切り

 奥の方に通されると、少し広めの部屋が姿を現した。村長が部屋から離れると、葵はさっそく壁や置物などに目を向け、じ~っと観察し始めた。


「桜田さん、何をしてるんですか?」


 金田が尋ねるも、夢中になっている葵には声すら届かなかった。


「なんだか、この家に来てから様子が変ね。どうしたのかしら?」

「研究者の性、ってやつだな」


 紫音は微笑みながら答えた。研究者が興味のあるものを無我夢中になって調べたり、観察したりする様子を眺めていると、紫音も不思議と楽しくなってくるのだ。その対象がたとえ他の人には理解されないものであっても、純粋に自身の知的好奇心を満たすことに精を出している時が一番生き生きとしている。それが研究者の生態であり、魅力でもあると紫音は考えていた。


 それを皆に話しながらしばらく葵の様子を観察していると、急に電池が切れたように元気をなくしてしまった。紫音が首をかしげていると、葵は皆がいる方にとぼとぼと戻ってきて、ぼそっとひと言、


「いつも持ってきている隠しカメラ、持ってくれば良かった……」


とつぶやいた。先ほどまでの無邪気さはどこ吹く風、意気消沈した彼は普段よりもひときわ小さく見えた。その様子を見た笠木は呆れながら葵に近づくと、ぶっきらぼうに話し始めた。


「気持ちは分かるけどよ、過ぎたことは仕方ねえさ。こっからどうすれば良いかを考える方が重要だ。分かったか?」

「ううっ、笠木先輩、ありがとうございます……」


 情けない声で感謝を述べる後輩に、笠木は頭をかきながら苦笑いをした。その声色に紫音はどこか皮肉めいたものを感じていた。

 その後、眠気が訪れるまでは、部隊組と笠木とで簡単な自己紹介をしたり、たわいもない話をしたりして時間を潰した。任務に絡む話については、空気が重くなりそうだったので誰も話そうとはしなかった。



 やがて皆が寝静まり、村に静寂が訪れる。朝方がから続いた流行り病騒動がまるでなかったかのようだった。


 虫一匹すら音を立てず、一寸先も見えぬほどの暗闇に包まれた小さな村。その道をひとつの人影が通り過ぎようとしていた。足を踏み外さないよう、慎重に、慎重に歩いていく。雲の隙間から時折姿を見せる月明かりが、行くべき道を照らす。そうして村の入り口にまでたどり着いたそのとき、ひとつの強い光が正面から人影を照らした。そのまぶしさに思わず目を閉じてしまう。


 光はそのまま人影へと近づき、その正体を現した。


「どこへ行こうとしているのかな?笠木よ」


 光を生み出していたのは、ライトを持った紫音だった。行く手を阻むように道の中央で仁王立ちをしている。笠木は乾いた舌打ちをすると、懐から白色の球を取りだし、紫音にめがけて投げつけた。瞬時に避けようとするも、ライトの光と同化して球の軌道を見失ってしまう。次に球の居所を確認できたときには既に割れた状態で地面に落ちており、そこから煙幕がもくもくと辺りを包み始めていた。


「しまっ、まずい……!」


 煙幕をもろに食らった紫音の目に強烈な刺激が走る。催涙性のある成分が含まれているのだと瞬時に理解した。しかし、そうと分かったときには既に手遅れだった。山の方へと走っていく足音が遠くなっていくなか、なすすべなくその場にうずくまることしかできなかった。


 その後、程なくして3つほどの光が向かってくるのをまぶた越しに捉えた。その光はだんだんと大きくなり、やがて目の前で膨張を止めた。


「紫音先輩!何があったんですか!?しっかりしてください!」


 慌てふためく後輩の声が静かな夜に響く。葵たちが駆けつけてきたのだとすぐに理解した。


「笠木にやられた。催涙煙幕だ」

「催涙だと!?すぐに水で洗い流さないと!」


 金田は急いで懐から水筒を取りだし、紫音の目に注いであげた。幸い、そこまで多くの催涙成分が含まれてはいなかったようで、すぐに目を開けられるほどまでに回復した。


「みんなすまない。少し迂闊だったようだ。すぐに5号機の方に向かうぞ!」


 まだ充血している目をパチパチさせながら、紫音は浄化装置のボタンを押した。すると、目の前にレーダーの形をしたホログラムマップが現れ、5号機の居場所を示す赤い点が明滅していた。それを確認した紫音は猛ダッシュでその場所へと向かっていった。


「ちょ、紫音先輩!待ってください!」

「とりあえず、俺たちも後を追うぞ」


 まだ十分に状況を理解できていないながらも、良からぬことが起こりそうだというのを薄々感じていた堀田たちはがむしゃらに紫音の後をついて行った。道中、笠木がなぜ催涙煙幕を使ったのか、紫音がなぜひとりで向かったのかについて葵は思考を巡らせていたが、理解に及ばなかった。


 現場にたどり着くと、一同は思わずその場に立ち尽くした。タイムマシンがあるはずの場所には黒い発信器がぽつんと置かれているだけで他には何も残されていなかったのだ。紫音は唇を噛むと、発信器を拾い上げてそっと懐にしまった。


「紫音、いったい何があったんだ。説明してくれ」

「ああ、分かった。ただ、時間がない。第2調査団のタイムマシンの中で説明するから、とりあえず付いてきてくれ」


 そう言うと紫音は暗闇に閉ざされた森の中を再び走り始めた。ここまで切羽詰った紫音を葵は見たことがなかった。

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