18、真打登場!!

「…………」


 サフィールの死を告げられ、ルナは茫然と虚空を見つめるように項垂れている。


「張り合いがありませんね、皇太子たるもの、ここで私に噛みつくくらいの気概は見せてほしいものです。生け捕りにするよう言われていますが、まあ、死体でもいいでしょう」


 アルファは実につまらなそうに短剣をルナの首に振り下ろす。


「零番、強化アップグレード……『紅炎審判ジャッジメント』」


 そのか細い声がアルファの耳に届くころには、彼の振り上げた右腕は、天から降り注ぐ光の線によって焼き斬られていた。


「なっ……!?」


 肩から肉の焦げた香りが漂う。

 遅れてやってくる焼鏝やきごてを押し付けられたような激痛に意識が飛びそうになる。


「ようやく……その張り付いたにやけ顔が、はがれたな……」


 よろよろと横たわっていたフェスタが立ち上がる。


「本当に、貴方には驚かされますよ……立ち上がるどころか、私の腕を持っていくとは……本当に私の知見の狭さに嫌気がさしてきますよ」

「悪いが……騙し討ちと不意討ちは、私の十八番おはこなんでね……ぽっとでのド素人に、そうやすやすとお株を奪われちまったら……面子が潰れちまう」

「『不死殺しオーバーキル』は……確かに貴方に食らわせたはずですが……よろしければ後学のために、ご教授いただけませんか?……なぜ貴方は動けているんでしょう?」

「安心しろよ。お前の能力は十二分に強力だったさ……二度と破られるこたぁねぇよ」


 息も絶え絶えに、フェスタは不敵に微笑む。


「今ここで死んじまうんだからな!――『墓守の鍵マスターキー戦闘維持形態アヌビス』実行!」

『了解、戦闘維持プログラム実行』


 墓守の鍵は管理者の命令に従い、『戦闘維持プログラム』を実行する。

 無機物的だったその杖は、まるで生物のように自らの意思を持ったように動き出す。


「ははっ……それが答えですか……」


 思わずアルファは渇いた笑い声を上げる。


「そうかもな」


 フェスタは、解毒などしていない。

 片腕だけを自らの能力『正解の無い問い掛けスフィンクス』で壊死していないものに取り替え、杖を起動したのだ。

 一度は使えなくなった魔術を使用してみせたのは、『墓守の鍵』に備えていた緊急魔力備蓄バッテリーで行使したにすぎない。


 全身を真新しいものに変身出来ればそれが最善だったのだろうが、既に全身を成長させるというをしている。

 『正解の無い問い掛けスフィンクス』による自身を成長させるといった変身は、『存在しない物を生み出す』と言い換えていい。


 本来、相応の時間とエネルギ―といったリソースを代金コストとして得る成長という結果を、リソースを踏み倒して手に入れている。

 では、本来消費されるべきリソースはどうなるのか?

 通常の買い物と同じだ。購入する物の値が所持金より上回るのなら、借りるしかない。未来の自分から。

 能力を解除したとき、リソースを大して消費してないなら一部は返金キャッシュバックされるが、今のように体力を大きく消耗している状態であれば、その分の時間と体力を元に戻った身体で消費する。

 現状の負債はフェスタの支払い能力のギリギリを攻めている。これ以上の負債を増やせば、支払いきれず命を落とす危険がある。

 

 そこで、フェスタは、少しでも生存確率を上げるために更に無茶な賭けに打って出た。


「伝説の杖も……実態を見てしまうと……何とも……人間が使っていたとは思えませんね……」

「馬鹿言え、かっこいいだろうが」


 『寄生』


 それを見たときにアルファの頭上に思い浮かんだ率直な感想。

 墓守の鍵は、一度群体のようにバラバラに分解されたかと思えば、フェスタの身体中にまとわりつき、服のように薄く皮膚を覆い彼女と一体となっていた。杖の名残として、彼女の左手の甲に魔石と右手の甲には銃口の部分が見えている。

