第18話 海堀との約束

―――朝6時20分教室。


教室に居るにしては早すぎるこの時間に、オレたちバスケ出場組はオレの窓際の机で対戦表を眺めていた。


「おい、まだ2時間は暇なんだが?」

田川がクラスマッチの対戦表を指でコツコツしながら飲み干したコーラの缶を手に、こちらを不機嫌そうに見てくる。


「そーだな……田川ん家戻るか」

「バカ言え、勝田まで戻ってまたこっち来るのはダルいわ」


前日の夜、翌朝6時から体育館で調整を行うため、田川の家にオレたちは泊まっていた。

早朝から水戸駅に向かう電車のある水戸駅の1つ先の駅、勝田駅の近くに住んでいたからだ。


かなり急なオレの提案であったが、田川の親がまさかの歓迎で、ことは上手く進んだ。進んだのだが当日になって歯車が狂った。


―――少し遡って朝6時。


「ふぅ〜!体育館涼しい〜」

体育館に入ってすぐ、笹倉が興奮の一声。


「近藤先生に頼んで早朝開けてくれって頼んどいたおかげだな」

「そうだな。早いとこ、色々なパターン試してみるか」

田川と倉橋は、それぞれバトミントンシューズ、バスケットシューズの紐を結ぶ。


「よし、このボール使うか」

体育館の倉庫でキレイなボールを見つけ、チームメイトの集まるところに投げかけた時、


ピーーーーーーーーーーッ


大きく響く笛の音にオレたちは体がビクッとなる。


「申し訳ないですけど、クラスマッチ当日の練習は公平を期すために試合前10分間だけになってるんです」


笛の紐を首から下げ、腰に手を当てながら、1人の女子がオレたちに呼びかける。1年3組のクラスTシャツを着ている。


「え?ダメなんですか?」

倉橋が再度その女子にそう尋ねる。


「はい、先月配布されたクラスマッチに関する手紙にも書いてあったと思います」

なんで知らないんですか?という顔をしながらその子は返答。


「おい、碇ぃ〜………」

ドダダダと、男たちが走ってオレの元に来て囲み、詰め寄ってくる。


「今何時だか時計読めるか?これがパーになったら後何時間暇なんだいオレたち」

倉橋が怒りを隠す笑みでオレを見下ろす。


「弁解のしようがないです………って玲香か」

仁王立ちする女子を見てみれば、海堀玲香だった。彼女は3組である。


「あんたホントにこんな時間から来るとかバカぁ?」


まるでどこかのアニメで聞いたような言い回しのセリフ。


「昨日何も言ってこなかったじゃんかよ、つーかクラスマッチ委員会だったら教えてくれよ」

「ハハッ、いやまさかこんな時間に来るとは思ってなかったけど。あえて当日注意してやろうと思っててさ〜。それも練習をしようとしてたその瞬間に」


―――性格ねじ曲がってやがる。


昨日RINEをした際に海堀は

「早っ、やる気あんねぇ〜バカみたいに」

「まぁ頑張って今日みたいな恥晒さないといいね」


としか言ってこなかった。


ちなみに、海堀とはビンタの件があってしばらくしてから、さすがにビンタは申し訳なかったからおわびにRINEあげると言われ、流れで交換した。その後RINEで毎日話していたせいか普通に会話できるようになった。


「ほらほらボール片付けて出てった、出てった」

シッシッと手でやりながら彼女はオレたちを体育館から追い出す。


「作戦立てるにも昨日さんざん立てたからもう暇だぞホントに」

「碇あそこの自販機でなんか奢れ」

「オレもそれ乗ったわ」

男たちは勝手に奢ってもらうことに決め、自販機に向かって走っていく。


最後に体育館を出たオレに海堀が近づいて話しかけてきた。


「ねぇ、今日はさ………頑張ってね。応援してる」

唐突な応援に、振り向く。


「え?おうありがとう。なら、体育館使わせてくれ?」

「それはダメ。決まりは決まり」

お慈悲もなしに、海堀は体育館のドアをガラガラと閉める。


「ケチだなぁ、外面は相変わらず完璧だけど」

「…/// うっさいな。私はさ、あんたの中学生時代は知らないけどさ、けっこう上手かったんでしょ?村西に聞いたよ」


村西………昨日のオレの情けない姿を弁明してくれたのか。いや、村西に聞いたってことは海堀自ら聞いたのか?


「上手かないよ。昨日のあれみりゃ分かるだろ」

「まぁーね、あれはダサかったよ」

「ダサっ………あぁ〜女子に言われると余計凹む〜」

「その反応が余計情けなっ、でもホントはスリーが得意なんでしょ?昨日はウチの男子が何本も入れてたけどカッコイイもんだね」


両手を後ろで組みながら、オレの横を歩いていた彼女が、急に素早く歩いてオレの前に立つ。


「あんたのスリーも見せてよ。1本でも見せて決めてくれたら、コーラ奢ったげる」

「なんだよそれ」

急にまじまじと顔をのぞき込まれたので、気まずくて少し右を向きながら彼女をかわそうとすると、


「ほら」

小指を突き出してきた。


「コーラ奢る指切り、あんたが言って」

そう言って彼女はもう一度小指をこちらに突き出す。オレ言わされんのかよ。


「スリー決めてコーラ奢ってくれなかったら針千本飲ーます、指切った」

謎の指切りを行う。だが、不思議と力が湧いてくる気がした。


「そーいや、お前内原でしょ?この時間まだあっち方面は電車も無いのになんでこんな早く来てんの?」

「………なんだっていいでしょ、係の仕事全うしただけ」

「真面目だなぁ。あと昨日のはわざわざ村西に聞いたの?てか中学の時のことまで」

「うるっさい!茶化すために聞いただけだから」


何故か知らないが顔を赤くしながら彼女は走って去っていった。


「ハハッ、なんだよそれ」


朝から元気が出るものを見れた気がする。


―――今日は、あいつからのコーラを勝ち取るか。


その一方で、オレも田川たちにコーラを奢った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る