7、エンカウント

「フェスタ、止まれ」


 眠りこけるルナを抱えて歩くアルターが前方に何かを見つけた。

「騎士団だ」


 特徴的な羽織りと鎧を身につけた騎士が数名、民衆の隙間から見える。

 アルターの古巣、帝国騎士団。

 一行は建物の物陰に隠れ、連中の様子を伺う。


「やはり、もう捜索隊を出していたか」


 帝都守護職の騎士団とあろうものが、混乱の渦中である帝都が落ち着いていないというのに。


「まあ……想定の範囲内だ。誤算も……なくはないが……」

「フェスタ……? おい、大丈夫か?」


 フェスタの様子がおかしい。

 話し口調にハキハキとした切れ味がなくなり、うつらうつらし始めている。


「魔術の……連続使用による疲労だ……ギリギリ持つ算段だったんだがな」


 先程、ルナを腕尽くで眠らせたのが響いたのだろうか、集中力を欠き始めている。


「だが、問題ない荷物に気付け薬がある……目的地までは保つ、だろう」


 言葉に力こそ残っていないが、ルナに偉そうに言った手前、時間を無駄にしていられないフェスタは多少の無理をしてでも進もうとしている。


「お前、最後に寝たのはいつだ?」

「聞いてなんになるよ……」


 とっくに昨日の騒動で睡眠のタイミングなど逃している。


「俺とお前では消耗の度合いが違う。このような無茶を看過していては、早死するぞ」

「なんだ……心配してくれてんのか?……あ」


 そう言って茶化すフェスタの意識が一瞬途切れ、全身の力が抜ける。

 立ち眩んで倒れ込みそうなところを、アルターが支える。


「ルナ抱えてるくせに……器用な奴……」


 支えた背中をゆっくりと降ろし、フェスタを横たわらせる。


「お前の力を当てにさせてもらっている以上は大切にさせてもらうさ」

「からかい甲斐がないな……」


 体が言うことを聞かないフェスタは、辛うじて保った意識で口だけはなんとか動かす。


「通りを抜けて……真っ直ぐだ……旅芸人のテントがある……そこを目指せ」

「了解した」

「最優先はルナだ……自分は少し休んだら自力でなんとかする」

「無理だけはするなよ」


 瞼が閉じきると、フェスタは猫の姿となり寝息を立てる。

 少なくとも人の姿で倒れているよりも目立ちはしない。


「とは言え……」


 アルターが通りを見やる。

 ガシャガシャと鎧が擦る音が段々と増えていく。


「集まって来たな。……レアリアに数を集中しているな。やはり、情報は筒抜けか」


 出立前に、北蠍の双爪の内部に情報を流している者がいる。というのはフェスタ、バルクらと共有している。


「出し抜くつもりが、先手を打たれてしまったか」


 目的地とされる旅芸人のテントまで、たった五十メートル程度。

 『たった』の距離が、今は万里に等しい。


「…………」


 この状況を打開するために、今一度アルターは情報を整理する。

 ルナは先程の論争で逃走の枷になると判断され眠らされている。

 フェスタは前述の通り。

 アルターは騎士団の制服を脱いでいるとは言え、騎士団員で彼女の容姿を知らぬ者はいない。素通りは厳しい。


「見えてる騎士を全員斬る……勝算は低い」


 人斬りサフィール殺人鬼ソルと言った半ば人外じみた一騎当千の戦士と比較してしまうと、アルターは概ね人間の範疇に収まっている。

 人の往来がある通りであることを一旦無視して交戦を視野に入れた場合、見えている範囲の武装した騎士五人程度を排除する分には問題はない。

 だが、相手は騎士。ゴロツキや不逞浪士と違い数人屠ったところで情けなく逃げ惑うような連中ではない。


「捜索隊の規模が測れていない以上は、無謀」


 アルターの武装は服の中に仕込んだ鎖帷子と剣、拳銃。

 弾薬は決して多くない。


「予備も合わせて十二……ソルが羨ましくなるな」


 自身の赤茶色の髪をかき上げ、武器を数えながら彼女は考える。         


「今日の死番は俺だったか」


 『最優先はルナ』その言葉をアルターは反芻している。


「この中で一番安い命は……考えるまでもないな」


 発砲音が轟く。

 通行人達のどよめきが波になる。

 往来にて巡回せし騎士が一人、銃弾に膝を貫かれ踞る。


「て、敵しゅ――」


 合図を送ろうとしたバディの騎士の腹に、すかさず剣を振るう。

 どよめきが悲鳴へと変わる。


「お騒がせしている」


 跳ねた赤銅が切っ先で反射する。


「あ、あぁ……副長だ……」

「本物なのか……」


 次第に騎士達が集まり、アルターを取り囲む。


「……三番隊か」


 ざっと人数を数えながら彼女は次の弾丸を装填している。


「大火の折に別れて以来か? 三番隊、アイン隊長」

「そんなに昔のことじゃないっすよ、副長」


 アルターが睨む先に、若い騎士が青ざめた表情で歩み出た。


「まるで、最初からここに俺達がいると分かっていたかのような動きだが、お前にしては聡い行動に思えるな、なぁ、アイン?」

「俺は捜索隊は分散すべきだと進言したんすけど、参謀殿がレアリアに集中するよう指示を出されたんで、確信めいた何かがあったんだろうなー、とは」


 隊長アインはかつての上司であるアルターと目を合わせない。


「そうか」


 銃口がアインに向く。


「先に謝らせて欲しいんすけど」


 発砲音と着弾が重なる距離で、轟きだけがアインに到達する。


「許可しない」


 アインの能力の前では拳銃など、ただの音を鳴らす道具に成り下がる。それは承知の上。


「酷ぇ人だ、こんな状況でも変わらねぇっすね」

「お前もな」

「御用改めっす。副長」


 副長の態度に、アインは小さくため息を吐く。


「三番隊、隊長、アイン・ウィステリア」


 アインは形ばかりの名乗りを上げながら鞘から剣を抜く。

 その額にはうっすらと汗が滲んでいる。


「取り敢えず、部下たちを逃がしたいんすけど」


 対照的にアルターは剣も銃も納める。

 だが、これは降伏の意思表示などではない。


「許可しない」


 小指から順番に折り曲げ、親指で握りこみ構える。徹底抗戦の拳。


「不本意だが――『反逆騎士リベリオン』アルター・シェラタン。並べ」


 その拳を石畳に叩きつける。


「『迷宮メイズ』」


 大地に作用する地属性の魔術の行使。だが、標的はアインではない。

 アルターの背後にせり上がる石壁、そこを❘終着ゴールとするようにアインと彼が従えている三番隊を囲むように壁が次々と列をなす。


 それは『迷宮』。


 だがその名は不相応にも見える。

 なぜならば――。


「出たよ……副長のの迷宮」


 入った者を迷わせる気が感じられない、精々人一人が通れる程度の狭さの、ただ壁に囲われただけの通路。


「これからお前たち全員、騎士道不覚悟で制裁する」


 だが、これでいい。これがいいと言わんばかりに、壁に背を預けるアルターは拳を構える。


「逃げる気どころか、逃がしてもくれねぇのか……」

「さぁ、列の先頭はどいつだ?」

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