3、コマンド『提案』

 隙間風が入る寂れた空き家の中で、この場の面子で意思決定に関わる、組長バルク、若頭イオ、若頭補佐フェスタ、そして、騎士団副団長アルター、皇太子ルナを交え、今後の方針を決める緊急の作戦会議が設けられていた。


「先に組長とイオには聞かせていたが、自分はこの場の面子を三手に別れて帝都を脱出するべきだと思う」


 会議の進行をするのはフェスタ。

 そもそも、この場に北蠍の双爪ではない二人を同席させたのも彼女の提案だ。


「撤退時に一網打尽にされるリスクを分散する目的もあるが。平行して各地に移動して、他領の系列団体分家に協力を呼びかけたい」


 フェスタは自分の提案の意図を完結に述べる。

 現状は『逃げる』という選択肢しかできないのであれば、逃げた後、今後の展望に目を向けるべきだろう。

 極道というのは一種の一族経営のようなもので、本家を北蠍の双爪親会社として、子会社のように下部団体の組が枝分かれしている。

 『北蠍の双爪』は広域指定暴力団だ。全国に展開し、その傘下の下部組織の数は三次団体孫会社まで含めると百に達し、構成員は末端まで含めると二万は下らない。


「ソルを失った現状、ウチの戦力は半減以下になったと言っていい。ただ逃げ出すんじゃあ、あまりにも損失がでかい。力を失くしたままじゃあ、下に示しが付かないしな。逃げに徹しつつ、組を立て直す方針で動いた方が建設的じゃないか」


 力が全ての極道社会において、弱体化した組織は下に舐められ、敵対組織からは格好の餌食になりかねない。

 下から舐められれば上納金アガリは渋られ、縄張りシマが大火事でシノギも上げられないとなれば、ジリ貧は免れないだろう。


「確かに。一度、ここにいない幹部連中集めて体制を立て直した方がええな」

「ちょっと待ちいや」


 フェスタの意見に難癖をつけるのは当然イオだ。


「騎士団はあの副長さんと皇太子を狙っとるんやろ? そもそもの話、そいつらを引き渡してしまったら、ウチらはもうこの一件とは無関係なんとちゃうんか?」


 イオが視線を向ける先にはアルターとルナ。


「貴様……俺はともかく、殿下すらも見限ろうというのか!」

「あ、アルター落ち着いてください。そもそも、北蠍の双爪の皆さんは僕らの問題に巻き込まれただけです。僕らを庇ってリスクを抱え込む義理はないんです」

「しかし……」


 ルナはイオの発言に噛み付くアルターを落ち着かせようと頑張って宥める。イオの言い分は確かに冷たいが、事実、イオからすれば、ソルが持ち込んできた厄介ごとに巻き込まれたに過ぎない。


「そうでもないな」


 イオの認識を訂正するように、フェスタが進行を仕切りなおす。


「敵の目的は二人だけじゃない。連中は今回の騒動の罪を全部、北蠍の双爪になすり付けようとしている。素直に二人を引き渡しても、何かしらでっち上げて、ウチらに濡れ衣を着せる腹心算はらづもりだろう」

「随分、確信を持って話すんやなぁ」

「確信があるっていったら、どうする?」


 ラヴィの自白を耳にしたフェスタは確信しているが、他の面子から見ればそれこそ憶測に過ぎない。


「ま、確信なんてないが。少なくとも、常に『敵は敵の嫌がることに積極的である』と想定して、最善の策を講じておくのは悪いことじゃないだろ」


 イオを威嚇したあと、ヘラヘラとするフェスタだが、イオはフェスタの発言に噛み付く。


「やったら、一番デカいリスクを背負い込んどくのは悪手なんと

ちゃうんか?」

「いいや」


 フェスタは否定する。


「言っただろう、常に『敵は敵の嫌がることに積極的である』ことを想定すると」

「どういう意味や?」

「少なくとも敵の目的が二人だってのは確定してるなら、『それを相手に手に入れられていない状況』ってのが敵の不利益嫌がることだ」

「だから、狙われ取るんやろ」

「裏を返せば。切り返しの一手に使える。いわば、切り札ジョーカーだ」


 ジョーカーはババ外れ札にも大革命切り札にもなりえる。


「何故、騎士団は二人を手に入れたい?」


 敵の目的を明確にするようにフェスタが問いかける。


「口封じ、ってだけではないな」


 それに返すのはアルター。


「団長を長に据えていたとはいえ騎士団の実働的な面は俺が主導していた。事件の首謀者にするにはこれほどまでの適任はない。殿下は皇位継承権一位の存在。傀儡にするにせよ、抹殺して自分達にとって都合のいい人間を皇位に即位させるせよ、その身柄を抑えておきたいのではないだろうか」