 その外見は、人間の肌と地続きに金属に張り替えられたかのような、有機物と無機物の融合つぎはぎ。辛うじて、呼吸で肩が動いていることが生物であることの証明。

 まるで屍人ゾンビだ。


戦闘維持形態アヌビス。所有者が戦闘続行困難な時に、運動機能、生命維持機能を破壊の杖が補填するシステムだよ」


 毒で蝕まれた身体を無理やりにでも動かして、息絶えるよりも早く、目の前の刺客を殺害する。


「私の命が尽きるのがあと何秒かは知らんが、お前の命はもっと早くに尽きる」

「まさか、本当に死体のようなお人を相手にすることになるとは……」


 奇怪な見た目になったフェスタを前に怖気づくどころか、アルファの胸は躍っていた。


「勉強代に腕一本じゃ安いだろ。残りの代金も貰ってくぞ」


 フェスタは拳を握り込み、奴の腕を切断した零番の術の発動を備える。

 殺してもいい相手。

 骨の髄まで焼き尽くす熱量の光線にて、光陰の間に仕留める。


「えぇ、えぇ! 大変珍しいものを拝見いたしました。では……『不死殺し』の面目躍如にて、残りを支払わせていただきます!」


 腕を焼き斬られてなお、アルファは残った腕で新たな短剣を取り出し、これ以上ない笑顔を振りまき彼女との対戦を受け入れる。


「きめぇ」


 溢れんばかりの笑顔と対比するように、冷え切った表情のフェスタは、留めの弦を引き絞る。




「……ごめん……なさい……」




 消え入りそうなその声は、両者に聞こえていない。


「は?」


 その声をきっかけとした事象に、両者の意識は持っていかれる。



 肩から豪快に切り落とされたアルファの右腕が生き物のように動き、気色の悪い音を立てながら縫いつく。


「こいつぁ……」


 血の通いが停滞し氷のように冷たく壊死していたフェスタの指先が熱を取り戻し、今にも止まりそうだった心臓が鼓動を強める。


 それらはまるで、一連の攻防が始まるより前に戻ったかのように――元通りになっていた。


「ほう……こうなりましたか」


 自分の身体が軽くなったような感覚に戸惑うフェスタと、まるで、こうなることも予想していたかのように自分の腕の調子を確かめるアルファ。


「しかし、折角良いところだったというのに……水を差すのは頂けませんね、皇太子」


 アルファは先ほど自分がとどめを刺そうとした少年を見やる。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい――」


 ルナは虚ろな目でブツブツと呟き続けている。

 ただ、自分に言い聞かせるように。


「これはルナの能力……まさか!」


 一日三度の上限を超えた能力の発動。止血が精々の治癒の能力だったものが、人体の欠損すら容易に修復するほどの出力を放つ。

 そして、それらはフェスタとアルファだけを対象に留めていない。

 アルターが斬り伏せた殺し屋達、そして、離れた位置にいたアルターの傷さえも癒してゆく。


「ストレスが閾値を超えましたか。皇族というものは、もう少し辛抱強いものかと思っていましたが」


 暴走。

 アインのように何らかの外的要因で暴走状態を引き起こしているわけではない、帝都が焼けた時からため込まれていたストレスが、サフィールの死という一言が呼び水となり、決壊した。


