2、作戦『救出』or『撤退』

「アルター!」

「殿下! ご無事でしたか」


 場所は北蠍の双爪リアレスが隠れ家に確保している洛外の空き家の一つ。

 そこで旅籠で待機していたはずのアルター及び北蠍の双爪の組員たちと合流することに成功していた。

 フェスタの案内のおかげで、道中これといったイベントが発生しなかった。というか、今の状況でルナを連れて安全に移動するにはフェスタがいなければまともに動けないと言うべきか。


「フェスタさん!」


 ようやく落ち着けるかとフェスタが思った矢先、血の気が引いた面相の組員たちがフェスタに駆け寄ってくる。ソルの舎弟の連中だ。


「先に移動しているとは聞いていないぞ。それと、ソルの姿が見えん」

「それが、フェスタさんが出て行ったあと、騎士の連中がかちこんできて」

「そしたら、ソルの姉さんが……けじめだって、組長に……」


 ことの成り行き――ソルが北蠍の双爪を破門になり、皆を逃がすために単身で騎士達を迎え撃ったことを聞いたフェスタは、一言『わかった』と返事をし、神妙な面持ちをしている組長バルクに食って掛かる。


「もし、騎士団の副長を旅籠に連れて行ったところが目撃されていたとして、その責任の所在がソルにあると思うか? バルク」


 若頭補佐という役職にも関わらず、フェスタは組長に対しても相変わらずの傲岸不遜ぶりで詰め寄る。


「……なにが言いてぇよ」

「ソルを破門にするのは筋違いだって話だ。今すぐ連れ戻してくる」

「勝手な真似すんじゃねェ!!」


 戻ってきたのも束の間、とんぼ返りで、ソルを迎えに行こうとするフェスタを、バルクの怒号が止める。


「そうやって声を荒げてれば誰も彼もが従うと思うなよ。自分はソルの義姉妹きょうだいだが、お前と盃を交わした覚えはない」

 睨みつけるフェスタの眼差しは冷たい。

 感情ではフェスタは説得されないし、義理や上下関係に訴えても彼女には響かない。 

 極道の道理が通用しない異端の中の異端アウトロー、それが彼女だ。


「『ソル一人、北蠍の双爪から脱けた』これが、どれほどの不利益か考えるんだな。逃げ出すためとは言え、切るには大き過ぎる尻尾だ」


理解わかっとる……そんなことくらい。せやけど、アイツが言い出したことを止められるかいな……」


 バルクが言っているのは、ソルの気持ちを思うと止められない。などといった親心の話ではない。その思いもゼロではないだろうけれど、実際は『物理的に止められない』という話だ。


「それにしても短慮……いや、アイツはそういうやつか、自分の価値を分かっちゃいない」


 味方を逃がすために単身で敵の懐に切り込んで行く、それが意味するのは鉄砲玉特攻

 生存確率は極めて低い……はず。ソルなら全滅させた上で帰ってくる可能性も残っているが。


「儂もソルを連れ戻した方が組のためにもえと思うとるが、それでも、今、お前の力を使うてしまうわけにもいかん」

「……」


 魔術は無尽蔵ではない。

 サフィールのように、魔剣や魔導具高級品の類で外部からリソースを確保しているなら低い体力の消費量で何度でも魔術を使えるが、それらの介添え無しで魔術を扱うには術者本人の体力の消費量が跳ね上がる。

 フェスタが幻想魔術で他人の目を欺けるのは連続で一日六時間、距離にして約30kmが限度。その後は十分な休息を最低でも半日は必要とする。


「今日は魔力を使い過ぎや。ソルを迎えに行ったあと、ここでお前の回復を待っとったら、この空き家も見つかって一網打尽になってまう。それこそ採算が合わん」

「だからと言って――」

「獅子の威を借る子猫が、よう吠えとるなぁ」


 反論しようとしたフェスタの言葉を遮り、フェスタの背後から生白い手が伸びて来る。


「自分に触れるなと、何度言えば理解できる? イオ」


 フェスタの首に絡まろうとした腕は空を切り、フェスタはその腕の持ち主の手が届かない距離まで逃げている。


「相変わらず、若頭補佐の癖に上下関係ってのを理解しとらんようやな? フェスタ」


 生白い腕を伸ばしてきたのは、若頭の一人、イオ。

 彼女は鬼の首……いや、獅子の首を取ったような嬉々とした表情をしている。


「借る威がなくなって焦る気持ちはよぉわかるけど……そもそもの話、アンタが尾けられてたのが原因やないの、それをソルが尻拭いしてくれたんやないか」

「その話をして何になるんだ? せめて無能なら、無能なりに実のある話をしろよ」

「ウチらがこんなことになってるのはアンタらのせいやって話やろ」

「それで自分が指詰めたら、この状況は改善すんのか、って話をしてんだよ」


 ただ、目の敵にしているソルとフェスタを蹴落としたいだけで、現状の打開策にもならない話を前に、フェスタはイラつきを隠そうともせずに睨みつける。


「もし責任が云々の話を続けたいっていうのなら、一つだけ教えてやる、なんで毎日毎日自分は幻想魔術でお前らを案内してんのに、なんで、都合よく、こんな日に、騎士に目を付けられたんだろうなぁ?」

「アンタが失敗しくじっただけの話やろ」

「ほかの可能性に蓋して、証拠も無いテメェの都合のいい妄想に浸ってないならそうしてろ。直に現実に引き戻してやる」


 ソルは面倒くさがってイオに言われるがままにして相手にしないが、フェスタは違う面倒くさい。攻撃されれば徹底的に抗戦し決着を付けたがるのだ。


「フェスタさん、フェスタさん!」


 二人の言い合いに組員が身を縮こませながら入って、フェスタに近づいてあるものを手渡す。


「少し前から、急に起動状態アクティブになって」


 ソレはラヴィによって売りつけられた角笛。

 この組員は双方向ステレオ派らしく二つ持っていたようで、ウチ一つをフェスタの耳に装着するようジェスチャーで伝える。


「どうやらソルの姉さんとラヴィさんが戦ってるみたい、でして」


 そこから聞こえる音声を耳にしたフェスタは、神妙な面持ちで考えたあと、角笛を持ってきた組員に耳打ちをする。


「角笛を持っていた連中は全員これを聞いているのか?」

「おそらく……」


 この角笛は、サフィールとソルの喧嘩実況用のものだ、つまり、北蠍の双爪で持っているのはソルの舎弟のみとなる。イオ派の連中には聞かれていない。


「組長には自分から共有する。だが他の組員にはこの情報は伝えるな」

「え、でも、もし本当なら、組員の中に裏切り者が……」

「だからだよ。炙り出すんだ、裏切り者のクソ野郎をよぉ」


 フェスタはソルの舎弟を下がらせ、バルクとイオに向かう。


「なんや、こそこそ話は終わったんか」 


 イオの言葉を無視して、フェスタはバルクに進言する。


「バルク、ソルの救出は一旦後回しにして、この場の全員で撤退しよう」

「フェスタ……すまない」


 フェスタは諦めたようにバルクの意見に同意する。


「だが」


 黒猫の話は終わっていない。


「全員で纏まっては逃げない。三組に分かれて帝都を出る」


 黒髪の美少女に似つかわしくない、悪企みの笑みを浮かべていた。

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