第9話 嵐の前の平穏

「う、う~ん」


 鳥のさえずる声で目が覚めた紫音は寝袋から腕を出し、大きく伸びをした。そのまま寝袋から脱出し、MREに入っているカップ型の形をしたコーヒーの蓋を開ける。その瞬間、中に入っている粉末が周囲の空気と反応し、あっという間に熱々のコーヒーができあがる。技術の進歩による恩恵をしみじみと感じながら、目覚めの一杯を口にした。


 外に出ると、金田と堀田が一足先に外の空気を浴びていた。さすがは特殊部隊に所属しているだけあって、朝に相当強いのだろう。眠そうな素振りを一切見せずに何やら話をしていた。


「おはよ~」

「あ、紫音さん。おはよう」

「おはようございます」


 眠そうに目をこする紫音に堀田たちも挨拶を返す。


「何を話してたんだい?」

「特に中身のない話しかしてないよ。金田がタバコ吸いたいっていう話だとか、俺が最近はまっている酒の話とかな」

「ふ~ん。特殊部隊の人も意外とそういう嗜好品を好むんだね」


 新たな一面が垣間見られたことで、紫音は朝から気分が良かった。そのままいったん自分のテントに戻り、軽く朝食を済ませる。お腹を軽く満たしたところでふと、未だに物音ひとつ立てていない後輩のテントへ潜り込もうと思い至った。


 早速、紫音は葵のテントまで行くと、そっと入り口を開いて中を確認する。そこには、朝だというのにすやすやと眠る後輩の姿があった。起こさないようにそっと中に侵入し、寝袋のそばまで近寄る。はてさてこの穏やかな寝顔をしている小僧をどうやって起こしたものかと紫音はその場で少し考えた。


「……よし、これでいこう♪」


 紫音は小悪魔のように微笑むと、寝袋と身体の隙間にそ~っと手を忍ばせ始めた。そのまま慎重に腕を伸ばして脇腹の辺りに到達すると、一度葵の顔の方に視線を向けた。そして、まだ目を覚ましていないことを確認すると、脇腹をがっと掴んでこれでもかという勢いでくすぐった。


「うわぁっ!?え!?何何何!?」


 寝袋に包まれて身動きが取れない葵はその場でジタバタしながらなんとか逃れようと試みた。その反応を楽しみながら、紫音は愉悦にに浸った。ひとしきりくすぐりきったところでようやく手を引っ込め、錯綜状態の後輩と目を合わせた。


「葵、おはよう♡」

「おはよう♡、じゃないですよ本当に!」


 涙目になりながら怒りを見せる葵を前に、紫音は愉快そうに笑っていた。そのやり取りを、堀田と金田はやれやれといった感じで入り口から遠巻きに見ていた。


 この後は各自で朝食や準備に時間をあてることにした。朝の冷たくて新鮮な空気が流れる中、準備が整った人からテントを元のロール状に戻し、タイムマシンの荷物入れの中にしまった。紫音は一足先に全ての準備を終わらせ、タイムマシンの簡単な点検にも取り組んだ。


 その後、身なりや持ち物を確認した一同はタイムマシンの前で円になって、今日の作戦会議を行った。


「それでは、昨日のおさらいをしておこう。主な手がかりとしては、昨日収集した情報と、第2調査団が持っていたと思われる巾着袋だ。正直、もう少してがかりが欲しいところだな。午前中は昨日の手がかりを元に引き続き城下町で調べるが、午後はそこからさらに範囲を広げようと思う。他に案がある人はいるか?」


 葵たちはいっせいに首を振る。考えていることはみな同じようだった。


「よし、それでは任務開始だ!」



 城下町まで下りると、昨日とは打って変わって多くの人が1カ所に集まっていた。何事かと思って近づいてみると、昨日出会った茶屋の女将とばったり出くわした。


「あなたは、昨日の」

「あらどうも。どうやらスリをしていた輩が捕まったらしいでんな」

「なんと!そりゃあ良かった」


 紫音は自然な声色で女将に言葉を返すと、本題に入るために半ば強引に話題を変えた。


「それで、どうしてこんなに人が集まっているんだい?」

「それが、近くの村で謎の流行り病が起こったらしゅうてな。赤もがさでもないみたいやし、突然の出来事やから、みな困っとるんです」


 たしかに、集まっている人の会話に耳をそばだててみると「流行り病だ」、「祟りだ」という声があちこちから聞こえてきた。その表情や声色から、得体の知れないものに対する恐怖のようなものがにじみ出ているのが分かった。


「……変だな」


 突如、葵は眉をひそめてぼそっと呟いた。


「ん?葵、どうかしたのか?」

「この時期に正体の分からない疫病が流行ったなんていう話は聞いたことがないんです。そんな文献も見たことがないので、妙に引っかかるんです」


 葵のその言葉から、とある可能性が紫音の脳裏をよぎった。それを確かめるためには村に行く必要があると考え、その場を去ろうとした女将を呼び止めた。


「なあ、女将さん。その村はどこにあるんだい?」

「村ですか?それなら、ここからあの山を抜けていった先にあるっちゅう話です。はぁ〜おそろしやおそろしや」


 女将はそれだけ言うと、茶屋のある方へと足早に向かっていった。


「紫音、どうするよ」

「これは少し調べてみる必要がありそうだね。作戦を変更して、その村に行ってみよう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る