「そういうことだ、二人がこうしている間にも敵のご都合展開に支障が出てるってこと」


 とどのつまり、敵、ギュスタヴら反乱騎士どもにとって、二人の身柄を抑えてしまえば、完全に帝国の実権を手に入れられる。


「逆に言えば、僕が正式な場で反乱騎士……ギュスタヴを糾弾できれば」


 ルナは考える、どうすれば、帝国を取り戻せるのか、サフィールや救出できるのか。皇帝の安否を確認できるのか。


「このまま、お前がのこのこ城に帰っても、暗殺されるか脅されて傀儡になるかだ。今のお前には騎士団を止めるほどの戦力ちからがない」

「戦力……」

「『暴力』と言い換えてもいい」


 それは、北蠍の双爪が暴力団たらしめる『暴力』を補佐するフェスタから出る言葉だ。


「正論は暴力によって掻き消される」

「それでは、無法ではないですか……」

「法を機能させる暴力が反旗を翻したからこうなってるんだろ。なぁ?」


 フェスタは、法の暴力たる騎士団のアルターに話を振る。


「殿下、口惜しいことですが、殿下がギュスタヴを咎めたところで、それを拘束し裁くための強制力、つまり、武力がありません」

「僕も理解はしているつもりです。力なき正義に意味などないということは……」

「そこでだ、北蠍の双爪がお前達の暴力になってやる」

「フェスタ!」


 組長に話も通さず進めようとするフェスタをイオが咎めるが、バルクはフェスタの意図を察する。


「騎士団と帝国に貸しを作るってことやな」

「そう、今の連中がこのまま帝国の軍事や政権を握れば、間違いなく、北蠍の双爪にとって損しかないが、ルナたちに協力して賊軍を征伐すれば、濡れ衣は晴れる上に、これ以上ない最高のパイプが手に入る」


 もはや風前の灯だった北蠍の双爪の手札の中には、大革命大逆転を決める一手が、ここにある。

 もとより縄張りシマを荒らした連中に報復カエシをするのは、北蠍の双爪の既定路線だった。ことのついでに、美味い汁が吸える。


「というわけで交渉や、皇太子殿」


 ココからは組の舵取りの話、それを仕切るのは組長であるバルクの役割だ。


「アンタが帝国を奪還したいんやったら協力する。その代わり、帝国を取り戻した暁には、末永くええ関係を結ばせてもらえるやろうか」

「…………帝国を取り戻した暁には、貴方達の望む報酬を約束させていただきます」

「殿下、救ってくれた恩義があるとは言え、コイツらは暴力団ギルドです。深く関わっては……」

「分かっています。でも今は、彼らの力を借りなければ、サフィールも救えないし、父上の安否の信憑性も分からないんです。綺麗ごとだけでは、何も進まない」


 ルナは、親しい多くの人間の命によって救われた。

 まだ、自分を庇って覆いかぶさるように積み上がった家来達の骸の感触が残っている。

 サフィールはその身体をボロボロにしながらも、ルナを守り抜いた。

 皇帝は自らが最後まで残り、逃げる人々を守ろうとしていた。

 まだ、ルナ自身は、何も払ってない。何も得られていない。


「ですが、あくまで帝国を取り戻すための力を貸してください。無闇な暴力を僕は望まない」


 覚悟を決める。

 ルナは伊達に皇太子と呼ばれているわけではない。


「それでええ」


 満足そうにバルクは頷き、組員達に号令を出す。 


「フェスタの提案通り、北蠍の双爪は組員兵隊を三つに分けて帝都を脱出する。これはでかいシノギになるで!」


 バルクはニッと口角を上げて、そう宣言する。




『サフィール隊長の心肺停止を確認! 繰り返しますサフィール隊長の心肺停止を確認ッ!』

『反逆者ソル、完全に沈黙! 拘束に成功しましたッ!』

『封印部隊急げッ!』


 そんな声たちが、フェスタの耳に装着された角笛から鳴り響き、耳の中で繰り返される。


「悪いな、ルナ」


 盛り上がる組員達を見ながら、誰にも聞こえないような声でフェスタは呟く。

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