14 二柱の酒場会議

「お帰りなさい。二人とも。ああ、良かった無事で。大丈夫? どこも怪我してない? 怖い思いしたよね?」


 帰宅して最初に待っていたのは、シャナさんによるパワフルなハグであった。いや、厳密に言うとここはベフトゥン家の物なので、私が帰宅という表現をするのは適切では無い。しかし、今の私にとってここは『家』と呼ぶべき場所である。


 ちなみに家に帰ってきたのはシアン君と私だけである。モフたんは礼拝堂で屈強なマダム軍団に尋問されている間に姿を消した。


「すみません。シャナさん。息子さんを勝手に連れ出して」

「そうよ。本当に心配したんだから。勿論、シアンと貴方をね」

「ふぇ」


 やっと、ハグから解放してくれたシャナさんが拗ねた様に頬を膨らませる。その様子を見ると少し申し訳なくなる。


 てっきり、帰宅した途端シャナさんによるお説教が飛んでくると思っていたので少し驚いた。


 そして、少し心が温かい。


「私もですか?」

「そうよ。当たり前でしょ。本当に無事で良かったわ。礼拝堂の精霊師マギーズの方に助けていただいたの?」


 同じくシャナさんのハグから解放されたシアン君が口を開く。


「それが違うんだ。母さん。叔母のティナさんに助けてもらったんだ」


 その言葉を聞いたその時。

 シャナさんの表情が硬直した。

 まるで何か恐ろしい事実を知ったかの様に。




*



 

 昼間は行商人や旅人で溢れかえるフランドレアの町並みも夜になれば静寂に包まれる。と、思いきや、町の一部ではその限りでは無い。

 大通りから外れた細い小道。そこには、酒場が並んでおり、この通りでは、日が沈むと、共に賑わいを見せる。


 通りの中でも、特に賑わっている酒場。

 そこに一人の男性客が現れた。


 血の気を感じない白い肌。

 月の光の様な銀髪。

 そして、宝石の様な新緑の目。 

 藍色の中華風の服に、金色の長い耳飾り。


 異国風の美青年の登場に酒場に居た客の何人かは、目を見張ったが一分もたたないうちに、彼らの視線は美青年から外れた。


「おや、お客さん。見かけない服装ですね。遠方の都市からいらしゃったので?」


 入り口で会計をしていた男が美青年に話しかける。


「まあ、そんな所だ。知人と、この酒場で待ち合わせをしている」

「そうですか。ごゆっくり」


 会計の男が会釈すると、美青年は酒場の隅いある席へ向かった。

 そこに居たのはマーメイドラインのスカートと、くびれが強調されたノースリーブのトップスが特徴的な女性。ミネヴァだ。


「こんなつまらない場所に俺を呼んで、どういうつもりだ」

「あら、だってアルシエラ様はお好きでしょう? 人間の真似事」

「その名で呼ぶな。あと、声が大きい」

「そう。ならモフたんとお呼びましょう」

「それも却下だ」


 ミネヴァはクスクス笑う。

 そして、近くを通りかかった店員を呼び止め「林檎の果汁酒二杯とタフチーンをお願いね」と料理をオーダーした。


「ああ、食事代は、私の奢りですからお気になさらず。ところでふと気になったのですが、どうしてコハクさんの前ではモフモフの姿でいらっしゃるので? 」

「少々トラブルがあってな。現在、俺の精霊核オドの殆どをコハクに吸収されている。今、俺に残された力で権能を使うには、顕現するのに必要な魔力のリソースを削がなくてはいけない」

「要するに、精霊核オドで生成できる魔力量が減ったから、生活するのに省エネなモフモフの姿をとっていると?」

「そうだ」

「なら今、人間の姿で顕現していらっしゃるのは大変危険な事よね。自己防衛に使える魔力のリソースが減る訳だから」


 ミネヴァの言葉を聞いたアルシエラは口角を上げる。


「問題無い。この酒場の付近に、神霊の様な、強力な精霊核オド反応は感じられない上にもし今、君が俺に危害を加えようとしても君程度の実力では到底俺には及ばない」


 それを聞いたミネヴァはため息を着く。

 そして、料理をプレートに乗せた店員が近づいていきた。


「はいはーい。ご注文の林檎の果実酒とタフチーンです」

 

