第6話 いろいろ大きなお姉さん

「…………」


 目の前で盛大に高身長のお姉さんが転んだ。それこそ、アニメや漫画でしか見ないような派手な転び方で。


 あまりの光景に、僕もポチも目が点になる。ぱちぱちと数回ほど瞬きを繰り返したのち、ようやく声を発することができた。


「あ、あのー……お姉さん、大丈夫ですか……?」


 おそるおそる声をかけると、金髪を揺らして女性が体を起こす。


 身長だけじゃない。お姉さんの豊満な胸が、デカデカと僕の視界を埋め尽くした。


 申し訳なさから視線を逸らすと、遅れて彼女の声が聞こえてくる。


「いたたた……。ま、また転んじゃったよぉ……。これじゃあ、美羽ちゃんに笑われちゃうぅ…………ん? えっと…………アナタ、誰?」


 その問いかけが俺に対してのものだというのは、見なくてもわかった。


 ドキマギする心をなんとか理性で抑え付けながら視線を戻す。そして、努めて冷静に返事を返した。


「た、たまたまここでお姉さんが転ぶのを見た者です。派手に倒れましたが、怪我とかは……」


 ちらりと彼女の胸以外の部分を見る。そこにやましい気持ちはない。だが、女性の体をまじまじと見るのはどうなんだろう……。


 そう思いながらも、ある事に気付く。


「——あれ? 怪我どころかかすり傷もない……?」


 僕の疑問に、お姉さんが顔を赤くして言った。


「い、いまの見てたんだ……!? は、恥ずかしいなあ……。でも、平気だよ? こう見えて頑丈なんだ。よく転ぶから、体も慣れちゃったみたい!」


「えぇ……」


 ふんすっ! と胸を張るお姉さん。


 僕としては、あの転び方は確実に体へダメージが入るレベルだと思う。


 けれど、たしかにお姉さんの体はどこを見ても白くキレイな肌のままだ。そこに傷や赤みのようなものは見えない。


 いまだ疑わしいものの、どうやら本当に怪我ひとつないようだ。それにホッと胸を撫で下ろすと、隣に並んだポチが急に「わふわふっ!」と声を発して走り出した。


 向かった先にはお姉さんがいる。


「きゃっ——!?」


「ポチ!?」


 なにがしたいのか、ポチはお姉さんへと体当たりする。


 さすがにモンスターとしての力は抑えているのか、お姉さんの胸元に飛び掛っても彼女はびくともしなかった。


 ぽよよん、と大きな胸が揺れて、思わず僕の顔が真っ赤になる。


 慌てて視線を逸らしながらも、彼女に謝罪した。


「す、——すみません! ウチの子が……!」


「えへへ。びっくりしたけどいいよぉ。この子、お兄さんのペットですか? 珍しい毛色だねぇ。なんていう犬種かな?」


「それが……実は捨てられているのをたまたま拾っただけで、買ったわけじゃありません。だから、詳しいことはなにも」


「へぇ……。キミ、お兄さんに拾ってもらえてよかったねぇ。でも酷いなあ。キミみたいな可愛い子を捨てる人がいるなんて。こ~んなにも可愛いのにねぇ?」


 うるさいくらい高鳴る心臓。熱を帯びた顔。それらに必死に耐えながら、ぎぎぎ、と視線を戻す。その先では、まだ女性とポチが楽しそうに戯れていた。


 お姉さんに遊んでもらってポチは嬉しそうだ。


 ほんの一瞬だけ、「コイツ……中身おっさんじゃないだろうな?」と思った自分が恥ずかしい。


 ポチの眼には、欠片ほどだって欲望はなかった。恐らく、純粋に遊んでほしかったんだろう。


 二人の光景がものすごく微笑ましいものに見える。




「あ、そうだあ。わざわざ声をかけてきてくれたお兄さんに、まだ名前すら名乗ってなかったねぇ。こんにちは。久藤くどう明日香あすかと申しま~す」


「……久藤、明日香さん?」


 彼女の名前に、妙な引っかかりを覚えた。具体的には、最近、その名前をどこかで聞いたような……。


 必死に頭を捻って思い出そうとするが、残念ながら答えは出てこない。


 仕方なく諦めて、僕も名前を名乗った。


犬飼いぬかいとおるです。久藤さんに怪我がなくてよかった。……ほら、そろそろ行くよポチ。楽しいのはわかるけど、いつまでも久藤さんに迷惑をかけたらダメだ」


「わんっ」


 僕に言われて、ポチはバッと久藤さんの懐から飛び出す。


 たったったっ、とこちらに駆けてくるポチを抱き上げと、頬をぐいぐいとこすり付けてきた。可愛い。


「あぁ……残念。ぜんぜん迷惑じゃなかったよ? でも、いつまでも透くんの邪魔するのも悪いよねぇ。じゃあ、またねポチちゃん。ばいば~い」


 言うや早いや、久藤さんはその場から立ち上がると、ぱんぱんと服に付いた汚れを落として僕とは逆方向に歩き出した。


 にこやかな笑みを浮かべる彼女に小さく手を振り返す。次第にその姿が、視界から消えた。


「…………透くん、か」


 ずいぶん気さくな人だったなあ。あと、やっぱり超デカい。たぶん百八十センチ以上ある。僕が百七十ちょっとだから間違いない。


 ——世の中には、スタイルに恵まれた人っているんだなあ。


 しばしその場でぽつんと立ち呆けてから、僕も歩き出す。


 早くしないと、ダンジョンに潜る時間がなくなりそうだった。


 探索者協会まで、あと少し。

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