第8話 一日の終わり

 紫音たちは夜の森の中をライトで照らしながら突き進んでいた。月明かり程度しかないその道はライトなくして進むのは困難であり、昔の人が夜を恐れたのもうなずけた。


 しばらく進むと、やがて視界の奥の方に1つの明かりが見えてきた。紫音は試しにライトを使ってモールス信号を送ってみる。すると、それに答えるように、奥の光もモールス信号を返した。


「どうやら、葵たちの方が一足先に着いていたようだね」


 自分たちの他に誰かいるのだと分かると、ふたりの足取りは自然と軽くなった。この現象は少し興味深いな、と紫音が考えていると金田が落ち着いた声で口を開いた。


「紫音さん、モールス信号も扱えるのね」

「ん?ああ、意思疎通の手段は多いに越したことないからな。興味本位で学んだものだけど、役に立ってよかったよ」

「興味本位で……」


 薄々感じてはいたが、この研究員の賢さは本物なのだということを金田は改めて思い知らされた。頭脳においては、特殊部隊の中で割と自信があるほうだと自負していたが、上には上がいたのだ。及ばないとは分かっているが、やはりどこか悔しさを感じてしまう。楽しげに話を続ける彼女を見ながら、どうやってその賢さを手に入れたのかについていつか聞いてみよう、と金田は心に決めた。


 そんなことを考えているうちに、気づけば葵たちの姿が見えるほどの位置まで進んでいた。


「あ、戻ってきた戻ってきた」

「ただいま~」

「よかった~無事で」


 4人が無事に集まれたことに安堵しつつ、葵と堀田は早速見つけたものを2人にも見せた。紫音はそれを手に取って眺めてみると、すぐに彼らが言わんとすることを理解したようだった。


「なるほど、これは第2調査団が持っていた可能性が高いな。君たちもそう思って持ってきたのだろう?」

「はい。そうなんです」

「やるじゃない、さっすが~。物的証拠があると、それだけで進展が見えそうな気がするね」


 紫音に褒められた葵は嬉しそうに頬を赤らめた。堀田も心なしか、はにかんでいるように見える。それを隠すかのように大きく伸びをしながら、別の話題へと話を移した。


「しっかし、ここからどうするんだ?こんなに暗いと、ろくに調査もできない気がするんだが」

「さすがにこんな環境だといろいろ危険が伴うから、これ以上の調査をするのは控えておこう。ちょっとタイムマシンから荷物を取ってくるから、少し待っててくれ」


 そういうと紫音は一見何もなさそうな空間に手を添え、規則的に上下左右動かした。すると、空間の輪郭が突然ぼやけ始め、あっという間に迷彩柄のタイムマシンが姿を現した。それを目の当たりにした金田は思わずあっけにとられたように目を丸くして見ていた。紫音はその様子をニヤニヤしながら横目で観察し、そしてタイムマシンの中へと消えていった。


「どうした、金田。珍しく驚いた顔して」

「だ、だって、何もないところからタイムマシンがいきなり出てきたんだから普通驚くでしょ?というか、私たちがここを出発したときには、透明になんてなってなかったじゃない」


 そう言ってから金田は普段の冷静さを欠いた自身の発言にはっとし、表情を隠すようにすっとうつむいた。


「もしかして金田さん、紫音先輩から聞いてなかったんですか?」

「ま、まあ、何も」


 それを聞いた葵は苦笑いで同調を示した。というのも、タイムマシンでの椅子の件しかり、今回の同化解除の件しかり、紫音は人を驚かせるためならばあえて何も言わないということが多いのだ。彼女いわく「人が驚いたときほど面白い反応はない」そうだが、その犠牲になった人は数知れず。紫音の元に着いてからこうしたケースを幾度となく経験してきた葵でも未だに慣れてないのだから、金田の反応はごく自然なものなのだ。


 同じ研究員としてのせめてもの償いとして、葵はすぐさまフォローに入った。


「実は、少し時間が経つと自動的に回りの背景と同化するようになっているんです。万が一、この時代の方が近づいてきたとしても、バレる心配がなくなりますからね」

「そ、そうだったのね。ありがとう、桜田くん。堀田はそれを知ってたの?」

「ああ、葵から聞いていたからな。ただ正直、同化の技術がここまで進んでいたとは思わなかったぜ」


 堀田は感心したというように、肩でひとつ大きく息をしてみせた。特殊部隊の人から見てもそう言われるということは、その手の軍事的な界隈でも実用化されてないということなのだろうか。


 葵がそんなことを考えているとタイムマシンのドアが再び開き、両脇にロール状のものを4つ抱えた例の人が姿を現した。


「何やら話が弾んでるようですな~。楽しそうでなによりだ」


 満足げに頷く紫音はそのまま少し歩くと、両脇に抱えたものを一斉に目の前に放り投げた。すると、それらは一瞬にして三角錐の形に変形し、あっという間に4つのテントが組み上がった。中には寝袋やコット、小さな机やランタンが置いてあり、机の上にはMREと呼ばれる軍用飯が置かれていた。


「さ、早いとこご飯食べて、今日のところは早めに寝てしまおう。これからさらに冷えてくるだろうし、疲れも取らなきゃいけないからな」


 紫音の言葉を合図に、4人は各自割り当てられたテントの中に入った。入り口を閉めると外の寒気が遮断され、一晩過ごすのに快適な温度を保ってくれていた。その後はおのおののテントからMREを取りだし、無線をつないでたわいもない話をしながら最新の軍用飯に舌鼓を打った。ご飯を食べた後は疲れがどっと身体にのしかかり、4人ともすぐに眠りについた。月明かりが照らす中、静かな森での寝心地は意外と悪いものではなかった。

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