12 優しいくせに、素直じゃ無い貴方へ

 巨大な地下空間の中。空気が少し震えたかと思うと、小さな光の粒が現れ始めた。それらはティナの背中に集まると一つの形となる。

 それは、花畑を舞うかの優雅な昆虫の姿。


 蝶だ。


 背に、蝶の羽が輝く今の彼女の姿はまさしく、一人の女神だった。


「このまま、話していてもきりが無いわ。さっさと、始めましょうか。私貴方の様な陰気くさい戦い方は好きじゃないの。戦闘はエレガントで美しく少しのユーモアを混ぜて……ね? 」


 ティナ……いや、ミネヴァが右手に息を吹きかけると右手から煙の様なモヤが現れ、それらは渦を巻きやがて魔方陣となった。

 それを見たファウストも先程の錯乱した様子とは一変。冷静かつ厳格な出で立ちとなる。


「相変わらず、タンポポの綿毛の様に掴みどころの無い女性ですね。貴方は。私もこれ以上この都市に関わるつもりはありません。実験の結果は十分に出ました。今は、『あの子』を見つける事が最優先です。ミネヴァ、お前が、かくまっているというならば……」


 突如、ミネヴァは怪訝そうに眉をひそめた。何かあったのだろうか。


 彼女の視線の先を見る。

 異変はひと目で分かった。

 ファウストの背後に紫色の線が現れた。

 いや、あれは線では無い。

 あれは、『裂け目』だ。

 空間の裂け目。


「これは、やっかいな奴が来たな」


 モフモフが呟く。


「やっかいな奴……ですか? 」


 突如現れた線の隙間から無数の白い腕が現れた。

 おびただしい数の腕それらは、線の縁を掴んだと思うと、押し広げそのまま『線』を『面』へと変える。分かりやすく言い換えれば、異空間の入り口を作り出した。

 

「あの腕……異空間ダイビングの時に襲われたやつですね」


 漆黒の異空間の中から人影。

 女性が出てきた。


 金の飾りがついた、膝丈ほどのロングヘアー。そして、纏っている巫女さんのような紅白の袴は所々裂けている。

 歳は恐らく私と同じ。しかし、半分に割れた狐の面のせいで、顔は口元しか見えない。


「あーあ。阿呆なアルケミストだな。貴様が探している『物』はどこにも無い。さっさと撤退しなさい。崇高なる貴方の主人の怒りに触れる前に」

「ほう。わざわざ迎えに来てくれたのか。感謝する。しかし、貴重なデータを入手した私と違って君には多大な損失があるのではないのかね? どの口が私の事を『お馬鹿』と……」

「確かに、私は戦利品を失いました。眷属の狸をあの蝶女神が懐柔したせいでね。でもこれは損失では無いわ」

「話ぐらい最後まで聞けよ」


 仮面の女は、私の方向を向くと鼻で笑った。

 眷属の狸とはラペーシュの事か?

 そして、『戦利品』とは?



 まさか、私が取り込んだアルシエラ様の精霊核オド? 



 狐の面の女が、『空間の裂け目』に入ると、ファウストもそれに続いた。

 ミネヴァがそれを止めようと、魔方陣から蝶の形をした光を放つ。

 しかし、光は全て白い手によって塞がれてしまい二人は姿を消した。


「折角姿を表した害虫を二匹も仕留め損ねるなんてね」


 ミネヴァのため息が木霊する。しかし、それはシアンの絶叫によって遮られた。


「やめて。どうして。そこまでして」


 何事かと思い女神像に駆け寄る。

 女神像の近くには、栗色の毛のショートヘアーが特徴的な女の子の体が転がっていた。脈は無い。恐らく人形だ。

 シアン君の元を訪れていた謎の女性の正体はこれだろう。


「ミネヴァ様……お願いがあります……私をここから降ろして下さい」

「無理しないで。もう話さなくて言いよ」


 ベアトリーチェがミネヴァへ懇願するように視線を向ける。

 そして、それを止めようとするのはシアン君だ。


「いいわ。でも、よく考えて。代わりに貴方の命を繋ぎ止める物は、何もなくなるわ」




 ベアトリーチェは笑った。





「もういいのです」





 ミネヴァは、再び魔法陣を作ると息を吹きかけた。すると、ベアトリーチェの体を拘束していたツタは光の粒となり雲散する。


「おっと……」


 私はゆっくりと降下するベアトリーチェの体を支えると、そのままゆっくりと床へ運んだ。


「あら……こんにちは……貴方も精霊師マギーズかしら? 」

「そうです。陽火琥珀といいます」

「コハクさん……ね……名前からして、ワタヅミ島出身かしら。貴方もここまで来てくれてありがとう」

「ワタヅミ島? 」

「ご存知……無いの? ログレシアよりもっと先にある孤島の……都市……ゲホッゲホッ」


 ベアトリーチェが突然咳き込む。その様子にシアン君はいてもたってもいられない様子だった。


「もう……私に残された時間は無いみたいね……今まであったこと……すべて話すわ。ごめんね。シアン貴方にずっと話さないといけないことがあったの。そんな顔しないでよ。全く、本当にしょうがないわね貴方は」

 
















「昔から強がってばっかりで。本当は誰よりも優しいくせに素直になれなくて。私は貴方のそんな所が好きよ」

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