第11話 久美子の命の危機


 


 久美子の生活はまさに、ハイセンスな佇まいの小じゃれた……こんな北朝鮮では到底見当たらない生活。


 それこそ……金一族と同等……イヤひょっとしたらそれ以上と言っても過言ではない悠々自適な生活を送っている。

 

 邸宅こそ小粒だが、可愛いまるでヘンゼルとグレーテルに出て来るお菓子の家のような、何ともメルヘンチックな、久美子1人が住むには十分すぎる邸宅。


 久美子たった1人の生活の為に用意された、この邸宅の従業員達は何と6人にも上る。

 爺やが1人に護衛兼庭師が2人それにお手伝いが2人、お手伝い二人と言うのは調理担当1人と掃除などの家事全般のお手伝いが1人、それに最近加わった木村を加えて6人。


 

 そして…久美子に惚れ込んだ皇太子の星日は、毎日時間を見付けては久美子に会いに来ている。

 久美子も最初は毎日毎晩、故郷への思慕、更には愛する人と引き裂かれた辛さで、今にも狂わんばかりに泣き叫んでいたが、星日の余りの愛の深さに、少しづつ落ち着いてきている。


 こんな事情も有ってハユン妃にすれば面白くない。


 ◆▽◆


「イソよ。生活苦にあえいでいたお前を拾ってやったのは誰だ?「オモニ」という売り上げの落ち込んだ大衆食堂がつぶれ掛けて、二進も三進もいかない状態のお前を拾ってやった恩を忘れるでない!ウッフッフッフ……そこでだ……あの憎い久美子に……このハナウド(ミズゼリ)を食事に混ぜて……分かったな?」


 ※ウドとよく似ている「ミズゼリ」の死亡率は70%と言われている。誤って食する人もいる。



「エエエエエエ————ッ!ソソソそんな事……そんな事……デデデ出来ません!」


「たわけたことを言うでない?そんな事を言うのなら……即刻首だ――――!」


「ゥウウウ(´;ω;`)ウゥゥ ワワ分かりました。ヤヤやりますウゥゥ( ノД`)シクシク…」


「この話は絶対に漏らす出ない。もしその証拠を掴んだなら一家諸共、このわたくしの力で追放どころか、反逆罪として死が待っている。分かったな!」


 ◆▽◆


 ある日の事だ。


「イソ……コーヒ-を入れておくれ?」


「ハイ!かしこまりました」


「久美子様コーヒ-をお持ちしました」


 すると一瞬舌に激痛が走った。

「イソ……このコーヒーチョット刺激が強すぎ……もっと薄めておくれ」


 この時は、コーヒ-豆の種類の差で刺激が走ったと思った久美子だったので、事なきを得ていたのだが……。



 ある夜の夕食の一コマ。恐ろしい事件が起こった。


 毒を盛られて身重の身の久美子に命の危機が……⁈


 だが、あいにく下女が何人かいたので大事には至らなかったのだが?お毒味役の下女は3日3晩生死の境を彷徨った。


「イソ一体どういう事なの?ハッキリお言い!ただ事では有りません」


 流石の久美子も今回は完全にブチ切れている。


「ゥウウウ(´;ω;`)ウゥゥワァ~~~ン😭( ノД`)シクシク…」


「泣いていては分からぬではないか?ハッキリ説明して頂戴!」


「グウウウウワァ~~~ン😭ワァ~~~ン😭」

 

 只々泣き続けるジユン。久美子もおおよそ犯人の目星はついているが、ハッキリとした証拠が有る訳ではないので、めったやたらな事は口走ることは出来ない。とんだことを口走ってまた…どんな酷い目に合うやも知れない。


 本当は、今すぐにでも飛んで行って星日様に、全てをぶちまけたい。そんな思いで一杯。だが……そんな事をすればイソに命の危機が?


 そして…危惧していた事件は起きた。突如としてイソが、行方知れずとなってしまった。


 一体何処に……?

 口封じの為に消されたのか?


