第12話 満身創痍の追跡

 第2調査団のタイムマシンに到着すると、紫音はさっそく電源系統の確認を行った。いくつかの配線が焼き切れてはいるものの、幸いにも倉庫にある部品で応急処置ができる程度の損傷だった。


「堀田、金田。2人とも機械に詳しい方か?」

「私はそこには疎いけど、堀田なら昔に軍用車の整備士をやっていたはずよ」

「分かった。堀田、左側の配線を直せそうか?」


 堀田は指を指された場所にある基板を確認すると、自信ありげに大きく頷いた。


「これぐらいなら、なんとかなりそうだぜ」

「よし。そしたら、私はこっちの配線をなんとかしてみる。葵と金田は今から私が言う部品と工具を倉庫から持ってきてくれ」


 紫音の指示に従い、葵たちは各々の役割を全うした。部品を運び終わった葵と金田はタイムマシンの内部を点検し、異常がないかを確認した。床に転がる死体から放たれる刺激臭がすさまじかったが、悠長に気にしていられるほどの余裕はなかった。


 紫音と堀田の処置が終わると、さっそく電源を起動する。すると、機体全体がガタガタと不穏な音を響かせながらも、モニターや操作盤に電力が走り始めた。すぐに帰還の設定をし、浄化装置を外して椅子に腰掛ける。出発時の白衣姿に戻った紫音は甲高い金属音を鳴らすドアが閉まったの確認すると、迅速にロックを解除し、発進態勢に入った。その後、すさまじい衝撃が機体を揺らし、轟音とともにタイムトンネルへと突入した。


 自動操縦に切り替わり、紫音は頭を冷やそうと水を何口か喉にくぐらせた。まだ目が少しヒリヒリするが、これくらいなら問題ないだろうと考えた。

 しばしの沈黙が流れたあと、それを静かに破ったのは金田だった。


「紫音さん、どうして笠木さんは催涙煙幕なんかを使用されたのですか?」

「詳しくは分からないが、何かよからぬことを企んでいるということはたしかだ」


 紫音は腕を組みながら答える。人差し指をトントンさせているのを見るに、もどかしさと焦りが如実に表れていた。


「でも、紫音先輩ひとりで行くなんて危ないですよ!もし先輩の身に何かあったら、どうするつもりだったんですか……」


 そう話す葵の声は明らかに震えていた。紫音の身を本気で心配していたんだという気持ちがそこには表れていた。


「ごめん。でも、変だと思っていたんだ。笠木の浄化装置にもレーダー機能があるはずだから、私たちの存在に気づいていても不思議ではない。それに、あいつの言動や表情にはどこか達観したものを感じたんだ。それで少し気になって、寝たふりをして観察しようとしたら、急にあの家を後にして、村の入り口に向かい始めたんだ。それで先回りして、どういうわけかを問いただそうとしたんだけど、あれは判断ミスだったね」


 紫音はこめかみに手を添え、自身の行動を省みた。一瞬頭をよぎった「皆を巻き込まない方が良いのでは?」という考えに引っ張られてしまった自分について、まだまだ詰めが甘いと感じていた。ただ、口にして聞いてもらうほどではなかったので、話の続きを舌に滑らせることにした。


「それに、さっき配線を直している中で、明らかに人の手が加わったような痕跡を見つけたんだ。爆発による損傷にみせかけるつもりだったのかもしれないけど、それが私に、笠木への疑心を確信に変えさせてくれた。だから——」


 紫音が話を続けていると突然、機体全体にドシンと重い衝撃が走った。その後、船内に出力低下を示す警報音が鳴り響き、警告ランプが真っ赤に光った。紫音は慌てて操縦桿を握り、右に左にとふらふら揺れるタイムマシンをなんとか制御しようと試みた。


 葵は椅子に必死にしがみつき、涙声になりながらもタイムマシンの状態を逐一報告する。部隊組は即座に紫音と葵の元に行き、万が一のときに2人の身を守れるよう警戒態勢に入った。


「考えたくはないが、もし墜落したら、いったいどうなるんだ?」


 最悪の事態を想定した堀田が紫音に尋ねた。それが起こってしまった場合の最善な対応を考えるためだと理解した紫音は、早口で説明に入った。


「タイムトンネルの外部に出てしまうというのが最も有力な説だ。そこには何もない無の空間『ヴォイド』が広がっているとされている。そこに行けば最後、おそらく、帰ってくるのは不可能だろう」


 それを聞いた堀田たちは一瞬、絶望に満ちた表情をしたが、すぐに頭を切り替えてあらゆる方法を検討し始めた。ここは自身の安全を2人に委ね、紫音と葵は制御に集中した。


 振動はだんだんと大きくなり、後方からは焦げ臭いにおいが漂ってくる。その直後、そこから大きな爆発音が響き、動力が急速に低下していった。堀田は急いで消化器を持ち、爆発の起こった箇所へと向かった。


「くっ、なんとか持ちこたえてくれ……」


 操縦桿を握る手に自然と力が入る。外の様子を映すモニターが出口を示す白い光に包まれ始めていた。エネルギー残量が尋常でない速度で低下する中、無事に到着することを祈った。

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