牧野の過去

 昭和60年。

 街からは20キロほど離れた夜の港。


 プップー!ビィーーーー!パラリラパラリラ。波音を掻き消すように、バイクの集団のクラクションが響く。

 マッポ(警察)との、追いかけっこ(取り締まり)から逃れ、集まってきた暴走族達だった。

「タレコミあったか…」

 フルのヘルメットを取った牧野は、舌を鳴らした。こうなっては情報は筒抜けだと判断し、「今夜は解散!捕まらないよう散って走れ。」そう指示をした。

 牧野は地元ではで有名な、17歳の高校生だ。髪はリーゼント、制服は短ランにズボンはダボダボ。鞄は何も入ってないのに持ち歩いていて、ペタンコにしていた。

 先代から全てを譲り受け、総長となった。


 全員が解散し無事を確認すると、ひとり帰路をバイクで走った。

 ふと灯りの付いてる喫茶店を見つけた。

(腹も減ったし寄ってくか。)

 カラン…ドアの鈴の音が心地良い。

「いらっしゃいませ。」

「いらっしゃいませー!」

「お、おぅ…」

 カウンターにオジサン。テーブルを片付けながら布巾ふきんで拭いてる女の子がいた。

(ここは天国で天使がいたのか。)

 女の子は髪を2つにゆわえ、汚れの『よ』の字も知らないくらい清楚だった。


 ドキドキしながら奥のテーブルに座り、メニューを見た。

「コ…コ…コーヒーくれ!」

「はい!コーヒーはブラックですか?お砂糖とミルクもお付けしますか?」

「ブブブ…ブラックだ。」

 牧野なりに精一杯カッコを付けたかった。

「ブラックですね!少々お待ちください!お父さんー、コーヒーブラックで。じゃ、、私はもう帰ります。ゆっくりしてって下さいね!」

「お、おぅ…」

 牧野は考えた。

(ウチの学校に、あんな天使がいたか?)

 考えている間に、コーヒーと生クリームが添えてあるワッフルが運ばれてきた。

「あまり物で申し訳ないが、良かったら食どうぞ。」

 牧野は、腹が減ってこの店に入った事さえ忘れていた。

「ありがとうございます!」

 ここは天国だ。しかし、初めて飲んだコーヒーは苦く涙が出た。生クリーム付きのワッフルは最高に美味しかった。


 翌日。遅刻常習犯の牧野は早起きをした。

 昨日の天使を探したかった。

 1年から2年のクラスをひとつひとつ覗いた。

 廊下を歩く度に後輩たちは、これ以上ないくらい端に避けた。

「いねぇ…」天使は見つからなかった。

「誰がいないの?」すれ違いざまに、唯一、廊下で避けなかった女子に言われた。

「は?」

 後輩の癖にタメ口かよと牧野は思った。どんなツラしてやがるのかと、振り向き様肩を掴もうとしたが、ふわっ避けられる。

 茶髪にカーリーヘア、長いプリーツのスカート。裏番とも言われるmisato(ミサト)だった。

「おまえ!」

 misatoはニッコリ笑いながら近づき、耳元で「昨夜はお越しいただきありがとうございました♪」と小声で言った。

 本名、藤川美里ふじかわみさと

 裏番は牧野にとって、関わり合いたくないNo. 1だった。

 こうして牧野の初恋は、1日も経たず終わりを迎えた。


 それから月日が経ち、20年後。

 大人に…いや、オッサンになった牧野は、不動産業と車屋を経営していた。学生時代のヤンチャっぷりのおかげで、警察にもヤ◯ザにも顔が効き、揉め事の仲裁や面倒な事も片付ける事から「繁華街はんかがいのドン」とも呼ばれている。


 その日牧野は、機種を交換したばかりのケータイの取説を読んでる所だった。

 自動ドアが開き、客が入ってきた。

(この忙しい時に!)


「ねぇ、表にある車を見せて欲しいんだけどーって、あれ?牧野先輩?」

 小さな赤ちゃんを抱いた、藤川美里がそこにいた。

「表にMAKINO(マキノ)って看板があったから、まさかと思ったけど〜やっぱりそうだったんだね。」

「おぅ…、久しぶりだな。その子は?」

「こんなに可愛い子、アタシの子に決まってるじゃーん!」

「天使だな。抱いてもいいか?」

「え、この子はすっごく人見知り激しいから、牧野先輩の顔なんて見たら泣いちゃ…」

 その小さな天使は、牧野に抱かれても泣かず笑顔を見せた。

「珍しい!良かったね〜翔吾。」



 

 

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