「ルナっ! 能力を抑えろ、死ぬぞ!」

「ごめんなさい……僕は……良い子になれなかった…………」


 フェスタの声は届かない。

 先の暴走との違いは、消耗の度合い。

 アインの能力『大海獣バテンカイトス』に一日の使用制限がないのは、能力の発動事態が受動的且つ範囲を限定し通常の運用頻度であれば命を削るほどではないからだ。

 対して、ルナの『天使の一矢カウス・ルーナ』は、フェスタと同様に『存在しない物を生み出す』能力。

 能力の対象が自分か他者かの違いだけで、リスクに関しては、先ほど長々と説明した物と大きく変わらない。

 故に、一日三度の上限というのは、生命活動に支障を来さないよう無意識的な防衛機能ストッパーが働いた結果だろう。

 暴走によって防衛機能ストッパーが機能しなくなったということが導く結果は、言わずもがな。

 緊急性の度合いが違う、目の前に敵も居る。アインの時のように余裕ぶった態度をとれるような状況ではない。


「皆さん、撤退です」


 先ほどまで、フェスタの殺気に心を躍らせ興奮していたアルファだったが、スンっと大人しくなり偶然にも傷が癒えた部下たちを起こしてそそくさと立ち去ろうとしていた。


「おい! 逃げんのかよ、腰抜け野郎」

「ええ、退きますとも。我々は腰抜け集団ですし、概ね目的は達成しました」


 アルファを生かしておくわけにもいかないが、ルナの暴走した能力の範囲内では即死級のダメージを与えても即座に回復してしまうだろう。

 それに、この場で優先すべきはルナの暴走を止めること。要のルナが死ぬことだけは避けねばならない。


「クソっ……!」

「あぁ、それと……貴方も皇太子から離れた方が身のためですよ」


 撤退する一味の殿しんがりでアルファは捨て台詞を吐く。


「『呪われた血』に滅ぼされたくなければね」

「それは、どういう――な!?」


 その言葉の真意を問いただそうと、口を開こうとした瞬間だった。

 フェスタの肉体が少女の姿に戻ったのは。


「能力が解けた!? まさか……」


 そこでフェスタは悟る。ルナの持つ『呪われた能力』の本質を。


「そちらの姿の方がお似合いですよ。では、生きていたならまたお会いしましょう、黒魔女、フェスタ殿」


 余裕の笑みを浮かべて、今まさに立ち去ろうとするアルファをどうすることもできない。

 だが、既に種は蒔いている。




「こっちは手が離せん、逃げる男を追え――シルヴァン!」


 見送る視線の更にその先にいる人影を、フェスタは見逃していない。



「遅れたのはすまねぇとは思ってるんだが、いきなり仕事たぁ、姐さんも人使いが荒ぇや」



 その男は、遠目に見ても映える派手な着物を身にまとい、ハリのあるよく通る声を響かせる。


「捕まえますかい? それともバラしますかい?」

「号令が掛かってる例の連中の鉄砲玉だ」

「了解。んじゃ本家の伝令の通り、見つけ次第、バラして、通りに晒し首ってことで」


「『真打』シルヴァン……! 北蠍の双爪リアレスの直参組長がどうしてここに!?」


 そこでアルファは気付く、自身の腕を焼き斬った閃光が、どのような軌跡を描いていたのかを。


「あの光は攻撃だけではなく、救難信号!」


 稲妻のように天から降り注いだ閃光、本日は晴天に付き、自然現象では起こりえないその光はその術を知る身内にのみが分かる狼煙。


「あたしの名をご存知とは恐れ入りまする。ですが、手前勝手ながら、改めて名乗らせていただきやしょう」


 眉目秀麗の伊達男、まだ距離が有れど、その目鼻顔たちはハッキリと見えてくる。

 それもそのはず、肌には薄く白粉おしろいを塗り、唇には紅を、目元や眉は墨で輪郭を際立つように線が画かれている。

 またしても、アストレアのような女装家かとお思いのそこの御方、少し待たれよ。


「お立合いの内にご存知の方もござりましょうが、帝都を発って十里東へお出でなさるれば、関町に構えますは芸人一座、屋号を『黒山羊屋』、座長を勤めまして、通りは『真打』、シルヴァンと名乗りまする」


 古風な言い回しでありながら、弾むようなリズムで声を乗せる、

 そう、大仰に名乗る青年はシルヴァン。表向きは旅芸人ギルドとして運営されている『黒山羊屋』の座長。つまるところ、顔の化粧や派手な服装は、彼が芸を生業としているからなのだ。


「何を一丁前に役者を気取っているんですかね。貴方も立派な極道はみ出しもんでしょう」

「おっと、痛ぇとこをついてくる兄ちゃんだ」


 実態は、『北蠍の双爪』若頭補佐にして、本家の直系、つまりバルクと親子杯を交わした二次団体としての『黒山羊屋』の組長でもある。


「けどなぁ、俺はどっちの顔も誇りを持ってんだわ」


 腰の大小を抜き放ち、踊るように逃げようとした『九頭蛇の牙』達を斬り捨てる、


「さあさ、『真打』登場ってね。当一座が誇る自慢の『千両役者』の演目、見てってくれや」

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