 ◆▽◆


 ハユン妃は3人のお子を出産したが、どのお子も王女様ばかりで焦っている。もうこの年齢、お子を授かる可能性も極めて少なく、ましてや男子ともなると、さらに確率が減る。


 若くて魅力的な朝鮮王朝の血を引く経済大国日本からやって来た久美子が、目障りで仕方がない。まさに目の上のたんこぶ。


 そこに星日が他の側室達とは一線を画し、久美子を特別扱い。



(ああああ~!あの久美子が憎い!私はこの地位を何としても守り通さねばならぬ。守り通して見せる。その為だったらなんだってする!あの女を死に追いやっても……イヤ内密に殺害したい!)


 プライドの高いハユン妃は。自分の地位を何としても守り通したい。お妃として君臨し続けたい一心なのだ。


 煌びやかな衣装を身にまとい、全国民を配下に置き、全て言いなりにさせて崇拝させる。刃向かう者は即刻処罰する。それがまかり通る王宮から失脚させられる事など、とてもじゃないが考えられない。万が一、自分が平民の地位に戻るなど死んでも嫌な事。


 幾多の国民が食うや食わずの生活を強いられ、貧困にあえいでいる姿を見るにつけ、どんな事をしても、この国の女王の座をあんな久美子なんかに譲って堪る者か!


 そんな時に……久美子が妊娠したと聞き付け、居ても立っても居られないハユン妃。己の保身の為ならどんな事もいとわない。そんなハユン妃の心の内は、益々加速して行き……。


 


 ここでハユン妃の来歴を紹介しておこう。


 ※ハユン妃は、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の人物。同国の最高指導者である金日高の次期最高指導者星日の夫人である。(日高も高齢の為、星日が実質上の最高指導者)かつては学校教員をしていた人物


 1943年生誕。父親が建築会社社長、母親が医師である一般家庭に誕生。

 また……あの当時で北京に留学経験もある、かなりの才女にして非常に美しい容姿の持ち主。



 このハユン妃は一般家庭出身だが、経歴も相当なものでかなりのプライドの持ち主。

 その為、40過ぎのハユンは容姿にも陰りが出始めて、美しさもとっくの昔に失われているにも拘らず、未だに美しいと持て囃されていた昔を忘れる事が出来ず、現実を直視出来ないでいる。


「この朝鮮きっての美貌と持て囃された私から、星日を奪い取ろうとは100年早いわ!このよそ者の不義の子まで身籠っていた阿婆擦れ女め!更には…妊娠しただと―――!」


 朝鮮王朝時代には、世継ぎを産めなくて王宮を追い出された王妃もいた。その為に益々危機感を感じていじめに拍車がかかっている。


 

 ◆▽◆

 ある日久美子邸に同じ拉致被害者の日本人の木村という男が、身の回りの警護役としてやって来た。


 それは星日が、久美子が毒殺され掛かったと聞いて護衛として送り込んだ男なのだ。犯人追求も徹底的に行ったのだが、とうとう分からずじまい。


 だが、こんな身寄りのない異国にやって来た久美子を不憫に思い、日本人の誰かを護衛にと星日たっての希望で招集された。侍従に「日本人の誰かいないか?」と指示を出したのだった。


 そして、木村に白羽の矢が当たった。それは、侍従が、ハユン妃から頼まれて木村を久美子の護衛に立てたのだった。


 木村は名古屋大学機械航空工学科を卒業したエリ-ト。

 北朝鮮防衛の技術者として拉致されたが、暫くは久美子の為に働いて貰う事となった。



 日本人も何人もいる中、ハユン妃が木村を侍従に強引に押した理由は何だったのか?

 

 実はハユン妃は今40代前半の脂の乗り切った女盛りだが、星日は美しい久美子にうつつを抜かして、もう盛りをとっくに過ぎた美しい人が辿る、彫りの深い魔女おばあさんのような風貌になってしまったハユン妃を、見向きもしなくなって来ている。


 そこで、毒薬で殺され掛かった久美子を案じて星日が、日本人の護衛を側室久美子に就けようとしている事を知ったハユン妃は、真っ先に思い浮かんだ優秀で尚且つイケメンの木村が思い浮かんだ。


 