  テーブルに運ばれて来たのは、花の模様が彫られたワイングラスに注がれた果実酒と、きつね色に焼き上げられたきつね色のケーキだった。


「ごゆっくり」


 店員が去ると、アルシエラはテーブルの上に並んだ料理をまじまじと見る。


「何だこのケーキの様な物は」

「ケーキの様な物じゃなくて、本物のケーキよ。鶏肉、卵、ヨーグルトで出来たお米ケーキね。この酒場で提供されている物には、ミネヴァダケが使われているわ」

「なるほど。コハクが見たら『えぇ、こんな深夜に炭水化物の塊を食べるんですか』と言いそうだな。というか君は自分の名前が付いた物を食べる事に抵抗は無いのか」


 ミネヴァは果実酒を啜ると少し考え込む。


「少し違和感はあるわね。でもこれはミネヴァという存在が人々から必要にされている証拠でしょ」


 そして、再び微笑んだ。

 壁に描かれた妖精の絵も呼応したようにクスクス笑う。


「さて、料理も来たことですし前置きはここまでにして本題に入りましょうか」

「今までのやり取り前置きだったのか」



*



「さて、今回の事件の真相はこうね。まず、ベアトリーチェが、偶然再会した幼馴染であるシアンに、一週間を期限に肖像画の依頼をする。しかしその後ベアトリーチェは誤って川に転落してしまい瀕死になる」


「そして、瀕死になったベアトリーチェを回収したのは、使徒ユースティティアの配下だ。結果としてベアトリーチェは行方不明。期日に絵を受け取る事は出来なかった」


「そうそう。そして、使徒ユースティティアであるファウストは、ベアトリーチェを自身が作った生命維持装置と呼ぶべき魔法道具に繋いた。この魔法道具は生命の源と呼べる星木ヴァイダを吸い出すから、フランドレア中の星木ヴァイダは吸われ、フランドレアの植物類は育たなくなった」


「ほう。俺はてっきりお前の職務怠惰が原因だと思ったが」 


「あら、私の努力が到らなかったのは認めるけど今まで職務に対して手を抜いたことはないわよ。話を続けましょう。魔法道具に拘束されていたベアトリーチェは礼拝堂の外で活動するために、仮初めの体である人形を使用した。そして偶然、人形の姿は焼き払った、シアンが描いた絵に酷似していた。これで『行方不明になった少女に似た、肖像画の女性が帰ってくる』という怪現象が起きたわけね」


「人形は、ベアトリーチェが作った物ではなく、ファウストが作成した物だろうな。あの魔法道具と人形に魔素エレメントの繋がりがあった。人形がシアンが描いた肖像画に似ていたのはどうしてだと思う?」


「うーん。これは想像の域を出ないけど、私が思うに、人形も、焼かれた肖像画と同じ、美術館に飾ってある、死刑前の少女の肖像画を参考にしていたのだと思う。理由は分からないけど……例えば『シアンに自分がベアトリーチェである事に気づいてほしかった』とか」


「君らしい意見だ」


「あら、私の事を良く知っておいでで? 」


「少しは知ってるさ。少なくとも君が純粋な神霊ではなく、半人半神である事やそれが呪いの結果だという事もね」


 タフチーンを頬張っていたミネヴァがアルシエラを睨んだ。


「なら、物知りなアルシエラ様に私からも質問させて。ファウストを迎えに来た面を被った女は誰? ラペーシュちゃんの元の主人なのは、分かるんだけど中々口を割らなくって」


 それを聞いたアルシエラは高らかに笑う。


「おやおや、彼女の事は君も良く知っている筈だよ。まぁ、確かに彼女の身元に心当たりが無いのも当然だ。普段彼女が表に出てくる事は滅多に無い。どうして国王に与しているのか奇妙なぐらいだ」


「私が知っている? あの女の生成する魔術の強度は神霊に相当するけど彼女自身は人間でしょ? そんな、人間知らないわ」


「いや、彼女はただの人間ではないよ」


「なにそれ。まさか私と同じ半神?」


「それも少し違う」

 

 アルシエラは空になった皿とグラスを机の隅に並べた。

 先程までざわついていた妖精の絵も今では静かに眠っている。


「彼女は四大神霊の一柱である冥府神エレシュリ。現人神だ」

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