九人目 軍刀

 曾祖母が亡くなってから数年後のことでした。曾祖母の家の天井裏から白い布に包まれた刀が出て来たんです。それは軍刀のようでして、私含め親戚一同、困惑しました。

 というのは親戚縁者に至るまで、軍人の知り合いがいない為です。

 勿論、出征した人はいます。でも、そんな立派な軍刀を貰う立場にはありません。ですから、曾祖母が持っていたことが不思議でならないんです。

 何故、曾祖母のものだと思ったのかと言いますと、曾祖母の名前が記された手紙が軍刀と一緒にあったからです。

 残念ながら、もう、現物はないんです。

 写真も、記録も全て処分しました。それなのに、何故、あなたに話すのかと言いますと、あなたが軍刀を見つけた、というのを後輩から聞いたからです。

 何故、わざわざ、別の会社に勤めているあなたにこうしてお会いしたのかと言いますと、老婆心と言うのでしょうか。お節介です。

 ですが、軍刀というのは稀に文化的な面もありますから……私が口に出すことではないのですが、ええ。もし、心当たりがなければ、手放すことをお勧めしたいのです。

 どうしてなのかと言いますと、曾祖母の軍刀を見つけたことで、私達の家族は酷い目にあったのです。持っているだけで持ち主に災いが降りかかる妖刀なんて、一度も信じたことがなかったのですが、目の当たりにするとお仕舞いです。私はあれ以来、時代劇であれ、小説という文字の中でさえ、刀、というものを見るだけで震えあがる思いなのです。

 曾祖母の持っていた軍刀というのは、名の知らぬ軍人将校のものでありました。

 その人の名前を調べるつもりはございません。

 何故なら、その人の名前を調べようとして、私達は酷い目に合ったのですから。

 ……ただ、ひとつだけ言えるのは、昭和最大の事件に関わっていた軍刀と言うことです。

 ええ。確かに同じ地区ですよ。でも、曾祖母が持っていることが未だに信じられないのです。

 ――でも、曾祖母は生前、不思議なことを言っていたようなんです。

 いつになったら、返せるかしら……と。

 それは二月になる度に言うのです。

 あの日は雪だったと……微笑む曾祖母の顔を私はよく、覚えております。

 ですが、それがあの、軍刀のことだと思いませんでした。

 話が脱線してしまいましたね。

 でも、この話をすると、皆様、信じてもらえないのです。そりゃあ、そうです。特に今は刀が流行っているでしょう。そんな話をして、文化が云々言われてしまうんです。

 ……ただ、ひとつ言えるのは、私の家では、あの軍刀は残せなかったということです。

 ええ。最初は歴史的な面も考えて、その軍刀を、とある機関にお渡ししようと思ったんです。

 その直後のことでした。

 悪夢を見るようになったのです。

 その夢の中ではいつも雪が降っていて、雪の中に佇む一人の男性が居る。軍服の上に外套をきっちりと着込んでいる。軍帽を目深にかぶっている為に顔は分かりません。その人は、何も持っていないのです。そうしてしばらくすると、銃声が聞こえて、男性は倒れるんです。そしてじわじわと雪の上に鮮血が広がっていくんです。真ん丸に。そう、上から見るとまるで日の丸のような光景です。

 ああ、そうですよね。そうなりますよね。分かってもらえないんです。でも、これが毎晩です。家族全員が見るのですから。三歳の子までが見るのですよ。

 そして話はここからです。一刻も早く手放そうと、とある先生を呼んで、軍刀を見てもらったんです。そうしたらその先生、青ざめましてね、首を振りました。

 私はその理由が知りたくて、その先生に問うたんです。先生は悩んだ末に言ったんです。

 これは、遺してはならない、と。軍刀に籠った思いが強すぎるのだと言われました。その思いは何かと問うでもその人は答えてくれない。答えられない様子でした。

 それで私、軍刀の持ち主を調べようとしました。

 ――それが、間違いでした。

 もう、思い出したくありませんよ。

 夢に、夢に見るんです。この世の者と思えぬ美しい顔をした女性が、私に軍刀を振り下ろす夢を見るんです。……今思えば、軍刀の付喪神であったのか、最早確認する術はありませんがね。その女性が毎晩、毎晩、襲い掛かって来るんです。私はすんでのところで避けるんですけどね、最後、避けきれなかったんです。ああ、それだけだと、思うでしょう?

 あまり見せたくないのですがね、ああ、ちょっと失礼。釦を外すのは、やはり手間取りますね。驚かせてしまったらすいませんね。

 ……やはり、驚かれますよね?

 ええ。これ、夢の中で斬られたんです。いや、もう、怖かったですよ。布団の上なんて大惨事。妻なんて半狂乱でしたから。

 ですから私、刀を見るのが怖いんです。

 ……ただね、曾祖母ですか。うん。身内のことですから、悪く言いたくないんですけど、多分ね、軍刀の持ち主を密告したのだろうと思います。

 ええ。軍刀とあの時代の女性と、軍人でしょう? 恋物語を想像する人がいたんですけどね、そういうのじゃあないんです。私も最初、まあ、物語性のある軍刀だと思っていたんです。はは。人の悪い癖ですよね。遺されたものに物語性を見出したくなるんです。

 その結果がこれです。もう、半袖なんて着られません。

 ……結局、何も分かりませんでしたよ。あんなことがあって、真実を追求する気にはなれません。ただ、思うんです。曾祖母は何を思って、あんなことを言ったのだろう、と。罪の意識から逃れたかったのか、或いは本当に託されたものだったのか、今となってはもう分かりません。

 ただ、不思議なのは、曾祖母の死が事故だったことでしょうか。台所で転びましてね、出しっぱなしの包丁で腕を切ってしまったんです。不運なことにその日は誰も居なくてですね、曾祖母はそのまま失血死しました。

 でも家族一同、不思議でした。だって、曾祖母は一度も料理したことがないんですから、台所になんて近づいたことがありません。

 ……おや、大丈夫ですか? すごい汗ですよ。え? やはり夢を見るのですか。ああ、それはもう、手放すことをお勧めしますよ。

 え? あなたの祖母も事故死? 包丁で? 指が? それは……お辛かったことでしょう。

 ああ……。そういえば、曾祖母の怪我した所、私の腕の傷と同じ場所だったんですよね。

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