第8話 貞操

 私の会社は一応大企業であるが、浮気・不倫者が跳梁しているらしい。


 大企業だから「貞操観念の低い輩が集まるワケがない」と思っているのではない。

 どこにでもそういう奴はいる。


 私の部署は九割が女性を占めており、紅一点ならぬ「黒一点」状態になっている。

 中途採用されてから半年が過ぎ、漸く有給も十日が付いたのだが、この頃から急に四月から入った新入社員や二年目の若い女性社員から「LINEを交換しませんか」と言われて、それまで挨拶しかしてこなかった人間と関わることが増えた。


 私は既婚者であることと年齢が三十八歳であることは既に公言しているし、ただ見た目は二十八くらいに見えるらしく、そのためか「オジサン」ではなく「お兄さん」的な立ち位置になっているようだ。


 貞操【人として正しい道を守ること】


 正しさや間違いとは、個人的主観や価値観、社会的通念と照らし合わせて判断されるものだ。


 一夫多妻が認められているアフリカ等では、経済的、倫理的な心的条件をクリアすれば、複数の妻を持つことができる。

 人間という生き物は本来、生物学的にみても一夫多妻が本来の生き方らしい。

 

 一個人して、倫理的観点から私見を述べるのであれば、不倫や浮気というものは肯定できない。

 何故なら、人間は動物ではないからだ。

 人間には高い知性があり、豊かな感情と思慮深い感性が備わっており、他者を思い遣り、その行為そのものに意味を見出だし想いを乗せようとする。


 清廉潔白な人柄をみせておいて、逆張りをしていこう。


 ここからの話は「この人が何故そのような考えに至ったのかを知るための情報開示である」ことを目的としており、自慢話をしたいわけではないことを前置きとしておく。

 

 私の経験人数は三百近くであり、その九割は所謂「ワンナイト」というライトなものである。

 当然独身時代の黒歴史ではあるが、それでも一般的にみて異常値であることは変わりない。

 

 さて、冒頭のように貞操観念について綺麗事を述べてきたが、私の倫理観は一度壊れている。

 

 そして結論から述べると『欲望の先に真の幸福はない』という境地に立った。

 簡単なことで、性欲のみにフォーカスするのであれば【異性に依存していただけ】だったと悟った。

 性行為に重点を置いたルーティンになると人間の知能指数はぐんぐん下がり、より短絡的な思考になってしまう。

 但し、このゾーンに入ると異性を極端に惹き付けるのも事実だ。


 私は人間の動物的感性を否定しない。

 それ自体を倫理という人間の作り出した理論で押さえつける行為は否定する。

『では、不倫や浮気を肯定なさるおつもりで?』

 いや、そうではない。


 自分の内側にある本能に向き合い受け止めている者であれば、性欲も制御下における。


 十代の同僚は「私、処女なんですよね」なんてことをポンと言う。

 身体的な距離も近いし、なんなら肘に胸を当ててくる。

 まだ経験がなく、これからそれらを経験していく直前で、グラフで表すなら右肩上がりの途中なのだろう。

 私は「仲が良いことはいいが、適切な距離を取ることを学んで欲しい」旨を伝えた。

 少々小難しいことを分かりやすく伝えたが、私の会社はそういったことを教育するものがいない。だから貞操観念のないものが跋扈しているのだ。


 確かに私の得た経験というのは極端だ。

 欲望の先に幸福はないと言ったが、これが人間であるが故の葛藤する部分なのだと思う。

 

 何かを満たす時、同時に失うものもある。

 その感情は「虚無」というカタチのないものである。

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