退院

 学校が終わると、僕はいつものように店に行く。今日は掃除当番だったから、少し遅くなってしまった。

 店の手前で自転車を止め、背負っているリュックから店の鍵を出そうとして手を止めた。

「あれ…?」

 コーヒーの香りがした。

 ドアに鍵はかかってなかった。そうっとドアのノブを回すと…。


「じぃちゃん‼︎」

 じぃちゃんがカウンターに座って、コーヒーを飲んでいた。奥のテーブルの席には、ばぁちゃんもいた。

「おかえり、翔吾。」

「え、どうゆうこと?病院から脱走でもしたの?」これは僕の質問だった。

「退院したんだよ。」

 じぃちゃんは眉間にシワを寄せながら答えた。

 ちなみに、じぃちゃんには眉間に皺を寄せる癖があり、僕も眉間に皺を寄せる真似をしながら「そうなんだね。」と言った。

 遠くて「くっくっくっ。」と口元を手で押さえながら、ばぁちゃんが笑った。

「まっすぐ家に帰ろうって言ったんだけどねぇ、店に行かなきゃ気が済まないらしくて。」

「翔吾、このコーヒー豆は美味いぞ。」

 じぃちゃんはニコニコしながら飲んでいた。

「それは…、はい。」

 それは…、どうすれば、もっと美味しくなるのか?というまだ調整中のものだったけど、じぃちゃんが喜んでるなら問題ないと思った。

「じぃちゃん、もう大丈夫なの?」

「私は大丈夫って言ってるんだけど、医者とばぁさんがな…」

「ずぅっと寝たきりだったし、まだまだ身体を前のように動かすのは無理だから、慌てず少しずつリハビリしないといけないのよ。」

「そっか。無理しないでね、じぃちゃん。そういえば、澤…」

 そう言いかけた時に、ドアが開き牧野さんが入ってきた。

「お!藤川さん、もう退院したのかい!」

 そのまま牧野さんとじぃちゃんが話し始めた為、僕は澤村さんの事を聞きそびれてしまった。

 しばらくして、待ちくたびれたばぁちゃんが「もう、帰るわよ!」と、じぃちゃんを叱りながら席を立った。

「翔吾、悪いけどもうしばらく頼むぞ。」

 じぃちゃんはばぁちゃんに腕を組まれ、連行されるように店を後にした。

 

 そして牧野さんがボソッと呟いた。

「じぃちゃんが元気に退院して良かったな。それと…そろそろ頼む。」

「あ。」

 僕は、牧野さんにコーヒー出すのをすっかり忘れてた。

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