第19話 1本目のコーラ

―――パサッ。


「うおおおおおおお!ウチのクラスがスリーポイントで先制したぞぉ!」

「やったああああ!」


なんて男女の歓声が湧き上がっているのはウチのクラスではない。同じコートで行われていた1つ前の試合の歓声である。


「なぁ、そろそろ試合終わってオレらの番だけど、クラスの大半の人来る気配無いな」

「昨日があれじゃなあ」

笹倉と田川のセリフがオレの心にズキズキと刺さる。大丈夫、昨日戦術は立てた。応援がいなくても勝てばいいのだ勝てば。


試合は1グループ5チームで総当たり戦。そこで一番になったチームが決勝リーグに進む。


「碇くん、今日は気を取り直していこうね!」

そう励ましてくるのはもう1人のバスケ組、野島泰三だ。小柄で細身のメガネくん。身長は150cmも無い。


「そうだね、頑張ろっか」


試合前の10分間の練習時間もすぐに終わった。

いよいよ試合前の整列。


同時刻にウチのクラスのサッカーの試合もあるせいか、体育館のギャラリーでオレのクラスを応援に来たのは陸上部男子たち、村西、岸本と根本と菅野、そして海堀玲香だけだった。


相手は2年3組。ギャラリーがぎゅうぎゅうになるほど応援がかけつけている。


「そーれ!3組!」

「そーれ!3組!」

「そーれ!3組!」

「そーれ!3組!」

1人の男子の掛け声に、大人数が続く。


―――応援の量なんていい。絶対スリーを決める。そして勝つ。


ビーーーーッ


ブザーと同時に、3面のコートで3試合が開始された。


ジャンプボールで競り勝った倉橋から、笹倉にボールが渡り、ゴールに向かって走っていたオレが素早くターン。スリーポイントラインまで戻ってきてボールを受け取る。そこまでおよそ3秒。


ディフェンスが来る前にオレの手からボールが放たれる。3分の1の観衆の視線がボール1つの行方に向けられた。


―――パサッ


「やったあああああああ!」

オレが拳を握るよりも早く、なんと玲香が全力でギャラリーで手を叩いて喜んでいた。


「まさいいぞぉ!」

「雅也カッコイイ!」

陸部男子たちが続いてオレに声をかける。


パシッ。

笹倉と無言のまま素早くハイタッチ。ディフェンスにいち早く戻る。


―――まずはコーラ1本、約束通りゲットだな。


試合はこのままウチのペースで進み、7-2で勝利した。

そして勢いそのまま、連続であった2試合目も勝利。8-4でオレはこの試合ではスリーポイント2本を決めた。


2試合目が終わり、応援してくれたギャラリーの人と合流しようと、体育館入口の階段を登ろうとする。すると、入口で玲香が待っていた。


「お疲れ様、ちゃんとカッコよかったじゃん」

そう言って、彼女はコーラの缶を軽く投げてきた。


「うおっとと、サンキュ。約束達成だな」

「このまま決勝リーグいけるといいね」

そう言いながら、はいこれもと、殴ると冷たくなる冷感剤もくれた。


「ありがと、てか玲香どんだけ喜んでんだし。カムバック待ってたファンかよ」

さっそく殴って使わせてもらう。


「…///いいでしょ別に!私のコーラのためにスリー決めてくれるか不安だったし」

「私のコーラのためってなんだよ、ハハッ。でもありがと。多分今日の朝のコーラのやり取りで色々楽になったかも」

「ん、そっか」


そのあとも少し談笑したあと、ギャラリーに向かい応援してくれた人たちと合流。岸本も含め、全員とハイタッチし、興奮気味で迎えられた。



―――第3試合 対2年6組戦。


両方のギャラリーが、観客でいっぱいになっていた。2試合目までいなかったクラスの人たちや、2試合目を終えたばかりのサッカー組まで来ていた。


「4組頑張れよ!」

「4組みんなファイトー!」


先ほどまでより一際大きな声援がオレたちに届く。2試合勝ったことがクラスに伝わり、応援に来てくれたのだ。


ビーーーーーーーッ


試合開始とともに1試合目と同じような展開がされた。素早くオレの手にボールが周り、シュート。


おおおお!と期待の歓声が上がる。


―――ガンッ


僅かに外れ、リングにボールが当たって跳ね返る。

あああ……と残念がる声に変わった。


その後試合は緊迫の展開。

どちらもなかなかシュートを決めきれず、オレももう1本スリーを外し、倉橋のシュートと相手のシュート1本ずつの、2-2で残り13秒。ボールはこちら側。


引き分けで終わるとフリースロー対決で結果が決まる。


観客の誰かが残り時間を言い始めた。

「12、11、10、9、8……」


ドリブルをつく笹倉に相手が2人詰め寄っていく。1人はオレのディフェンスだ。


―――ラストチャンス。


寄っていきかけているディフェンスを振り切り、笹倉を呼ぶ。


「笹倉っ!」


左45度付近でスリーポイントラインに立つと同時に、素早く笹倉からボールが渡ってきた。ハッとしたディフェンスが戻ろうとしてくる。


もう遅い。オレが現役でも一番得意だったゾーン。


―――残り2.8秒。


大きく弧を描くボールがオレの手から放たれた。


ビーーーーーーーッ…パスッ


―――ブザービートのスリーポイントシュート


わあああああああ!と会場が揺れんばかりに盛り上がる。と同時にチームメイトがオレに抱きついてくる。


「やったぞ碇!」

「やってくれたな碇!」

「碇くんすごいよ!」


揉みくちゃにされながら、応援していた人たちに顔を向け、拳を突き上げる。


「ナイス4組!」

「碇くんナイス〜!」

「笹倉ナイスパス!」


大歓声や拍手の中、玲香とも目が合った。彼女は興奮していたが目が合うとハッとして一瞬顔を背け、そのあとニッと笑ってこちらを見た。



決勝リーグ出場まで、あと1勝。スリーポイント1本さえ決められるか分からなかったオレが、今日は冴えている。

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