第3話 公園、ブランコ

 はぁ、はぁ、キツい。

 チャリで来たときはなにも思わなかったけど、結構遠い。暑いのもあって、部活ぐらいキツい。


「ねえ、山川くん大丈夫?替わる?私もゆっくりだけど走れるよ。」


「いや、まあ、体力、つくし、はぁ、いいよ。」


「ゆっくりにする?」


「いや、だいじょ、うぶ。」


「そう?それならいいけど……。」


 知っている場所まで来た。頑張れ、俺。






 広いだけで、ほとんど何もない公園についた。


「はぁ、もう座りたい。」


 蝉の鳴き声が少しうるさい。


「ごめんね。きつかったよね。」


 二人で、近くの木陰のあるベンチに腰掛けた。


「いや、いいトレーニングになったよ。ありがとう。」


「……一言いい?」


「なに?」


「カッコつけて言ってるけど、ちょっと恥ずいよ。今にも倒れそうなのになのに、ありがとうって。」


 くすくすと笑いながら言ってきた。


「……トイレ行ってくる。」


「ふふっ、こっちまで恥ずかしくなってきた。トイレイッテクル。あはは。」


 ムカついたので無視した。






「ひゃっ。」


 ほっぺにスポーツ飲料を当てたら、予想以上に反応が良かったので思わず笑ってしまった。

 すると彼女はほっぺを少し膨らませ、俺を指差してきた。


「笑うな、トイレイッテクルマン。」


「なんだよそれ。まあこれ飲んで体冷やせ。」


「え、……ありがとう。山川くん意外と優しい。」


 なんだよ意外って。

 俺のことはお構いなしに、今度は雲を指差した。


「ねえ山川くん。なんか入道雲きてる。」

 

「うわぁ、こっちに来て欲しくないね。」


「うーん、方角的にきそうだけど……。まあ大丈夫だよね、たぶん。」


 彼女は急に立ち上がった。


「ねえ山川くん、ブランコ乗らない?」


 俺の返事を聞く前にブランコまで走っていき、手を振ってきた。


「ねえ早く。」


「わかったわかった。」


 適当に返事をしてブランコに向かった。

 



 久々に乗ってみると、思っていたより楽しい。さっきまで相当熱かった風が、今は少し涼しくなった。やっぱり雨が降る気配がする。


「山川くーん、私ぐらい高く漕いでみて。」


 音海さんは、一回転するんじゃないかと思うぐらい思い切り漕いでいた。


「いや、危ないよ音海さん。」


 そう言うと、勝ち誇った顔で俺を見てきた。


「よーし、私の勝ちだね。」


 いや勝負とかしてないし。


「ねえちょっと見てて。」


 彼女はそう言うと、足を地面に付けながら、少しずつブランコの揺れを小さくした。


「よーし、いくよ。」


 よいしょの声と同時にブランコから飛び降りた。


「ねえこれ出来る?君に。」

 着地した後ドヤ顔で振り向き、挑発的な態度で言ってきた。


「この高さからよゆー。」


 挑発にまんまと乗った俺はすぐに飛び降りた。が、着地したときに足が滑り、尻餅をついた。


「いってー。」


「あはは。だっさー。」


 ……イラっとした。


「いや、笑いとるために体張っただけだし。」


「いや、それは無理あるって。まったく山川くんは面白いね。まあ元気出せよ。」


 もう今日何回見たか分からない、あのからかうような笑顔で言ってきた。


「……うるさい。」


 そのとき遠くから、多分中一ぐらいのガキ四人組の中の一人が、指を指しながら大声で言ってきた。


「うわー、公園でイチャイチャするとか、恥ずかしー。」


 他の三人が馬鹿にするように大声で笑った。


「ヒューヒュー。」


 と一人が言い出すと、他のガキも言い出した。


「ねえ音海さ…。」


 横を見ると、顔が真っ赤になっていて思わず吹き出した。


「どおしたの、中学生に言われたぐらいで、そんなに顔真っ赤にして。恥ずかしいの?」


 音海さんがからかう時以上にからかってみる。


「……うるさい。」


 恥ずかしがっているのが可愛かったので、さらにからかってみよう。そう思い、彼女の手を握り、ガキに見せつける。


「ねえ山川くん、やめてよ……。」


 ガキどもがはしゃいでいる。


「ぷっ。元気出せよ。」


「……。」


 無視してきた。


「うわやべ。おーい、そこのバカップル、雨降ってきたぞ。じゃあな。」


 サッカーボールを持ったガキどもが、走って公園から出ていく。向こうではもうすでに雨が降っているのに、ここではまだ降ってない。砂の地面色が、奥から水に濡れ変わってきている。

ザーザーと降っている雨の音は聞こえるのに、雨は降っていない。このときの、不思議な感覚が何か少し好きだったりする。




 とりあえず近くの木の下のベンチまで走った。雨は多少防げるが、既に木の葉の間を抜けた雨が結構降ってくる。


「音海さん、傘ある?」


「いや、ないけど…。」


 いつの間にか彼女は落ち着いていた。


「山川くん、……いじわる。」


「なんで?」


「もうきらい。」


 そう言ってそっぽを向いた。


 うーん、どうしようか。今日は部活もなかったのに何故か持ってきていたタオルを、とりあえず彼女の頭に置く。


「風邪引いたら困るから、これ使って。」


 彼女は首を縦に軽く振った。


「ありがと。」


「どういたしまして。」


「……。」


「……。」


 変な沈黙が続く。少し彼女の顔が赤い気がする。風邪を引いたんだろうか。


「顔赤いけど、大丈夫か。」


「……もう、からかうな。」


「いや心配してるんだけど。」


 あ、顔を貸したタオルで隠した。見られたくないらしい。


「……。」


「……。」


 雨の音だけが聞こえてくる。



 沈黙の中、しばらく二人で雨の音を聞いたあと、彼女に尋ねた。


「音海さん、家どこ?遠い?」


「うん。」


「俺の家すぐそこだけど、シャワー浴びる?」


「……。」


 十秒ほど沈黙があった後に、彼女が口を開いた。


「……ヘンタイマン。」


 は?


「いや違うわ。お前顔赤いし風邪絶対引いてるって。心配して言ってるだけって。」


「うるさい、えっち、すけべ。」


「そんな考えが湧いてくるお前の方がすけべじゃないのか?」


「もう、うるさい。」


 そう言って彼女は俺の膝を叩いた。そして少しの沈黙があり、


「……いく。」


 彼女は言った。


「そうか。もう今から行くか?」


「……うん。」


「よし、ならチャリ使って俺についてきて。」


「……ありがと。」


「チャリちゃんと乗れるか?」


 彼女はむすっとした表情で答えた。


「風邪なんかひいてないって。元気だもん。」

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