本筋

05,「|放棄された街《ゴーストタウン》」

「さ、これからどうすっかな?」


紫帆が、目覚め、不死者の頭をかち割り、心臓を貫いた現場で紫帆は呑気に独り言をつぶやいていた。


それはこれからの身の振り方、そして生き方の話だ。


紫帆はもう、『人』と言えるかもわからないのだ。今の紫帆なら、不死者や異形に怯えなくてもいい。

不死者が蔓延るこの界隈を脱出するのも不可能ではないはずだし、脱出をしないにしても然して問題なく生きていけるだろう。

むしろ今の状況ならこの場所で生きていく方が(いろんな意味で)楽であろう。


「やっぱり脱出を目指すか。」

だが紫帆は、脱出を選んだ。

しかし、脱出をするとなれば今の状況は難しいだろう…




―”異能持ち”、日本の人口の約8パーセント、おおよそ一千万人がそれだという。

そして、“異能持ち”の約3割が異形へと姿を変えて生涯を終える。


年間で軽く万件を超える異形化の明治からの記録の中で“感染ゾンビ型”が発生、及びそれに伴い封鎖された都市―“放棄された街ゴーストタウン”の数はたったの23だ。

相当なレアケースと言える、何十年に一度の惨劇、天災級の異能災害。それが感染型異形災害なのだ。


東京に3つ、神奈川、名古屋に2つ、北海道に一つ、宮城、青森、福島、金沢、金沢、静岡、甲府、京都、大阪、岐阜、滋賀、福岡、広島、山口、高知に各一つずつ、そして今日千葉に2つ目ができた。24個めだ 。


この23もとい、24という数字が減ったことは一度も無い。つまりは感染型の討伐がされた事が無いという事である。

そう、“感染ゾンビ型”の討伐は非常に難しい。

ので、街を封鎖し、隔離するのが関の山なのである。

そして、紫帆が倒れてから少なくとも12時間は経っている。これだけ時間が経っていたらもう封鎖は済んでいるだろう。

外からはともかく、中から出るのは至難の業だ。


ただ、紫帆はもう「出る」と決めたのだ。



「出るのを目標にするとして、不死身共と戦うなら…準備が必要だな」

準備などをしなくても、その身一つで十分にオーバースペックと思うかもしれないが、不死者を甘く見てはいけない。

備えあれば憂いなし、という事なのだ。


 ◇ ◇ ◇


準備を終えた紫帆はゾンビに揉みくちゃにされていた。正確には同心円状に囲まれていた。

最内周、即ち紫帆に一番近い所にいるのが七匹。もはや纏わりついている。

それから10メートルほどのスパンで不死者たちが固まっている。




何故こうなったかと言うと…紫帆の周りに(何故か)不死者が集まってくるのを利用し、一気に殲滅しようとしていた(ついでに、異形化で慣れてない身体を慣らそうとした)のだが、

(あれ、集めたのは良いけど、どうやって倒そう。てか、こんなに集まるとは…)

痛恨のミス。

(一体ずつ倒していこう)

という事で結局考えなしシンプルな策に落ち着いた。と言う訳だ。



紫帆に纏わり付いている一番近い所にいるアグレッシブなのが7匹。これをどうにかすれば逃げることは出来そうだ。



紫帆は、ポケットからナイフを取り出す。刃渡り10センチ程度のアウトドア用のジャックナイフ。

それを、力任せに横に薙いだ。

空を裂く鋭い音と腕の筋線維の断裂音。だが、千切れた筋肉は即座に繋る。

異形化の恩恵、ないし副作用だ。


ナイフは一匹目、二匹目の核を切り裂き、三匹目を三分の一程割き、刃の一部が核に食い込んだところで止まる。一匹目、二匹目が崩壊する。

だがマズい事に

(刃が、抜けない…ッ!!!)


引いても押しても抜けないナイフを即座に手から離し、反対の手の逆手で握りなおしながら、ナイフを振った勢いを殺さぬよう後ろ回し蹴りを三匹目を含む残りの五体に叩き込み、吹っ飛ばす。

3匹目が吹っ飛んだことでナイフも抜けた。が、ナイフは、刃毀れして、亀裂が入ってボロボロ。今にも壊れそうだ。

(そりゃ切れねぇ筈だわ。)

先程取り逃し、吹っ飛んだ三匹目の核にナイフを突き刺す。と同時にナイフが真ん中から、パキンと小気味のいい音を立てて割れる。

三匹目も崩れ落ちていく。

割れたナイフを放り捨てると、ポケットから新しいナイフ―先程のより一回り小さい。―を取り出す。

(ナイフは、残り二本!攻撃的な不死者はあと4匹。一本で二匹倒せばどうにかなる!!)

先程の後ろ回し蹴りで吹っ飛んだ、四匹目に馬乗りになり、核の位置を的確にナイフで貫く。

四匹目が霧散する。

五匹目も同様にナイフで貫く。

五匹目も霧散する。ナイフも割れる。

(ナイフはこれであと一本!)

