第10話 モンスター牧場をやろう!

 「ひまりちゃん、何かあったの? ダンジョンに入る前、なんだか昔と変わっていたからさ」


 まず、相手の話を聞くことが大事だ。

 俺には何もできなくても、ひまりの話を聞くことはできる。


「……実はあたし、ずっと学校に行ってないの」

「そうなんだ」

 なんとなく、そんなことなんじゃないかと思っていた。

 ダンジョンに入る前、学校のことを聞いた時、変な感じだったもんな……


「学校で何かあったの?」

「…………」


 ひまりは黙り込んだ。


「言いたくないならいいよ。無理しなくていい」

「……ありがとう」

「さあて、これからどうしようかな」


 夕日が辺りを包み始めた。湖がきれいな橙色に染まる。この部屋はダンジョンのはずなのに、空に太陽があって、夕日もある。この調子なら、たぶんあと数時間後には、月も空に浮かぶだろう。


「ねえ、ケイお兄ちゃん、牧場やろう」

「……牧場?」

 ひまりの唐突な提案に、俺は驚く。


「スライムちゃんと、ウルフちゃん、他にもいろんなかわいいモンスターをいっぱい、いーっぱい集めて、世界中に配信するの。それで世界中の人たちを癒してあげるんだよ」

「いや、でもなあ……」


 あまりにも非現実すぎる提案だ。

 ここはのどかな草原が広がっているけど、あくまでダンジョンの中だ。ダンジョンは危険な場所だ。そんなところで牧場をやるなんて……

 いや、もしかたら、ダンジョンの中ですらないのかもしれない。突然、俺たちは異世界へ転移したのかも……

 この先のことを考えると、俺は不安に襲われる。


「昔さ、ケイお兄ちゃんと牧場に行ったじゃん。すごく楽しかった。もしケイお兄ちゃんと牧場をやれたら……あたし、変われると思う」


 ひまりの目は、真剣だった。

 もしもこの不思議な場所で牧場をやることで、昔のようにひまりが元気になって、学校へ行けるのなら、それは挑戦する価値がある。


「それに、みんな配信を楽しみにしているみたいだし」

「マジで?」

「マジだよ。ほら、見てみて」


 ひまりは俺にスマホの画面を見せた。

 さっきの俺がスライムとウルフと戯れている姿が映る。

 再生回数は10万、コメント数は1000、ショート動画もたくさん作られていた。


「す、すげえ……」

「あたしの底辺チャンネルも、もう登録者数が1万になったの!」


 ひまりがやっていたミーチューブのチャンネル――「もふもふ系ぴえん」は、5分前までチャンネル登録者数は300人しかいなかったらしい。


「たった5分で増えすぎだろ……」


 信じれない数字の伸びに、俺は唖然としてしまう。


「バスってるだよ、あたしたち」


 バスっている……こんなに大勢の人に自分が見られるのは初めてだ。 

 学生時代は、いつも教室では目立たないモブだったしな。

 まあ……会社でもそのポジションは変わらなかったが。


「ね、だから牧場やろう。あたしとケイお兄ちゃんの、モンスター牧場を」


 ひまりは俺の手を握った。上目遣いでおねだりしてくる。

 濡れた子猫みたいな、悲しげな瞳。

 俺はひまりのこの顔に弱い。


「……わかった。牧場をやろう。でも、まずは今日の寝床を確保しないとな」

「やったあ! ケイお兄ちゃん、大好き!」


 ひまりは俺に抱きついた。

 たゆんっと、豊かな胸が俺の腕に当たる。

 うん。ここは本当に大人になったな。


《寝床なら安心して! ぼくたちが作るから》


 シャオがそう言うと、100匹のスライムが合体した。

 大きな青い塊になって、光り出した。


「いったい何が……?」


 光の中から出てきたのは、


「俺の家?」


 俺のマンションが、目の前に現れた。


《キミの家を再現したんだ。自分の家ならくつろげるよ》

「すごいね! シャオちゃん!」

「本当にすげえな……」


 スライムがマンションを作るとは。正直、スライムを舐めていたぜ。


「中に入ってみよう!」


 俺とひまりは、スライムマンションの中へ入った。



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【あとがき】


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くたびれたおっさんサラリーマン、ダンジョンでペット配信者となる。バズったおかげで会社を辞めて、モンスター牧場でスローライフを満喫する 水間ノボル🐳@書籍化決定! @saikyojoker

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