第13話 恥ずかしい再会
右を向けば2m先に先程の彼女が座っている。
「まさ、良かったなぁ一目惚れの人と感動の再会」
「これは頑張るしかないっすねぇ、碇さぁん」
森脇と岡田に茶化される。
また会えたらいいなぁ………おめでとう。15分後に再会。一高と二高の陣地隣だからあたりまえなんだよなぁ。
競技場の外側、言い換えれば観客席の裏側に行くと日陰の空間になっていて、各学校の部活生が場所取りをする。ブルーシートを引いて、競技以外の時間は憩いの場となるのだ。
そのなかで、特に理由はないが毎年毎大会、一高と二高の場所は隣なのだ。
一高の陣地に戻ってきた時、二高の陣地に座る彼女を見つけた。
向こうに何か恥ずかしいことを言ってはいない。だが、1人で勝手に恥ずかしいことをした気分になり、特に声もかけず、クソゲーに励むチームメイトの集団に混ざった。
日差しも暑さもより増した午後2時過ぎ、ようやく次の先輩の出場種目が回ってきた。
「あと10分でレースだから急ぐぞ。碇すまんな、メガホン3つ頼むわ」
先輩が陣地に残る全員に声をかける。
メガホンを持ってくるよう頼まれたオレは、周りから少し遅れて観客席に向かいかけた時、1人の女子が焦って二高の陣地に戻ってきた。
ハチマキを巻いて、ユニフォームの上から二高の部ジャーを上着だけ羽織っている。一目惚れした彼女だ。
「どうしよう…わぁ〜もう集合かかっちゃう!」
ナンバーの書かれた布切れの入ったバックを必死になって荒らしている。どうやらゼッケンがないようだ。
「あの、大丈夫っすか?」
「あ!さっきは助かりました〜……なんですけど、また助けてください……腰につけるゼッケンがないんです」
「分かりました」
ちょうど少し前に二高生が出る種目があったらしく、応援で出払っていて二高の陣地には誰もいなかった。そして一高の陣地にも誰もいない。
―――2人きり。
しかし、こんな時にオレはなぜか照れてしくじらない。
「うちのチームのでも良ければ使います?その方が早いかもっすね」
「いいんですか?……やったぁ!使わせていただきます」
ゼッケン1つに大はしゃぎ。可愛い………でもこれがないとレースに出れないので重要なものだ。
「私3000m走るんです。今から始まる5000mの後の」
腰ゼッケンをつけながら彼女が言う。
「そうなんすね。1年のうちから総体出るなんてめちゃ速いじゃないすか」
顔を見なければまだ彼女とは話せた。
「そうでもないですよ、でも」
クルッと回って彼女がこちらを向いた。
「1位はわたしがもらいます」
ニッと笑ってVサイン。日向をバックに彼女の姿が眩しく見える。やめてくれ意識しないようにしてるのに。
ハッとする。
「急いでたんじゃ?」
「ん?あ〜!もう集合時間になってる。良かったら応援してくださ〜い」
一目散に走り去っていく。3000mにはうちの先輩も出るし、しっかりと応援するのは難しいけど、心の中で応援しようかな。
観客席に向かう階段を登りかけた時、先輩から、マジで早くしろと電話がかかってきた。
そして後に、女子3000で信じられないものを目にする。
水戸地区女子3000m
1着 9.21 深川楓 三丸第二 GR
2着 9.47 冴島風花 粋城
3着 9.49 後藤美咲 粋城
4着 9.52 辺見万理華 粋城
ぶっちぎりの1位、そして大会記録。
「あの子、あんな速いのかよ…」
言ってしまえばオレのベストより30秒も速い。県内有数の強豪私立の選手に混ざって走る訳でも無く、ずっと先頭でレースを引っ張っていた。
「おい、オレら負けてるぞ……」
「つか同学年であの子に勝ててるやついなくね?中学のベストで」
「津田で中学9分半くらいだもんな」
