第4話 ……えっち
「あとどれくらいで着く?」
「もうほんとすぐ。ここ右に曲がって三件目が俺の家。」
雨でびしょ濡れになりながら、家に着いた。
「立派な家だね。綺麗だし。」
「中学生になるときに引っ越してきたから。」
「へぇ。」
彼女は自転車から降りながら、庭を観察している。
「こういうの好き?」
「まあ人並みには。」
「そっか。あ、自転車直してくるから玄関前で待ってて。」
彼女は頷き、玄関の方へ移動した。
「……お邪魔しまーす。」
「どうぞどうぞー。真っ直ぐ行って左側の扉開けたら風呂だから。タオルとか持ってくるから待ってて。あ、着替えはある?」
「……ない、です。」
「うーん、俺の体操服とかでいい?」
彼女は頷いた。
「おっけー。」
すぐに畳の部屋に移動して、新しいタオルを用意する。確かここに……。よし、あった。
次は2階に走って登る。そして俺の部屋から体操服を取り出した。……一応においは大丈夫なはず。走って階段を降りて彼女に渡す。
「これ使って。」
「ん。ありがと。……入らないでね。」
「うん。もちろん入らないよ。」
疑っているのだろう。不安げな表情で少し睨んできた。
「……とりあえず、入ってきていいよ。」
彼女はゆっくり頷き、扉を閉めた。
扉が開く音がした。彼女がリビングに入ってきた。
「お風呂、ありがとう。あと、このタオルどうしたらいい?」
「貸して。」
「え、……えっちなこと考えてる?」
はぁ。
「ついてきて。」
「あ、うん。」
「ここに掛けておいて。」
「あの、さ。」
「うん、なに?」
「ごめん。」
「なにが?」
「いや、……変な態度とって。」
思わず笑いそうになったけど、音海さんの真剣な顔を見てなんとか堪えた。
「全然気にならなかったしいいよ。むしろ公園のときの方がイラッときたし。心配しなくても大丈夫。」
彼女は軽く頷いた。
「……。」
うーん。
「音海さん、そういえばカバモン教えてくれるんだよね?」
彼女の顔が少し明るくなった気がした。
「うん。山川くんがシャワーしたら、教える。」
「わかった、ありがとう。」
彼女は俺の部屋に居てもらうようにして、シャワーを浴び終わった。階段を上がっていくと、急にドタドタ動いているのが分かる。
俺の部屋につくと、彼女は何故か正座でこっちを見ていた。
「なんで正座?」
「うーん、座りやすい?」
「いや嘘つけ。もういいや、カバモンするか。」
そう言いつつ、部屋が荒らされてないか確認した。見られたくない所はなんとか大丈夫なはず。
「ねえ山川くん。ちょっと謝らないといけないことがあるんだけど……。」
平常心をなるべく保つ。
「なに?」
「卒アル見ちゃった。中学の。」
「なんだ、それなら全然いいよ。」
「ん?それなら?見られたくないのあるの?……もしかして、えっちなやつ?」
平常心だ。俺は平常心。
「いやそんなのないよ。ただ女子からの手紙とか他人に見られたら可哀想だなと思って。」
少し早口になってしまった。心臓が激しく動いている。
「ふーん。」
何か冷や汗をかいてきた。
「……山川くんてやっぱモテるの?ただ気になっただけだけどさ。」
え?なんとか助かった。
「うーん、分からないけど少しモテるぐらいだと思うよ。」
「……ふーん。だって女たらしだもんね、きみ。」
「え、どこが。」
「ぜんぶだよ。ぜ 、ん 、ぶ。」
「何が……。あ、雨上がっているけどどうする。今四時ぐらいだけど。」
彼女は後ろにある窓から外を覗いた。
「……気分損ねたから、君に言って欲しいこと言われるまで帰らない。」
「なに?」
「自分で考えて。」
「……お前さぁ、意外とめんどいよね。」
俺は冗談のつもりで笑って言ったのだが。
「え……ごめん。」
小さな声だった。
「いや、あの、冗談のつもりでからかおうと思って……。こっちこそすまん。」
彼女は軽く頷いた。
「まあ男のノリみたいな感じだから、気にしないで。」
「うん。私そろそろ帰ろうかなぁ。」
彼女は結局ゲームをせずに、立ち上がった。
「おっけ。また今度一緒に遊ぼう。初めてちゃんと話したけど楽しかったし。」
次会うときには、このままの少し気まずい雰囲気を引きずりたくない。だからこれだけははっきりと伝えたい。
「俺さ、音海さんとはめちゃくちゃ仲良くなりたいから。これからもよろしく。」
「え、なに。……まさか、こくはく?」
は?
