第10話 ■
三日後。
師兄さんと私と茗将軍で集まり、後宮の四阿でお茶をしばいていた。
「はー……これが四絶のお茶……美味しい……」
太后陛下からその後呼び出しはない。
その代わりになぜか、私の元に高級品の茶葉が贈られてきた。お茶の色、茶葉の形、味、香り、どれも絶品という意味の四絶の茶葉は、一級品は皇族しか口にできないありがたいお茶だ。もちろんこれは格を下げた下賜用のものだけど、貴族でも滅多に口にできない最高のものだ。
「……ひとまずは認めていただけたんです、かね……」
「よかったじゃねえか。太后陛下が誰かに毒以外を贈るなんて滅多にないぞ」
「待ってください毒って」
「ははは」
「もー」
あの日の後宮妃逃亡騒動は、何者かによって後宮の門が開け放たれたことから始まったらしい。おそらく占い対決を有耶無耶にしたい何者かが、大慌てで動物ーーもとい妃嬪たちを皇城に放ったのだと思われる。
大きな変革は当然起きない。しかし一石を投じることはできたようだ。
「……陛下に対する扱いもすぐには全部改善はしないだろうが、少なくとも身辺の官吏女官は入れ替わり、陛下を貶める者はいなくなった。陛下が言い返せるようになったんだよ。『隼家の占いでは不適格な官僚でも、滞りなく執務ができていたのだろう? ならば皇帝に向かない朕でも努力すれば良き施政者になれよう』ってね。……隼家がどんなに占いを使って陛下を貶めようとしても、その根拠が揺らいだ状態じゃあ、陛下の御心をもう支配できないさ」
「よかった……」
私は微笑み、蓋椀の中の緑茶と、底に沈む茶葉を見た。せめて今回のことで少しでも、宮廷占術師に盲目的に従うことの危険性を感じ取り、行動を起こしてくれる人がいればいいと願う。
そこでごほん、と師兄さんが咳払いする。
「無事に滞りなく終わって何よりだ。だが約束は覚えているな? 喜鵲」
「わかってるよ。結婚するんでしょう?」
師兄さんは。力強く頷いた。
そこで手刀で話を遮り、茗将軍が口を出してきた。
「ところで状元様。結婚相手は決まってるのか?」
「そ、それは」
頬を染め、言い淀む師兄さん。茗将軍には私が答えた。
「まだ決まってないはずですよ。だって『結婚しなさい』って約束だったし」
「なっ!?」
師兄さんが変な声をあげる。茗将軍はにやりと笑うなり、私の手を握った。
「喜鵲、結婚しよう」
「えっ」
私は意外な展開に、目をぱちぱちと瞬かせた。
「私が……茗将軍の……お嫁さん、ですか?」
「ああ。一応契約上の話、だがな。陛下はなんとしてもまだ喜鵲に皇城に残ってもらいたいらしい。が……どうも未婚の女が宮廷にいるってなると面倒だからな。だから虫除けに、いっそ妻ですってことにしとけばいいってことになったんだ」
「あ、なるほど〜。でも契約結婚なんてして、茗将軍はいいんですか?」
「いいよ。喜鵲可愛いし、好きだし」
当たり前のように言われた言葉に嬉しくなる。私もにこやかに答えた。
「私もです、茗将軍! 運命ってあるもんですね!」
「ははは、よろしくな」
「待て、ちょっと……待て!」
師兄さんが叫んだ。
「話が違うぞ! 私は、手伝う代わりに占い師をやめろと」
「えっ、結婚しなさいとしか言われてなかった気がするけど」
確かに普通なら結婚したら、家庭に入って占い師を辞める事になるだろう。でも少なくとも——約束は結婚だけだった。
「既婚で占い師を続けるつもりか? 家庭はどうする、結婚してでもまだ、君は占いに足を突っ込むつもりか」
青ざめて捲し立てる師兄さんに、私は肩をすくめる。
「ごめんなさい、陛下にお願いされてるなら……続けたいな。身を固めたから許して? 約束は果たしたでしょ? ね?」
「夫としては喜鵲が働くのは歓迎だぜ? 家に置いとくよりずっといつも傍にいられるからな? 迂闊に一人にすると立場上あぶねえだろ、師兄さん?」
「っ……あ……」
「ははは、先手必勝ってやつさ」
「茗将軍、妙にご機嫌ですね?」
「そりゃあ可愛い嫁さんができたら嬉しいもんさ」
「もー契約なんですから、無理に褒めちぎらなくてもいいですよ! 嬉しいですけど!」
二人の笑い声が、四阿から庭に高らかに広がっていった。
——父さん。『運命』って、一体どういう意味だったのかな。
結婚相手? 父さんがやり残した仕事のこと?
