第7話 銭を奪還せよ

 紫音は早速、思いついた作戦を葵たちに共有する。


「作戦という割には意外とあっさりしてるな。これで本当に行けるのか?」

「ああ。問題ない。日がある程度沈みかけたら、先ほど言った定位置に着くようにしてくれ。合図は私がマイクで送る」


 作戦を理解した一同はお茶を美味しくいただき、引き続き調査を再開した。日が昇るにつれて人通りも多くなり、大小さまざまな店が賑わいを見せていた。一度訪れたことで土地勘がある程度頭に残っていた紫音と葵は町の外にまで行動範囲を広げ、少しでも手がかりがないかを調べた。


 本来は紫音たちが降り立った場所の近くに第2調査団のタイムマシンが停泊する予定だったが、案の定その位置には見当たらなかったのだ。そのうえ、レーダーも反応しないという有様で、機械に頼るのはお手上げという状態だった。ゆえに、町外れの山々をしらみつぶしに調査するのは、ある種仕方のない選択だった。


 午後はこれといった進展が特に見られないまま、時間だけが過ぎていった。そして気づけば、空が黄金色から暗闇へと姿を変えていく時間となった。紫音が町に戻り、茶屋で伝えた定位置へと向かうと、先に待機していた金田の姿が見えた。


「お待たせ。今の様子はどうだ?」

「あ、紫音さん。ちょうど良かった。今しがた、人が増え始めたころだ」


 そういうと金田は奥の方を指さした。そこには、昼ほどではないものの、幾ばくかの人だかりができていた。女将によると、あそこは城下町の中でもたくさんの遊女が集まる場所らしく、毎晩それを目当てに多くの漢が集うのだという。なるほど、これはスリによく遭う訳だ、と紫音が納得していると、指向性スピーカーから声が届いてきた。


「こちら堀田。葵と共に定位置に到着した、どうぞ」

「了解。容疑者が見つかり次第、その特徴を報告する。ゴーサインが出るまでは待機していてくれ、どうぞ」

「了解」


 日が山の向こうに沈みかけ、人通りがまばらになる中、紫音は人だかりのある場所をじっと見つめていた。特に、人だかりの間を縫って横切る人の一挙手一投足は注意して観察していた。もし、紫音の身に危険が及ぶようなときが生じた際には、金田にためらいなく力を発揮してもらうよう頼んであるため、紫音はとにかく観察の方に意識を集中させた。


 約10分後、日がすっかり沈んで夜の帳が下りたころ、人だかりの中から一人の若者が姿を現した。うつむき加減に歩くその姿を見ていた紫音は、頭の中で何かがパチンと光るような感覚を覚えた。さらによく見てみると、袖に手を突っ込み、腕をかたくなに動かそうとしていなかった。腕を組んでいても、普通に歩くと多少上下するものだが、彼の場合はそのような挙動が一切みられなかったのだ。また、目線を僅かに、しかしせわしなく動かしており、まるで常に周囲を気にしているかのように見受けられた。極めつけに、人とすれ違うときには肩をこわばらせ、足早にすれ違っていた。普通の人なら肩のこわばりまでは気づけないだろうが、紫音にはその些細な変化もお見通しだった。


「葵、堀田。容疑者らしき人が見つかったよ。青い着流しに、薄手で水色の袴を羽織った若い男だ。手はず通り、彼の後を付けていってくれ。どうぞ」

「了解。これから尾行していく。何かあったらまた報告する、どうぞ」

「了解」


 葵と堀田は報告を受けると、早速行動に移した。すぐさま件の男を捕捉し、少し距離を開けてバレないように後を付ける。途中、何度か見回りの武士と遭遇し、葵たちは呼び止められないかとハラハラしていたが、それは杞憂に終わった。


 町の外れの方まで来ると、男は一件の家屋に近づき、その取ってに手をかけた。ここが彼の根城だと勘づいた堀田は葵にアイコンタクトを取る。その意図をくみ取った葵は軽く頷き、堀田の背中をポンと押した。それを合図に、堀田は家に入ろうとする若い男に猛ダッシュで近づき、そのまま彼の口を抑えながら地面に押さえつけた。


 ワンテンポ遅れて到着いた葵は懐から紐と布を取りだし、堀田と協力して若い男を拘束した。身動きが取れなくなったのを確認すると、家の奥へと進んだ。そこには大量の巾着袋が置いてあり、既に中身を抜き取られているものも少なくなかった。


 携帯式のライトを用いてその周辺を探すと、すぐに見覚えのある模様の入った袋を見つけた。しかし——


「ん?変だな」

「堀田さん、どうしたんですか?」

「同じ模様のやつが2つあるんだ。どっちが俺たちのなんだ?」


 たしかにそれは変な話だった。というのも、葵が持ってきたものは現代で製作されたレプリカであり、模様も他のものと被らないような意匠が施されていたのだ。となると、考え得る可能性は自ずとひとつに絞られた。


「もしかすると、第2調査団のものかもしれない。両方持って帰って、紫音先輩に聞いてみよう」


 葵たちは2つの袋を懐に忍ばせると、静かにその場を後にした。ちなみにドアは開いたままにしてあるため、拘束された盗人が見つかるのも時間の問題だろう。


「こちら葵。目標物を回収しました。今からタイムマシンまで戻ります。どうぞ」

「了解。そしたら、私たちも今から向かおう。ご苦労だった」

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