「どこが?」
「だって、女の子に、そんなこと……。」
「い、いや、今のは言葉の綾だよ。友達として仲良くやっていこうぜ、みたいなこと。」
顔が熱い。彼女の顔も一瞬で赤くなった。
「そ、そんなのずるじゃん。やっぱり女たらしだ。……しかもそこの引き出しに、雨で濡れた女の子を……なんかするみたいな本?あったし。このへんたい、すけべ。」
……まさか見られてたとは。
待てよ。それ結構真ん中のほうにあるから、しっかり読まないと分からないやつじゃん。
「……結構見てたんだね。」
彼女の顔がさらに赤くなる。
「え、いや、違うもん。たまたま開いた所だっただけだし。も、もうバスもさっき調べたら四時十六分にくるから帰る。」
「はいはい。忘れ物すんなよ。」
「わかってるし。」
お互い無言で階段を降りて、玄関まできた。
「じゃあ、お邪魔しました。帰ったらちゃんとカバモン一緒にしようね。」
「ちょっと待って。バス停まで送るよ。」
「え、でも。」
「いいから。」
二人で黙って住宅街を歩いている。彼女は歩くのが少し遅い。足を少し引きずっている。もしかしたらブランコで飛び降りたときに怪我をしたのかもしれない。
「足、痛くないか?」
「え、あ、うん。へいき。」
「カバン持つよ。」
「……うん。ありがとう。」
彼女からカバンを受け取る。
「手でも繋ぐか?」
「え?なんで?」
「肩を貸すより手繋いだほうが楽だろ、身長差あるんだし。」
「い、いや。別に歩けるもん。」
逆足も壊しそうな歩き方をしている。もしかすると逆足の方が酷くなる場合もある。
「逆足おかしくなるぞ。ほら、手貸せ。」
「……うん。」
手を握る。彼女の手は、少し熱かった。
「手熱いけど大丈夫?」
「もう離して。」
「なんでだよ。我慢しすぎて、色んなとこに力入ってたんだろ。俺は元気だから頼れ。」
「そ、そうそう。我慢してたの。痛かったら。」
「ならなんで離せとか言ったんだよ。」
彼女は少し黙ったあと強い口調で言った。
「君の手が冷たすぎたから。凍るかと思ったの。」
一応逆の手を首に当てて確認する。が、夏なのにそれほど冷たくなるはずがない。彼女はときどき意味のわからない嘘をつく。なんかちょっと……扱いづらいな。
そんなことを考えながら色々な話をしているうちに、バス停に着いた。
「よし。もう大丈夫か?」
「うん。ありがと。ところで明日は学校来るの?」
「行くよ。音海さんは?」
彼女はあのからかってくるときとは違う、優しい笑顔で言った。
「山川くんが行くなら、私ももちろん行く。学校でもよかったら話しかけてね。」
「うん。じゃあまた明日。」
「うん、じゃあね。」
バス停から離れて左に曲がる。彼女は見えなくなった。体が熱いのは夏の暑さのせいなのか。いや多分違う。帰り道、不意に見せられた彼女の笑顔が頭から離れなかった。
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