第38話

 大学図書館へ到着した彼らは、カウンターで返却処理を行っていた司書に声をかけ、四茂野村について記載がある本について問うた。司書が提示してきたのは以外にも卒業論文であった。

 民俗学について学ぶ学部があるだけ、そういった論文が存在していることについては疑問はない。だが本より先に出されるということは、四茂野村について書かれた本は図書館に所蔵されていたものだけで、他にはほぼ存在しないと言っても過言ではないのかもしれない。

 論文は四茂野村について少し触れてはいるものの、本筋はまた別のようだ。呪術逃走に見る昔話の類似性と銘打たれたレポートには次のように書かれている。

「ええっと……昔話には、古今東西どこでも見られるような類似性を有している。日本だけを取り上げても、昔話である三枚のお札や御伽草子の御曹子島渡、古事記の上巻に類似性が見られる。

 この三つの話において、登場人物がものを投げ、投げたものが色々なものに変化して追っ手の追跡を妨げるという点が類似している。

 他のパターンとして、神の助けや天の助けを得て逃げ延びるものなども見られる。

 大集団の呪術逃走としては、出エジプト記でモーセが海を割ってイスラエル人たちを率いて織ってから逃れたというものが具体例として挙げられるが、厳密には呪術逃走とは別物であるように考えられる。

 三つのお札に関しては、更に細分化され和尚さんからあらかじめ三枚の札を渡されていたパターンと、老婆が山姥であることを知ってから厠に入ったのちに神の助けを得たパターンとに分けられる。

 どのパターンでも、小坊主は札を手にしているためその後の展開には大きな差は見られない。

 何を投げ、何が出たに問わず、呪術逃走は自身が逃げ延びるために自身の身代わりで追跡者の気を逸らし逃げ延びるという雛形を元に、身代わりとして出したものがどう言った意味合いを含むかで物語にバリエーションを持たせているようにも見える……ですって。なるほど、確かにこれはアーキタイプとしてよく見られる雛形ではありますよね」

「三枚のお札、確か山に入った小坊主が鬼婆から逃れる話だったかしら? ギリシャ神話のアルゴナウタイの逃走にも似たものを感じるわね」

「あー、それって魔女メディアがイアソンのために弟の四肢をちぎって海へ投げ入れ、追っ手を逃れるやつですっけ?」

「でもあれは厳密には三つじゃないので、アーキタイプとして近いだけで別物だと私は思うんですよねえ。……大学図書館でもあまり情報は見つかりませんでしたね、振り出しに戻るって感じでしょうか」

「おや、君達何か困り事かな?」

 レポートを横に寄せながら机に岡崎が突っ伏した時、頭上から女性の声が降ってきた。

 顔を上げてみれば、そこにはノートパソコンと数冊の書籍を持った女性が立っていた。その女性に、その場にいる三人は見覚えがあった。大学と大学院で教養科目を教えている教員で、確か専門は民俗学だったはずだ。

 まさに渡りに船。元気よく体を起こした岡崎は、その女性教員へ手を挙げながら質問を投げかけた。

「先生、民俗学の専門でしたよね! ひとつお伺いしたいんですが、四茂野村について何かご存知ではないですか?」

「四茂野村かい? またニッチな村の名前が出たね」

「なんというか、今オカルト界隈で人気でして!」

「なるほどね、君またオカルト関連の話題に首を突っ込んでるのかい?」

「へへ、それがライフワークなので!」

「迂闊に首を突っ込むもんじゃないと思うけどねえ……。で、四茂野村か。あそこはね、昔禁足地だったんだよ」

「禁足地ですか? それはいつ頃の話です?」

「平安時代だね、平安時代に戦で負けた武将が逃げ延びてあそこにひっそり村を作って住み始めたのさ。それが四茂野村だ」

「四茂野村って、神隠しであったりそういったものが文献に残ってたりします?」

「いや、そういった話題は残ってないね。ただ、村の異質だった場所を神社にして祀ってるって話は残ってる」

「なるほど……」

 岡崎は女性教員の話に頷き、そのまま押し黙ってしまった。何か考えているらしい岡崎を放置して、次に口を開いたのは島部だった。

「あの、質問ついでなんですけど。四茂野村に行ったら帰って来れないって話がまことしやかに囁かれてるんですけど、先生ならもし四茂野村へ行って呪術的なものがかけられた時どうします?」

「現実的じゃない話だね、それは。まあそうだな……身代わりを作るかな私なら」

「身代わり、ですの?」

「うん、まあ感染呪術的に考えるか類感呪術的に考えるかで何を作るかは変わってくるけど」

 その答えに、西園寺と島部は顔を見合せた。身代わり。その発想は今まで無かっただけに、今女性教員が話した事は目が点になるような発想だったのだ。

 感染呪術とは、一度接触したものや元々一つであったものは互いに影響し合うという呪術であり、類感呪術とは類似したものは互いに影響し合うという考えに基づく呪術的考えのことである。

 前者で分かりやすいもの髪などを入れた藁人形であり、後者は片白などであろう。

 そのどちらを作るか。確かにそれは呪いに対抗する上で重要なことかもしれない。岡崎が今の話を聞いているかは定かではないが、一度相談してみるのは手かもしれない。

 女性教員に礼を言い、西園寺と島部は岡崎の肩を叩いてから話始める。

「身代わりを作るとしたら、何が一番効果的かしら」

「まあポピュラーなのは人形だろうな」

「うーん、そうですねえ。私なら両方組み合わせますよ」

「両方?」

「はい、まず藁人形を作って、そこに血を入れるんですよ。そうすることで類感呪術と感染呪術のハイブリットの出来上がりです!」

「確かにそれは協力かもしれないわね。丑の刻参りの場合はそれ髪の毛でやるんでしょう?」

「そうです、なので身代わりとしては非常に強力だと思うんですよねえ。で、あと私達は怪異から逃げ延びる必要があるので、三つ必要かなーと思うんですよね」

「ああ、三枚のお札か」

「そういうことです。古来キリスト教においては三というのは完成されたものであるという意味があるので、そういったことをもじっても三つは最低必要かなと考えますね!」

 岡崎の言葉に、西園寺と島部は互いに顔を見合せて一度大きく頷いた。そして彼女は自身の使用人に、至急人形の材料を大学図書館へ持ってくるように頼んだ。

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