まだわからないけど……少なくとも、茗将軍と笑い合うのは楽しいよ。
「茗将軍。一緒にこれからも末長くよろしくお願いいたします」
「おう。陛下のために頑張ろうな、喜鵲」
◇◇◇
なぜか泡を吹いて倒れた師兄さんを医務室行きの輿に乗せたのち、見送りながら私は隣の茗将軍に話しかけられた。
「ああ、そういえば喜鵲」
「はい、なんでしょう」
「別に陛下の兄貴に詫びなくてもいいぜ。あの墓の中には馬糞しか詰まってねえから」
「馬糞?!」
茗将軍はくくくと笑う。
「あんたの父親からもらったものがある。見たいか?」
「えっ」
そこで開かれたのは、紙。
生まれた子供を寿ぐ、とても優しい鑑定だった。
「これは……お父さんの字……!」
「皇兄殿下の死の引き金となった鑑定書は、親父さんの破滅と隼家の占いの正当性の根拠として、皇城の図書保管庫に保管されている。……この書が親父さん直筆だと証明できれば、あちらの偽造が明らかになり、親父さんの身の潔白が証明できるはずだ」
「ま、待ってください。私父の書、持ってます」
私は急いで胸元から形見を取り出す。
そしてある事に気づいた。
「あれ……? これ、もしかして」
二つの紙の、ちょうど破った部分が重なる。
合わせると、ちょうど私の形見が上で、茗将軍のものが下だった。
「これは……命式と……鑑定結果……」
「やっと揃ったな。……いずれ時期が来た時、一緒に親父さんの汚名を濯ごう」
私は痺れるような感動を覚えていた。
父が書いた鑑定は、生まれた子を心から
涙が出そうになって、私は慌てて目を擦った。
「……『運命』の書……茗将軍は、一体これをどこで手に入れたのですか? いつ、父に占ってもらったのですか?」
尋ねる私に、茗将軍は意味深な笑みを浮かべる。
「俺は生まれたてだったから、占ってもらった時のことは覚えていない。だが俺の養父から、『俺を助けてくれた恩人から託されたもの』だと渡されていた」
「助けてくれた……って……」
「ある事情で殺されそうになっていたところを、喜鵲の親父さんが秘密裏に助けてくれたらしいんだ」
思い出をたどるような遠い目をして、茗将軍は父の字に触れる。
「……育った村が四維侵襲の戦で戦火に見舞われても、命を賭した戦いの時も、陛下の即位をお助けしたときも……俺の励みであり続けたんだ。……俺が生まれたことを祝って、こうして鑑定をしてくれた人の気持ちに報いたいと、ずっと励まされてきた」
「父の占いが……茗将軍の心の支えになれていたのなら、嬉しいです」
「ま、そういうことだ」
茗将軍は鑑定を再び懐にしまう。
私がしまったのを見届けたのち、茗将軍は私の頭を撫でた。
「鵲鵲娘娘の活躍の噂を聞いた時、もしかしてと思ったんだ。前向きに生きる道を示してくれる鑑定をしてくれた、あの人の関係者なんじゃないかって。……あの人にもう一度会えるんじゃねえかってな。それで主上に進言し、勅命を得た。あの人ならば必ず、主上の力になってくれると確信してな」
「すみません、娘の私しかいなくて」
「娘のあんたも最高じゃんか、『鵲鵲娘娘』」
「その呼び方照れますって」
「あはは」
「……ありがとうございます。父もきっと、喜んでると思います」
「親父さんに会えなかったことは残念だったが、あんたが生まれていたってことは……親父さんは幸せにしてたんだな?」
「はい! 両親とも仲良しでしたよ!」
「そっか。……じゃあ、よかった」
風が強く吹き付ける。茗将軍の髪が乱れる。
黒髪の内側から覗くのは、皇帝陛下よりも暗い朱色がかった炎のような髪。
——あ。
私は気づいたことを口に出そうとして、思いとどまる。
二人っきりになって夫婦になることが決まって、初めて話してくれた本当のこと。今はあえて、言葉にしないでおくべきだ。
「老師の代わりに、これからは俺があんたを守るよ、喜鵲」
「……よろしくお願いします」
茗将軍の正体が誰なのか、今は気づかないでおこう。
きっとそこに触れるにはまだ、状況が落ち着いてなさすぎるから。
——お父さん。
運命の人に会えたし、お父さんの後継——頑張るね。
◇◇◇あとがき◇◇◇
こちらは「世界を変える運命の恋」中編コンテストに参加中の作品です。
長編化する場合は、
・序盤にお付きの侍女を増やして、彼女の鑑定をして悩みを解決する展開の挿入
・この後、改めて正式に後宮が再編成されることになり、妃嬪の選考に占い師として関わっていく展開の挿入
・その中で、茗将軍の過去や秘密について触れていったり、トラブルや危機(暗殺、謀略など)に「知性と占いと度胸の喜鵲、武力とカリスマと笑顔の茗将軍」の二人で立ち向かっていく展開にする予定です。
・シリアス度を上げることも可能です。ぜひご検討の程よろしくお願いします。
かささぎの宮廷占い師は寿ぎを継ぐ まえばる蒔乃 @sankawan
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