3000mを走った先輩2人が見事にこのレースで県大会進出を果たしたにも関わらず、強く印象に残ったものは、深川楓の圧倒的な走りと記録だった。
その後、彼女とは話すことなく3日間に渡る大会が終了。うちの3年生の先輩は見事全員が県大会へ出場を決めることができた。
競技場の最寄り駅から電車に揺られ帰路へ。3日間の疲れが座席に座った途端に押し寄せてきた。
水戸駅で同級生達が降り、1人に。話してないと眠い。まずい、これ寝たら寝過ごす……でも……
眠さで首が縦に大きくカクっとなった時、声をかけられた。
「あれ?あの時はありがとうございました〜」
「んえ?」
「あ、寝てたの邪魔しちゃいました」
瞼を開けるとそこに深川さんがいるではないか。
「え!あ、深川さん!」
慌てて目を擦って背筋を正す。
「あれ?名前言いましたっけ?深川です」
「いや、あの……レースの結果で」
「あぁ、そうでしたね!約束通り1番でしたよ」
そう言って彼女はまた、レース前と同じようなVサイン。
そして、レースをやってもいないのに、2人がけの席で少し股を広げて堂々と座っていたことに気づく。
「あぁ!ごめんなさい席どうぞ」
「ん?あぁいいよいいよ、私隣いいかな?」
立ち上がりかけたがまた座り、右に少し詰めると彼女が隣に着席。制汗剤の少しフルーティーないい香りがした。
「ごめん敬語使うのやめちゃったけど同級生だよね?大丈夫かな」
「だ、大丈夫っすよ」
「なんでタメ語じゃないのハハッ」
電車のドアが閉まり、5分ほど停車していた水戸駅から発車した。
「雅也くんって言うんだね、よろしくね」
「よろしく………」
「雅也くん種目何やってるの?」
「5000mかな………」
「おぉー!長距離じゃん。頑張ろうね!」
「うっす」
一目惚れの子がせっかく隣にいるのに恥ずかしくてまともに話せない。目も合わせられず、ぶっきらぼうな返答しかできない。仲良くなれるチャンスなのに。
「雅也くんこっち方面だけどどこ住みなの?」
「友部」
「友部かぁ、私石岡なんだよね。だから、雅也くんより3つ先かな。てか、朝会うかもじゃん」
「そうだね」
雑な返答なのに、彼女は毎回笑っている。そして話を続けてくれる………優しい………
会話を続けているうち、段々静かになっていた。友部駅の1つ前の内原駅を過ぎた頃、左肩に何か寄りかかってきた。
「?深川さ…!?」
―――深川さんが、肩に寄りかかっているではないか。
最高の展開かよ……温かい。いやでもオレ次降りないと。だから、起こすしか……
「深川さん、疲れてるもんな」
そう、これは深川さんのため。邪な気持ちはない。そう言い聞かせ、降りるはずの友部駅のホームを見送った。
「深川さん、深川さんっ」
「んん〜っ、あれ?私寝てた?話してる途中なのにやっちゃったぁ……」
「それはいいんだけど、石岡に着いたよ」
「あ!ありがと〜…って、え?石岡?雅也くん友部で降りるんじゃ」
「寄りかかって寝ちゃってたから起こすのも申し訳なくて」
オレの願望ではありません。
2人でホームの階段を登り改札の前に着く。
「私のせいじゃん!ゴメン!ママが車で駅までは来てるから友部まで雅也くん送るように頼んでみる?」
「大丈夫大丈夫、調べたら折り返しのがすぐ来るって」
「そうなの?じゃあお疲れ様、またね!」
手を振りながら、ピッと改札機にsaikaを当てて彼女は改札を抜けて帰っていった。
「次の電車までは……あと40分以上か。長ぇ」
せめてものウソをついた。有り余るほどのご褒美を貰ったからである。
―――結局乗り過ごすことになってしまったが、こんな乗り過ごしならいくらあっても構わない。
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