 そこで木村に話を持ち掛けたハユン妃は、口火を切った。


「最近よく側室久美子の弟が久美子邸に来ているみたいなのよ……そこで……久美子があなたが赴任してからの、心の内を弟に話しているのを、偶然聞いてしまったの。『木村と居ると故郷を思い出して……余りにも考えることが共通している。そして……心が通じ合い……日に日に離れたくない気持ちが大きくなり……気持ちが高ぶって……だから…怖いわ』そのような話を聞いてしまったのよ。だから…例え久美子の、木村に対する……そのような素振りが見えたとしても……上手く交わしなさい」


「まさか……あんな知的で気配りの出来る人が、一使用人の僕なんかに好意を寄せる訳無いでしょう?」


「まぁ?その様な事を言っていたのよ。結局の所……強引に拉致されて力ずくで側室にされた訳じゃない……?だから…星日の事を心の中では……憎んでいる?だから…恨んでいるのかも知れないわね?そんな時に日本人のあなたと故郷に思いを馳せ、話し合っている内に……あなた……イケメンだから……きっと自分を抑えるので必死なのよ」


 ※久美子の弟とは、森に捨て置かれた幼少のスホを匿って貰った、命の恩人の息子で、久美子の3歳下の男だった。だからお互いに姉弟のような繋がりが出来ている。久美子が星日に頼んで軍人として勤務して確たる地位を築いている。


(ウッフッフッフきっと木村も久美子も夢中になり、ウッフッフッフきっと一線を……)



 ◆▽◆

 最初からあの美しい久美子に強い憧れを抱いていた木村は、ハユン妃からの言葉が頭から離れない。

(こっちだって自分の気持ちを押し殺し、故郷を思い浮かべ共通の心の内、そして……当然女性としても、この上ない憧れの久美子様が、僕の事をそんな風に思っていてくれたなんて……そして…ハユン妃が上手く交わしなさいと言ったが……そういえば時々感じる熱い視線。上手く交わす事など出来ない……そんな風に抑え込まれれば余計に我慢が出来ない。あああアアアアアア💛気持ちを抑えることが出来ない)  


 久美子は護衛としての木村に最近は特に打ち解け合い、何でも話すようになっている。


 木村も故郷に思いを馳せ、時折見せる寂しそうな、またどこか儚げな、この美しい久美子に同じ境遇を重ね合わせて、運命共同体のような、そんないつしか内に秘めた激しい恋心が芽生え始めていた。


 そしてある日の事だ。とうとうお互いの感情の歯止めが利かなくなり、熱い抱擁と口付けを交わした💋。

 

 当然送り込まれたスパイがいる事など知る由もない。


 2人がキスと熱い抱擁を重ねていると、天井裏から隠しカメラで行為をフィルムに収めている者が……。


「あなたこの写真を見て!久美子と木村が抱き合っている写真よ!あんな女放り出しなさいよ。それこそ……生かしておいてもろくな事にならないわ!」


 星日の顔がみるみる般若顔の恐ろしい顔になって行く。


「あの久美子め――――!許せぬ!」



【朝鮮王朝時代。高貴なお方が死罪を命じられた時は毒薬を仰いで絶命するのが名誉ある死に方だった。毒薬は国王が賜る形を取るので、その死罪のことは「賜薬(サヤク)」と呼ばれた。毒薬の中身は砒素とトリカブトだった。韓国時代劇を見ていると、毒薬を呑んだ高貴なお方がアッという間に息絶えるが、実際にそんな即効性はなかった。飲んだ人は5時間くらい苦しんでから死ぬのが当たり前で、中には一晩中も悶々と苦しんだ人もいたという。確かに、名誉ある死に方なのだが、肉体的にも精神的にもむごい方法だったのである。朝鮮王朝ではなぜ高貴なお方は毒を仰いで死んだのか。毒を仰いで死んだのは、身体を傷つけないためであった。朝鮮王朝では儒教を国教にしていて、その思想が国土の隅々まで浸透していた。儒教の最高の徳目「孝」である。親孝行こそが一番大切であると信じられた社会では、親にもらった身体を傷つけるのは、親不孝の最たることであった。そういう事情があって、たとえ死罪になっても身分が高い人たちは身体を傷つけずに死んでいったのである】






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