第5話 探索者協会へ

 寝巻きから私服に着替えて外出の準備をする。


 そのかん、ダンジョンにあれだけ行きたがっていたはずのポチが、僕の着替えを妨害してきた。その妨害の仕方は、目の前でごろごろ転がること。


 愛らしい表情でそんな真似をされてみろ、とてもじゃないが簡単に無視できる人間はいない。


 きらきらと光る小動物然とした眼差しにやられ、僕の外出は予定の時間を三十分もオーバーすることになった。




 ▼




 どうかにかポチの誘惑を振り切って外に出る。


 扉を開けると、休日だというのにやる気まんまんな太陽がまず僕らを出迎えた。昨日はあれだけ雨が降っていたというのに、その影はすっかり消えている。


 立ち止まっていた僕のズボンを、くいくいとポチが引っ張る。


「わかってるわかってる。行こうか」


 と告げて歩き出す。


 ちなみにポチを拾ってから、まだ一日も経っていない。当然、ペットの散歩に必要なものは何もない。放し飼いというやつだ。


 まあポチはモンスターで賢い。勝手に僕から離れたりしないだろう。


 とことこと短い手足で隣に並んでいる。


 若い男子学生と小さな珍しい犬——にしか見えないモンスターのコンビは、たまたますれ違う主婦やおばあちゃんたちの目に留まる。


 微笑ましい感じにこちらを見てくる彼らの視線に、わずかながらの恥ずかしさを感じる。けれどものの十五分ほどで最寄りの駅に着いた。


 ここまで来るとさすがに人が多い。そこかしこから視線が僕たちに刺さる。


 幸いなことに、ポチは周りからの視線を気にする様子はない。きょろきょろと興味深そうに周囲を見渡していた。


 しかし、そこで僕はふとあることに気付く。


「……あ、しまった。このままポチと一緒だと、電車に乗れない……」


 なぜ家を出るまえに気付かなかったのか。過去の自分を責める。


 いくらなんでも放し飼いの子犬と一緒に電車に乗ったら、好奇の目やら多くの注意に晒される。


 そもそもそれ以前に、改札で確実に駅員さんに弾かれるだろう。僕もあまり詳しくないが、たしかペットを連れて電車に乗車するにはいくつかのルールがあったはずだ。


 少なくともポチを持ち運ぶためのキャリーは必要になる。となれば、電車を使っての移動は無理だ。諦めるしかない。


 幸運にも最寄りの駅から探索者協会がある駅まで二つほどしか離れていない。


 ——こんな天気の下で、二駅先の探索者協会まで歩いていくのか……。


 それを思うと鬱になりそうだったが、激しく尻尾を揺らすポチを見たら今さら「帰ろうか」とは言えなかった。


 ペットショップもあるにはあるが、ペット用品は高いし散歩もかねて今日は徒歩で行く。後日、ポチのための道具を揃えるとしよう。


 そう決めて、僕は進路を変更。付いてくるポチとともに、歩いて探索者協会を目指す。




 ▼




 歩くこと三十分。


 ひとまず隣の駅がある付近まで足を運んだ。


 それまでに通り過ぎる人の中には、ポチに触りたがる者が多くいた。最初はハラハラしたが、ポチは決して他人を傷つけたりしなかった。モンスターにも関わらず、僕以外の人間に触れられても大人しくそれを受け入れた。


 とくに女性は、ポチみたいな可愛い生き物に弱い。ほとんど年齢の変わらぬ女性たちに声をかけられて、僕まで人気者になった気分だ。


 もちろん、彼女たちの目当てはポチ。飼い主の僕にはまったく興味はないだろうが、それでも嬉しかった。気さくに若い女の子と話せるのはいい体験だ。




 なんだかんだ本当にポチのおかげで僕の人生は変わった。それを再確認する。


「ポチ、結構歩いたけど疲れてない? 休憩を挟もうか?」


 歩きながら右隣のポチへ声をかける。ポチは、「わふわふ」と首を左右に振る。


 ……うん、普通に首を左右に振った。


 やっぱこの子はものすごく賢い。こちらの言葉をある程度は理解しているらしい。あと、僕もスキルによる恩恵か、ポチの気持ちがなんとなくわかる……ような気がする。


 それによると、ポチはずいぶん体力が多い。僕の気遣いに、「ぜんぜん問題ない」と言っていた。であれば僕も、まだ余裕はある。若者の意地を見せないと。




 そう自分に言い聞かせ、じりじり削られていく体力と体に鞭を打つ。


 僕はこれまでまともに運動などしてこなかった。それでも三十分は歩き続けられる。体の調子もいい。疲れたという気持ちがまったく湧いてこない。


 もしかするとこれが、【覚醒者】になった証だろうか? だとしたら覚醒者ってすごい。まだ何もしていないのに、ここまで恩恵があるとは思わなかった……。


 運命の神様とポチに感謝しつつ、さらに先を道の先を歩く。


 すると、前方の一本道にひとりの女性が見えた。


 これまで何人もの人間が僕のそばを通り過ぎたが、その女性だけはやたらと僕の意識を奪った。


 なぜなら、その女性はデカかった。——身長が。


 数十メートル離れたところから窺うだけでも、男の僕よりデカい。


 そんな女性、初めて見た。モデルかな? と、金髪の女性を見ながら歩いていると、ちょうど僕の近くに差し掛かったあたりで……。




 ——その女性が派手に転んだ。なにもない所で躓いて。




 思わず僕は、足を止めて目を見開く。

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