八人目 祠

 ――おやめなさい。


 静かな声でその人はそう言った。耳に心地よい声で私をたしなめたその人は、宮司さんであった。

 話を少し、遡ると、私は不法投棄に悩んでいた。国道の途中で山に繋がる道があるのだが、不法投棄の名所となっていた。その手の人には有名な場所なのである。

 町役場には何度も相談した。それでも現状、出来ることはなかった。

 それで私はとある人から、小さな鳥居を設置することで、不法投棄がなくなった、という話を聞いて、実践しようと思ったのである。

 飲みの席でのことなので、私は気が大きくなってしまった。

 先ずは祠を作って、昔からあるようにしよう。そうして箱を作って、中に何でもいい。何か入れて、御札を貼ろう。見る人がここに捨てたら不味い、と思わせるような、小さな祠を作るのだ――と私は話していたのだろうと思う。

 そしたら、宮司さんらしき人が静かな声で言ったのだ。


 ――おやめなさい、と。


 ただ、私は不満だった。不法投棄に悩まされ、様々な手で対策をしようともどうにもならない。藁にも縋る思いだった。それを見抜いたのか、宮司さんは柔和で、それでも困ったような笑みを浮かべたのである。


 ――それでも、おやめなさい。形を作れば、中身が入る。空の器に魂が入るのです。


 私はその言い方が妙に気になって、宮司さんに話を聞くことにした。

 宮司さんは困った表情を浮かべながらも、丁寧に説明してくれた。それは、私達への、警告だったのだろうと思う。


「とある地域のお話です。興味本位で訪れることのないようにここではX県のとある町とします。その町に行く国道は一本道なのですが、途中で細い道が見えます。よく見ないと道があると分からない程の、細い道です。

トラック一台通るのがやっとの道をずっと通っていくと、開けた場所に出ます。その先が崖になっておりまして、下を見ると、ごみの山なのです。

 冷蔵庫から車のタイヤ、何か入っているのか分からない黒い袋……人が訪れることがほとんどない為に、不法投棄には格好の場所でした。

 ですが、近くに町がありましてね、年寄りだらけの小さな町ですが、近場に大型ショッピングモールが出来ることを機に、不法投棄を無くそうとしたのだそうです。

 それで、一度、片づけをされた。

 綺麗になったのですが、すぐに元通りになってしまったのだそうです。

 そこで、町の若い衆が小さな鳥居を設置しよう、と提案したのだそうです。

 ……ただ、それだけだと効果が薄いのでは、と心配になったのでしょうね。鳥居ではなく、祠を作ろうと言い出したのだそうです。

 提案した人は大工さんでしたから、祠はあっという間に出来ました。ええ。それはあっという間に出来たのだそうですよ。それで昔からあるように汚して見せて、中に一つの箱を納めました。あそこに物を捨てた人を罰してくれるように祈ったのだそうです。完全に悪ふざけだったと、彼らは申しておりました。

 そうして、出来上がった祠を木と木の間に置いたのだそうです。昔からそこにあったのだと見せかける為に一本の木を伐採して、不法投棄する崖の前から見えるようにしたのだそうです。

 ……効果は、そうですね。昔から知っている人には駄目でした。

 それはそうです。ですから、不法投棄はしばらく続きました。……でもある時、トラックが一台、残されていたんです。荷台には今から捨てるであろうものが乗っていて、運転手は……」


 宮司さんはそこで言葉を止めた。

 私が急かすと、宮司さんは食事の場ですから、と首を振った。


「……詳細は言えませんが、崖の下に落ちていたそうです。それはもう、酷い有様だったようです。何もない地面ではなく、様々なものが捨てられている崖の下です。身元も分からない程損傷していたようで、遺体の回収には難儀したようです。

 でも、一台のトラックから身元と、不法投棄をしていた会社が分かりましてね、有名な会社だったものですから、地元の新聞に小さく名前がのりました。

 それでも不法投棄は続いたのだそうです。異変に気付いたのは、ここからでした。……不法投棄をした人が、崖から落ちて、死ぬのです。

 あまりにも続くので、怖くなったのでしょう。ここで祠を作った人たちは私を呼びました。……もう、既に手遅れでした。空だった筈の祠には、既に神様の宿った後でした」


 私はその話を聞いて、なら、良いことじゃないか、と言ったのだ。運転手には酷な言い方だが、自業自得だ。不法投棄する悪い奴が痛い目にあうならば、なんの問題もない。祠の神様には感謝しかないのではないか。そう言ったところで宮司さんは私を見た。


「やはり、そう思われますか」


 私は不快な表情を隠さなかったが、宮司さんはやんわりと問いかけた。


「あなた、祠の神様がどうやって善悪を見分けると思いますか?」


 私は言葉が出てこなかった。

 その言葉の意図するところが分かってしまったからだ。言葉を失くした私に、宮司さんは優しく続けた。


「ええ。あの後しばらくしてからのことでした。観光客と、子どもが亡くなりました。あの場所で、落とし物をされたのだそうですよ」


 私はそれを聞いて、青ざめた。

 まさか、と唾を呑むと、宮司さんは頷いた。


「以来、あの場所に近寄るものはいません。……近寄れないのです。如何なる理由であれ、あの場所で何かを落とせば、あの神様は捨てたと認識します。悪いことをしたら神様は罰してくださると思っているようですが、それは違います。私達、人間の善悪を神様が理解している訳ではありません。……神様に善悪を委ねてはならないのです」


 青ざめて何も言えない私に宮司さんは続けた。


「ですから、祠を作ることをおすすめはしません。それでも、と言うならば止めません」


 私は結局、祠を作らなかった。作ろうと思えなかった。そして今もある祠を思う。

 あの祠は、今も、あの場所で人を罰しているのだろうか。

 善悪問わぬ罰を与える神に会いたくないと思いながら、私は不法投棄の山を前に小さな鳥居を置いた。

 


 




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