17、残酷な嵐

 黒い髪の騎士が姿を現したのは皇太子が齢四歳の頃。

 皇太子は出会った頃のことは覚えていない。

 それほど当たり前のように、サフィールという騎士は皇太子の傍でずっと守ってくれていた。


「貴方の剣として、この身を賭してお守りします」


 黒い髪の騎士は膝をつき誓いを立てる。

 彼は知らない。赤子同然の皇太子に、命を賭けるほどの価値なんてないことを。


「殿下の能力は、とても優しい。きっと貴方の優しい心が現れているのでしょう」


 違うんです。


「殿下は聡明でいらっしゃる。私なぞ知りもしないことを、深く理解なされている」


 違うんです。


「貴方は将来、帝国をまとめるのに相応しい御方だ。その道程にほんの僅かでも添えていただけること、誇りに思います」

 

 僕はただ……嫌われたくなかった、失望されたくなかっただけなんです。


 優しくなんてない、ただ、たまたまそういった才能があっただけ。

 賢くなんてない、ただ、それしかできなかっただけ。

 僕は、皇帝に相応しくなどない。


 偶然にも人を癒す才があったから、救える人は救わなくてはならなかった。優しい人であることが正しいあり方だと誰かに言われたから。

 武の才がなかったから、勉学に励み暴力を嫌わざるをえなかった。弱いのであれば、せめて賢くあれと誰かに言われたから。


 貴方が思い描く僕の姿は、あまりにも美化され過ぎている。

 本当の僕は、ありもしない誰かからの非難に怯えて、『心優しい皇太子』のフリをしていた卑怯者。

 そのくせフリでも善を成そうとしていなかったのだから、偽善者ですらない。


 ただ、貴方がいたから。貴方の思う理想のルクスリアで居ようと頑張れた。

 それは本当。


 けど、貴方がいなくなったと聞いたとき、僕は……僕は――


 ほんの少し、安堵してしまった。

 

 その事実を自覚した瞬間、虚像理想を映す鏡が割れ、醜い本性が暴かれる。


 貴方は残酷だ。

 誰かの力を借りてしか輝けないを、雲で覆い隠そうと吹き荒ぶ嵐よ。

  

 貴方はもう、僕の姿を隠してはくれない。


 涙は滴れど、泣き叫ぶ権利はない。ただ渦巻く後悔と自己嫌悪の波に……僕は身を委ねた。

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