第4話 この穴は間違いなくダンジョンです

「あ、役所の人が来た!」

「この子、隠さなきゃ!」


 俺とひまりは、スライムをボストンバックに詰め込んだ。それから急いで玄関に向かう。


「北東京市役所、ダンジョン対策課の田中です」


 深緑色の作業着を来た男が、玄関の前に立っていた。

 いかにも公務員といった感じの男で、メガネをかけて生真面目そうだ。


「さっそく庭の穴を見せてください」


 俺は庭の穴まで、田中さんを案内した。

 紫陽花が咲く小さな庭に、ワゴン車ぐらいの大きな穴ができていた。


「なるほど……これですか」


 田中さんはメガネをくいっと上げて、しげしげと庭に空いたでかい穴を観察している。


「なんか、オタクぽっい人だね」


 ひまりが俺にささやいた。


「こらこら」


 俺はひまりの頭を軽くはたく。


「えへ、ごめんなさい」


 だんだん、ひまりが明るくなってきた。

 昔のひまりが戻ってきたみたいだ。


「……壱色様、鑑定結果をお伝えします」


 田中さんが穴から出てきた。


「この穴は、間違いなくダンジョンです。この土地は、壱色様が所有者ですか?」

「そうです。あ、正確に言えば、この子の母親が所有者です」

「なるほど……」


 田中さんは一瞬、ひまりのことを見遣ると、


「ダンジョンは、出現した土地の所有者に所有権があります。週明けに、ダンジョン対策課までお越しになって、ダンジョン証明書を取得してください。それからダンジョン証明書を持って、法務局でダンジョンの登記をしてください」


 ダンジョンが世界中に出現して以来、ただの穴をダンジョンだと偽る、ダンジョン詐欺が横行していた。

 ダンジョンの所有していれば、ダンジョンから出る魔石やレアアイテムの収益から、莫大な金を稼ぐことができる。

 市役所でダンジョン証明書を発行してもらい、法務局で登記をしないとダンジョンとして認められなかった。


「まだこのダンジョンには調査が必要です。なので調査がすべて完了するまでは、絶対にダンジョンに入らないでください」

「わかりました」

「ダンジョンには危険なモンスターやトラップがたくさんあります。絶対に入れないでくださいね」


 田中さんは俺たちに念を押して、帰って行った。


「ケイお兄ちゃん、やっとあの人帰ったね。早くスライムちゃんを放してあげよう」 


 ひまりはいつの間にか、スライムを「ちゃん」付けで呼んでいた。


「そうだな……ひまりはここで待っていて。俺がダンジョンに入るから」

「ええ! あたしも行く!」

「いやいや、ダメだよ。ダンジョンはとても危険なんだ」


 女の子のひまりを、危険なダンジョンに入れるわけにはいかない。


「絶対、あたしも行く! だって……あたしもスライムちゃんにお別れいいたいもん」


 ひまりはスライムの入ったボストンバッグを抱きしめてした。


「きゅるるる……」


 スライムはボストンバックから出てきて、ひまりの胸にまた貼りついた。


「でもさ……」

「絶対、行くからね!」


 こうなったら、もうひまりはテコでも動かない。

 何がなんでも、ダンジョンに入るつもりだ。


「……わかったよ。俺の側から離れるなよ」

「やったあ! ケイお兄ちゃん、ありがとう!」


 ひまりが俺に抱きついた。

 おっと……ひまりの2つの膨らみとスライムが俺の腕に当たりまくった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る