第8話 ■

 翌日。

「太后陛下の支配する後宮で作戦会議をするのは得策ではない、街に出よう」

 という師兄さんの一言で、私たちは街に降りて師兄さん行きつけの料亭に赴くことになった。佐州から上った時はすぐに後宮に向かったので、街に降りるのは初めてだ。私は半ば浮かれた心地で街用の馬車へと乗り込んだ。


「……というか、あの動物臭い場所でまともに話ができる気がしない」


 四人乗りの座席。私の向かい側に座った師兄さんがぼやく。


「そ、そんなに臭かったの? ごめんね」

「いや……ずっと住んでいると鼻も慣れるよな。喜鵲はすごいよ」

 ちら、と師兄さんは私を見る。

「……いつもの襦裙は着ないのか」

「あれだとほら、いかにも婦女子って感じで危ないかなーって」

「そうか」


 師兄さんはむっすりとして頬杖をつく。何か悪かったかな? と思っていると、隣の茗将軍が耳打ちした。


「可愛い師妹におめかしして欲しかったんだよ」

「あ、なるほど。美味しいご飯を食べに行くなら確かにおめかし」

「そこ、聞こえてるぞ」

「はいはい」


 連れて行かれたのは四階建のとても大きな料亭で、朱塗りで目に眩しいほど派手だ。灯籠がたくさん下がっていて、門番までついている。

 師兄さんはお得意様のようで、顔を見せるだけで門が開く。私たちは回廊をいくつも複雑に巡らされ、その先の個室に案内された。正方形の個室には丸卓が設えてあった。身分や立場の上下を問わない、とにかく一緒に食べて秘密の会議をしよう!といった部屋だ。

 次々と卓の上に並べられていく数々の料理を前に、私は集中力が霧散した。


「師兄さん待って。先に少し食べていい?」

「……いいが」

「やったー!」

「喜鵲、蟹食うか? 半分こしようぜ」

「わーい!」

「……こら喜鵲。茗将軍に馴れ馴れしいぞ、はしたない」

「あっごめんなさいうっかり」

「固いこと言うなよ、師兄さん」

「師兄さんはやめろ」


 蟹を二人で分けっこして食べる私と将軍の前で、師兄さんはため息をついた。


「いつの間にそんなに仲良くなっているのだ。結婚前の独身の二人でありながら」

「なんか他人って感じしねえんだよな〜」

「私もです。一緒にいて居心地が良くて、あはは」

「……まあいい。早く食って腹を落ち着けろ」


 それからしばらく一心不乱に蟹や諸々美味しいご飯を食べてお腹を落ち着かせた頃合いで、師兄さんが指を組み、話を切り出した。


「……で、喜鵲。私にできることを聞こうか」

「うん。師兄さんには列表リストにまとめた官吏たちの生年月日を調べて欲しいんだ。礼部なら科挙の時に提出した情報があるでしょ? あとは……戸部の範囲にはなるけど、戸籍の生年月日もほしいな。……できる?」


 六部のうち、師兄さんが侍郎補佐官を務めている礼部れいぶは祭祀や科挙試験を担当する部門だ。そして戸部こぶは別部署で、戸籍や財政の担当をしている部門だ。

 後宮で占い師をしている間に、私は礼部と戸部の一部は業務柄よく連携をとっているのだと学んでいた。だから聞いてみたのだ。

 もっと違うことを頼まれると思ったのだろう。師兄さんは目を瞬かせた。


「喜鵲。それは占い対決に関係しているのか?」

「うん。まず大前提として——占い対決にはまず勝てないと思う。でも表舞台に出ることで、今の隼家の占いに頼りきりの現状が危険だと、三省六部の偉い人たちにみんなに知らしめられるかもしれない。そのためにも情報と証拠が欲しいんだ」


 私は懐を探り、鑑定で私に異なる生年月日を告げてきた人々の列表リストを渡した。兄は卓越しに受け取り、開く。


「……多いな。しかも隼家のつながりの官吏ばかりだ。だが……うん。戸部なら顔馴染みの同期がいるから、探るのは難しくない。任せなさい」


 師兄さんができると言ってできなかったことはない。私はほっとする。師兄さんは私をみて微笑んだ。


「喜鵲の企みが分かったぞ。……隼家の鑑定が跋扈した皇城の腐敗を指摘するんだな」

「うん。これなら対決する孔老師の鑑定を否定せず、隼家そのものを否定せず、今の皇城の状況について一石を投じられるから」

「……そうか……」


 師兄さんはしげしげと私と列表リストを見つめ、そしてため息をついた。

「……君が男だったらどれだけ良かったか」


 いつも師兄さんに言われる言葉だ。私は笑って肩をすくめる。


「男だったらこんなふうに不規則的イレギュラーには働けなかったよ。私は私に与えられたこの体と心で、お役目を精一杯果たすわ。師兄さんは立派な丈夫として、正攻法で掴んだ権力とお金と人脈で私に力を貸してくれたら嬉しいな」

「わかった」


 師兄さんは力強く頷いた。私は黒烏龍茶で喉を潤し、続ける。


「あと師兄さん。これは急ぎではないのだけれど」

「まだあるのか」

「……陛下のお兄様——皇兄殿下のお墓に行きたいの。うちの父が守れなくてごめんなさいって、謝りたいんだ」


 師兄さんより先に、茗将軍が口を開いた。


「それは俺が案内する」

「ありがとうございます! ずっと気になってたんですよ」


 茗将軍に微笑む私をみて、師兄さんが真顔で口を開いた。


「喜鵲。私の質問にも答えてくれ。真面目な話だ。……この件が終わったら約束は守ってくれるね?」

「結婚のことだよね?」

「ああ」


 ——師兄さんが心配してくれている気持ちは、十分に伝わっている。わがままを言うのだから、師兄さんの願いも私はきちんと受け入れようと思う。私は強く頷いた。


「もちろんよ、約束だもん」


 『運命』の人は見つかったし、父の過去もわかったし、占い師としてやるべき『運命』は果たせそうだ。


 そんな私の顔を、茗将軍はじっと黙って見つめていた。

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