6、問答無用

 レグルス領とネクタリス領との境、都の通過点。


「ここが領境の町、レアリア……レグルスの果て」


 初めて来た町で、好奇心を隠せていないルナが帽子のツバを上げて町の様子を瞳を輝かせて観察している。

 帝国と外来の異なる二つの文化が攪拌され斑に入り混じる町、レアリア。

 町の中心にはレグルス領とネクタリス領を繋ぐ鉄道の中継駅、領境警備隊 の屯所がある。


「他にも四箇所。レグルスへと通じる関所があるが、ここが一番紛れ込むのに向いてる」


 猫の姿での案内を終え、人間の姿を象るフェスタが言う。

 帝都で見るような洋装の人のみではなく、異なる文化の民族装束を身に纏う人々。

 建物も建築様式は統一されておらず、どこか煩雑に感じるほど、一つ一つの個性に溢れていた。

 帝都から避難してきた人々もあってか、煩雑さも一層極まっている。


「確かに、これだけ人がいるなら、身を隠すには持って来いだが……フェスタ、検問所を通過できるアテはあるのか?」


 流石に皇帝直轄領の関所というだけあって、その出入りには厳しい検問が待ち構えている。

 無論、魔術による欺瞞もある程度対策されている。


「安心しろ、手はある」


 アルターの問いにフェスタはさらっと答える。

 一行はフェスタに先導され、人混みをを縫うように街を練り歩く。


「どんどん人が増えてませんか?」


 ルナは逸れないようにアルターの服の裾を掴みながら辺りを見渡すと、道沿いには仮説のテントが貼られ、近くの広場には帝都から逃げ延びて来たであろう暗く沈んだ表情の人々が集まっている様子が見えた。


「帝都からの避難民ですね、おそらく、隣接する大きな街の中でここが一番近いからかと」


 騒動から一晩明けて、周辺都市にも帝都の状況は伝わり支援活動が行われているのだろう。

 幸か不幸か、ちょうど各地の要人達が帝都に居合わせていたのもあってか受け入れが早い。

 とは言え、だ。


「帝都の人口は帝国一だ。関所街ではいささか人手不足だな」

「…………」


 広場の中には薄い布を敷いただけの硬い地面に寝かされる負傷者も多い。運び込める病院が不足しているのだ。


「いつになったら、まともな治療が受けられるんだ……」


 家財を回収しようと火事に焼かれた老人、避難の際に建物の瓦礫を浴びた婦人、救助を手伝い煙を吸ってしまった若者、他人の家に上がり込み金品をくすねようとして倒壊に巻き込まれた愚者。

 老いも若きも、男も女も、善良な者も、身勝手な者も、そうでない者にも、等しく、災いを被っている。

 その数多の悲壮は脇を通ろうとしているだけでも感じ取れてしまう。


検傷分類トリアージしてるのに、追いついてない」


 負傷者の手首には赤、黄、緑、そして黒のタグが括りつけられている。

 最優先の重傷者を示す赤のタグを付けているのに、病院への搬送が間に合わず広場に転がされている者も少なくない。


手遅れは間に合わなかった赤と言ったところか」


 脇目を振らずに歩くフェスタの視界の端にも、その惨状は映っている。


「フェスタさん、あの……」

「駄目だ」


 何かを伝えようとしたルナの声に、フェスタの声が覆い被さる。


「まだ、何も」

「被災者の救護を手伝いたいとでも言いたいのだろう」

「……」


 ルナは言葉に詰まる。図星だった。


「殿下……お気持ちは分かりますが。今は……」

「そうだ、他人にかまけている余裕はない」

「そんな言い方……」


 心無い物言いだが、一つ所に滞在する時間が長くなれば長くなるほど逃走の成功からは遠ざかる。


「今は一分一秒が惜しい。お前は自分が置かされている状況を正しく理解し、自分の余力を勘定しろ」

「理解しているつもりです。それでも、民が苦しんでいるのを見て見ぬふりなどできません」

「流石は皇族様は言うことが違うな。大変ご高潔でおられる」


 不遜な態度は今更だが、歯に衣着せぬ言い方をするフェスタが皮肉めいた棘を持った言葉を放ったことにルナは引っかかる。


「どういう意味ですか、それ……?」


 答えて欲しいわけではない。皮肉が分からないほど、ルナも無垢ではない。

 明らかに不満と僅かな怒気を孕んで、問いにもならない問いを投げつける。


へりくだってるくせに、上から目線なところが腹立つ、ってことだよ」


 目的地に向けて前を見ていたフェスタがルナに振り向く。

 その顔は、貧しい者が裕福な者へ向ける、侮蔑と不快の表情。


「フェスタ、そこまでにしておけ」


 アルターが二人の間に割って入る。

 信者サフィールがこの場に入れば、斬り合いは免れなかっただろうが、彼女は仲裁に入る立場の人間としては極めて冷静だった。


「殿下……フェスタに賛同するわけではありませんが、私も先を急ぐべきだと思います。敵が聡いのであれば、すでに帝都の出入り口に追っ手が放たれていると考えて行動すべきです」

「ですが……」


 二対一の構図になっているにも関わらず、食い下がろうとするルナ。


「もういい」


 その様子を見てフェスタはうんざりしたように一言呟く。


「所詮は上流階級様か」


 その小さな言葉を間近で聞いていたアルターは複雑そうな表情をする。


「見逃せよ」


 先ほど溢した独り言とは違い、明確にアルターに向けた意図の言葉に彼女は否定も肯定もしない。

 気だるげにアルターを押しのけフェスタはルナの眉間に人差し指を突きつける。


「『眠ってろ二番』」

「え……?」


 極限まで切り詰めた一見雑な詠唱で、フェスタは魔術を使用する。


「話し合いにもならん」

「な、何を……」


 ルナは異を唱える間もなく、フェスタが使用した幻想魔術の一種の催眠によっていとも容易く意識を奪われる。


「意図は分かるが、強引すぎるぞ」


 地面と激突する前にアルターは倒れ込むルナを抱きかかえる。


「これでも優しい方なんだぜ。極道にしては、だが」


 不意に人がよろめいたというのに、周囲は無関心だ。

 誰もかれもがそれどころではないのだ。それは、一行にとっても同じことが言える。


「お前も、とっととこんな問答は終わらせた方がいいと思ってたろ」

「……」


 またしてもアルターは無言で返す。


「まさか、お前もこっち側の価値観だったとは意外だったぜ」

「何とでも言え。先を急ぐのだろう」

「ああ、時間を無駄にしたしな」


 ルナと二人を分かつのは、情と非情ではない。


「誰かを助けたいってのはご立派だが、そんなのは余裕のある人間の特権なんだよ」

「起きているときに言って差し上げろ」

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