最後の一本をベルトから取り出す―先程までのナイフより立派な獲物ナイフだ―と、六匹目がこちらに向かって飛びかかって来たところだ。

正面蹴りで勢いを殺し、下に落とす。胴体を足で押さえながら核にナイフを突き立てる。

六匹目も撃破。


(…ッ)

左半身から衝撃が走る。そのはずみでナイフが手から溢れ、地面を滑る。

(左からの攻撃...!見えなかった。)

紫帆は咄嗟に右手で鶏口(鷲手)を作り、突く。目標は左の二の腕に齧り付いている七体目の胸だ。


バキッボキボキッ


七体目の胸に当たった鶏口、右手から異音が響く。

七体目の胴から出た手を見ると、いや、見なくても分かる。指は全てひしゃげ、手首は可動域を超えるほどに曲がり、前腕の骨にはひびが無数に入っているだろう。骨の破片がいくつか腕から突き出てきそうになっている。

こうなっているのは、ゾンビの核膜と核急所が硬いから。そして、紫帆の膂力が高すぎる故だ。


紫帆はナイフを拾いながら、


(ナイフはすぐに壊れるし、予備を持つとかさばる。ぶっちゃけ徒手空拳の方が戦いやすい。戦闘中に手が砕けたりするけどすぐさま修復されなおる。)

だからぶっちゃけ武器えものは無くてもいいんだけど。)

と考え、

(いいんだけど!!痛いものは痛い。だから、痛みを感じなくなるまで武器を出来る限りを使おう。)


と言う結論に至った。が、どうやらそうはいかないらしい。少し前まで遠くにいた異形が残り数メートルまで接近している。

突破するにしても、ナイフ一本じゃどう考えてもこの量を片付けるには足りない。


「あぁ、もうクソがっ!!!」

紫帆はそう一人愚痴りながら、先程ナイフと一緒にアウトドア用品店で獲った、少し大きめの黒いウインドブレーカーのファスナーを一番下から一番上まで上げ、フードを被る。

フードから除くくすんだ白い瞳は、見開かれ、充血したように赤く輝いていた。


 ◇ ◇ ◇


数時間後。そこには、不死者の臓物を被った跡がある少年が立っていた。周囲の地面に掘られた無数の破壊痕がその戦いの壮絶さを物語っていた。



 ◇ ◇ ◇



番外。入れるところを迷ったのでここに…


「《余談》~着替えてる時の紫帆さん~」


紫帆は先程目覚めた広場の前にある、デパート―と言うには規模が小さい建物(ぶっちゃけパ〇コ)―のトイレに居た。

先程このトイレと同じ階に入っているアウトドア用品のチェーン店や、その他の店からかっぱらって着た服に着替えるためだ。

別に他に人が|(ほとんど)いるわけではないので、どこで着替えてもいいのだが…

たとえ、もうほとんど人がいない放棄された街ゴーストタウンだとしても人間らしさを捨てたくない。と言う紫帆の考えからわざわざトイレにまで来た訳で…


別に腕が人外になっていたからせめて心だけは人間でいたいとか、そういう紫帆の無意識の心理が働いたわけじゃない。

紫帆は、自分がそんな事を考える弱い奴ではないと。決めつけていた。


てなわけで、洗面台の前でボロボロになったTシャツを脱ぎ捨てる。


「え、何これ、え?」


裸の上半身が鏡に反射して目に入ってくる。

日本人らしい黒髪は、『白』と形容するには醜悪なくすんだ銀の色をした白髪が幾条も入っていた。

これまた日本人らしい黒色だった左目は、色素が落ちたかアルビノのような白。と言う神秘的なものではなく(もっとも、アルビノの目は赤である。)、白内障の様な濁った白色の瞳へと変わっていた。

言わずもがな右腕は、赤黒く変色し、浮き出た紫黒色の血管が包むように巻き付いている。

それだけでなく紫黒管(紫黒色の血管の事)は胴(主に胸部)にも巻きついていた。と言うか紫黒管は心臓から伸びているのだ。

その心臓は核膜があり、すでに人間のものではなかった。


鏡に映った人間かも怪しい物。



「…」


しばし絶句した後、一気に二の句を継ぐ。

「腕だけじゃ、ないの?心臓も?頭も?目も?

いやいやいや、めっちゃ痛い人みたいになってるじゃん!

グレーっぽいメッシュと白い目…カラコンみてぇじゃねぇかよ…

何処のヤンキーだ!何処の高校生デビューだ!何処の半グレだ!

てか、視界が悪くなったの左目の白化これの所為じゃねぇか!

左目殆ど視力無くなってんじゃん!しかも視界の左半分にもやがかかってるみたいな感じだし!ムコスタ点眼液した後みたいな視界になってるし!」


本編で左からの接敵に気づかなかったのは、左目の白化のせいである。(この時点では未来のお話)


「……」



再びの沈黙。のち、弱々しく独り言をこぼす。

「腕、だけなら…まだ、ギリ人の範疇だったんだけどな…

目と髪と心臓ときたら人より異形の成分の方が濃いんじゃねぇか…?」

そもそも心臓が核になっているので生物学的に考えて人間ではなくなっているのだが……


紫帆は気が抜けた様な緩慢な動作で先程パクってきた、ダークグレーのTシャツを被る。ダボダボな見た目から察するに今流行りのオーバーサイズというやつだろう。

下はストレッチチノパンを選んだ。動きやすさ重視だ。チノパンがずり落ちないようベルトで止める。ベルトにナイフを差す。他のナイフと比べて大きく、さや付きなのでポケットには入らなさそうだったからだ。

残りの10センチ程度のナイフ一本と更に一回り小さいナイフ一本をウィンドブレーカーのポケットに入れる。

ナイフを入れたウィンドブレーカーを半袖のTシャツの上から羽織る。

半袖の上にウィンドブレーカーという奇妙な格好だが、外気温的にも機能的(主に撥水性)にもこの格好が丁度いい。


着替え終えた紫帆は建物の外へと歩いていった。


――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

どうも射駒さんです。


実は、このお話、2話になる予定だったんです。

最初に1話とこの話書いて、3か月後くらいに思い付きで2、3、4話をねじ込んで書いたので、微妙に文体とか、紫帆君のノリとかが違う可能性が…

本当はあっちゃいけないことだとは思うのですけど…まぁ、これが生駒さんクオリティって事で許しちゃってください。


6/4更新分

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元最弱の討伐対象 生駒 祐逸 @naniya_2007

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