第9話 ハプニング

 数人の龍人に連れ添われながら、平民たちが恐る恐る中央塔の中につくられた謁見の間に入って来た。一番煌びやかに装飾されたその部屋に入ると、キョロキョロ瞳を動かし落ち着かない様子で部屋を見回している。そして奥にある玉座に座っている龍王の存在に気付きホウッと感嘆の声を漏らす。


 そんな平民達の様子を、紫苑はなにも言わずに見ていた。


 そして、ある程度平民たちが落ち着いたのを見計らい、紫苑は口を開く。


「これで二百五棟に住む住人全員が揃いましたね」


 そう言いながら紫苑は、未だはしたなく座り込む貴族達を見る。


「……そうですね。貴方たち平民の方々にお聞きしたいのですが、ここにいる貴族たちに好きなように虐げられていましたね?」


 紫苑にそう言われ一瞬その場が騒つくも、ジロリと自分たちを睨む貴族が目に入り。皆が口を継ぐんだ。


「ああ? そこにいる貴族達のことを気にしているのなら、お構いなく。私たちは全て見て、知っていますので……」


 そう言っても未だ口を開こうとしない平民たちを見て、紫苑は顎に手を当て何かを考えている。


「分かりました。ではそこの貴方に質問です」

「はっ!」


 平民たちを連れてきた龍人の一人を指さすと「貴方が箱庭で見たことを教えてください」と言った。


「私が見たのは、この女性を数人で暴行し髪を切り重傷を負わせた事です」


 そういって明々を自分の前に連れてきた。


「えっ、あ……」


 いきなり矢面に出され動揺する明々。

 下を向き何も話せずにいる明々に反して、龍人は話を続ける。


「あまりにも酷い行動でしたので、何度も助けに行こうと思いました。その後、体調が気になり様子を伺っていたのですが、別の女性が介抱している姿を見て、安心しました」

「なるほど……よく我慢しましたね」


 暴行のことを顔を歪めて話す龍人に、申し訳なさそうに話しかける紫苑。

 誰だってそんな場面を黙って見ているだけなど、したくないのを分かっているからだ。そんな行動を、自分たちがさせていると思うとなおさら。


「次の日姿を見た時には、傷の回復力が驚異的で一体どんな薬を使ったのだろうと思ったほどです」


 龍人の最後の言葉に、今まで沈黙を貫いていた龍王が初めて口を開いた。


「ほう……その女子を介抱したのは誰だ? 前にでよ」


 龍王が一人の女性に興味を示した事に、紫苑や他の龍人たちが驚き、声は口を閉じ必死に抑えたものの、目を見開き龍王を見る。


 そんな中、一向に前に出てこない平民に対し


「……我は前に出よと、言ったのだが?」


 再び龍王が問いかけた。


「あっ……そのっ、私をっ、たたっ、助け介抱してくれた友達は、こっ、ここに来る時に怪我をし……部屋に戻って休んでいるんです」


 明々が緊張しながらも慌てて、翠蘭のことを一生懸命に話す。

 前に出て来ないことで、翠蘭の立場が悪くなることを恐れてだろう。


 どうやらここに来るときに、氷水の召使たちが明々に対して嫌がらせをしようとしたらしい。


 翠蘭が庇わなければ、門を開閉する大きな扉に挟まれて大怪我をしていたと、明々の代わりに横にいる龍人が代弁して話す。


「その女性がこちらの女性を庇って突き飛ばし、その代わりに右足を扉に挟まれ怪我をしました」

「して……その女子の足は大丈夫なのか?」

「足を引きずっていたので、抱きかかえ部屋に連れて行きました。薬を持って来ようかと言ったのですが、自分の持っている薬があるからと言うので安静にしているようにと言って部屋を出ました」


 龍人のその言葉に、龍王は少し眉をピクリと動かしたように見えたが、紫苑たち龍人は龍王のそんな表情の変化までは気づいてない様子。


「足をゲガした女子の名前はなんと言う?」


「へっ⁉︎」


 いきなり翠蘭の名前を龍王から聞かれ、明々は声が裏返る。


「あっ……あのう、それは……この場にいないその娘になにか……罰則を与えると言うなら……それは私にしてください!」


 明々が泣きそうな顔で龍王に訴えた。それもそのはず、自分を庇ったせいで大切な友達の翠蘭が、罰を受ける事になると思ったのだから。


 そんな明々の姿を見て、龍王は声を上げて笑う。


「ははは、何を勘違いしておるのだ。その逆だ、体を張って其方ソナタを助けたんであろう? 褒美をやろうと思うての?」


 その龍王の言葉に泣きそうだった明々の顔はパァッと花が開いたように笑い「名前は翠蘭です」と答えたのだった。


 その明々の言葉を聞き、誰にも聞こえない小さな声で龍王は「……翠蘭か」と呟いた後。


「今日の謁見は終わりだ。この貴族たちの始末が先のようだからの」

「「「「「はっ」」」」」


 龍王の言葉に龍人たちが頭を下げる。


「紫苑よ、後は任せた」


 玉座から立ち上がると紫苑の前まで歩いて行き、肩をポンと叩き龍王は謁見の間を後にした。


 この後。

 平民女性たちは先に部屋に戻り、氷水たち貴族女性の泣き叫ぶ声が中央塔に響くのだった。



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