第10話 流行り病

 教えてもらった村に近づくと、数人の村人が忙しなく動いているのが確認できた。この時期のこの時間帯ならば、普通は農作業に勤しむ多くの人を眺められるはずだ。しかし、今はそんな光景など見る影もなく、作物が風に吹かれて虚しく揺れているだけだった。


 村の入り口に立つと、一件の家の陰からひとりの青年が姿を現し、紫音たちに近づいてきた。緑色の古びた服を着ている彼の腰にはなんと浄化装置が取り付けられており、すぐにこの時代の人物ではないということが分かった。


 紫音たちもそれに気がつくと、互いに目を見合わせてアイコンタクトを取った後、一目散に青年の元に向かった。


「おい、お前は第2調査団の笠木じゃないか?」

「ああ、そうだ。良かった、迎えがきてくれて」


 笠木、と呼ばれたその青年は顔見知りと出会えたことに安堵の表情を浮かべていた。


「笠木、いったい何があったんだ」

「それが、僕たちの乗っていたタイムマシンが急に不具合を起こして、予定していた着陸地点から離れたところに下りてしまったんだ。それだけならまだ良かったんだけど、城下町から帰ってきたあとに修理しようとしたら、いきなり機体が爆発して、有毒ガスが漏れ出てしまったんだ」

「なんだと!?」


 それがいかにまずいことなのかが紫音には痛いほど分かっていた。タイムマシンに用いている動力の中には有毒性の高いものも含まれており、生身で浴びれば人体への影響はかなり深刻なものになる。一刻も早く手当を施さなければ、最悪命を落とすことになりかねないのだ。


「それで、他の乗組員はどうしたんだ?」

「それが、爆発の直前に浄化装置が不具合を起こして、浄化機能がストップしてしまったみたいなんだ。僕は少し離れたとこにいたおかげで奇跡的に無事だったんだけど、他の全員はもう……」


 笠木はそこで言葉を切り、無念そうに目をぎゅっとつむってうつむいた。心情を察した堀田の拳に力が入る。何か言いたげに口を震わせていたが、肩に手を置いた金田に無言で諭され、仕方なく口を閉じた。

 重苦しい空気が流れる中、紫音は冷静さを保った声で次の行動について話し始めた。


「まずは、被害に遭った村人の治療を優先しよう。笠木、タイムマシンの中に治療に使えそうな者はあるか?」

「ああ、おそらく。だが、そこにある分だけでは正直足りないと思う」


 顔を上げた笠木は神妙な面持ちで答えた。


「なるほど。そしたら、私たちのタイムマシンに積んであるものも持ってこよう。葵は堀田と金田を連れて5号機に向かってくれ。私は笠木と共に第2調査団が使用したタイムマシンに向かう。戻ってき次第、治療を開始しよう」


 紫音の提案を受け入れた葵たちは、さっそく来た道を走って戻っていた。それを軽く見届けると、紫音も笠木の後に付いてタイムマシンの方へと向かった。


 途中、地味にぬかるんでいる土に足をすくわれそうになりながらもなんとか山の斜面を登っていくと、やがて野ざらしにされた迷彩柄の機体が視界に入り込んできた。無我夢中で走ってドアの前に立つも、動力が落ちているために自動で開かなかった。紫音は息を切らしながらドアに手をかけ、笠木と共にその重い金属板をこじ開けた。


 中に入ると、機体内に充満する強烈な臭いに思わず顔をしかめた。床には事切れてしまった研究員が寝かせられており、臭いの発生源は彼らのようだった。笠木によると、これでも薬品で腐敗を遅らせている方だとのことだが、既に身体が本能的にその臭いを拒絶していた。まるで自分の足でなくなったかのように途端に足取りが重くなったが、理性で鞭を打ち、なんとか荷物倉庫までたどり着いた。そこから必要な薬品を取り出すと可及的速やかにその場を離れ、麓にある村へと駆け下りていった。


 村では相変わらず、数人の村人が水などを手に持って忙しなく動いていた。紫音はそのうちのひとりに向けて、できる限り大きな声で呼びかけた。


「おーい。町から薬を持ってきたぞー!」


 それを聞いた村人は一瞬驚いたような表情をしていたが、すぐに紫音たちを家の中に案内した。


 木と茅葺きでできているその家では大勢の村人が苦しそうに横たわっていた。息が上がっている人やひどくうなされている人も多く、事態は一刻を争う状況だった。紫音と笠木は手分けをして薬を調合し、水とともに村人の口へと流し込んでいった。あまりの苦さにむせる人も少なくなかったが、なんとか我慢してもらいながら手当てを続けた。


 途中で葵たちも合流し、動ける村人と協力しながら1件1件回っていった。全員に行き渡った後は定期的に様子を確認し、副作用や症状の悪化が見られないかを注意深く観察した。


 紫音たちの必死な献身と最新鋭の薬のおかげで、日が沈む頃にはほとんどの村人が自由に動けるほどまでに回復した。村の中央で紫音たちが一息ついていると、村長らしき人が近づいてきた。どうやらお礼がしたいということだったので、その人について行くと、村の中でひときわ大きい家にたどり着いた。中にお邪魔すると、当時の農民の生活にしてはかなり贅沢な量のご飯が用意されていた。


「こ、こんなにいただいてしまってよろしいのですか?」

「ええ。どうぞどうぞ。村を救ってくださったのですから、ご奉仕させていただくのは当然でございます」


 彼らの好意を無下にするのはなんとなくはばかられたので、紫音たちはお言葉に甘えていただくことにした。質素な味付けではあったが、実際に農民が食していたものを味わうことができるという意味ではとても貴重な経験だった。特に葵は歴史学者らしく、目をキラキラ輝かせながらひとつひとつ丁寧に味わっていた。


 食べ終わる頃には辺りがすっかり暗くなり、まともに歩けるものではなかった。ライトを付けながらタイムマシンに戻るか、と考えていたが、村長から泊まっていくよう勧められた。最初は断ろうとしたが、どのみち第2調査団のタイムマシンを詳しく調べる必要があったので、今晩は村に泊めさせてもらうことにした。

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