第39話

 西園寺の使用人が持ってきた裁縫道具や布などで人形を作りながら。岡崎は大学で解放されているフリーワイファイを使用して、インターネットサーフィンを行っていた。

 彼女が目を通しているのはもっぱらオカルト掲示板で、その中でも四茂野村についての書き込みが行われているものばかりを選んでスレッドを開いていく。目当ての情報があまりないのか、直ぐにスレッドは閉じられて次のスレッドを彼女の指はタップする。

 もう何十とスレッドを開いた中で、岡崎のスクロールする指が止まった。西園寺が何かと思ってそちらを見れば、まだ現行で書き込みが行われているスレッドのようで一人だけ固定ハンドルネームを付けて書込みがされている。

「あら、この手の掲示板ってハンドルネームは付けないのが様式美なのではなくって?」

「はい、普通はそうなんですが、このコテハンだけはちょっと別物なんです」

「別物ってどういうことですの」

「このコテハンを名乗ってる方は、この世のどこにもいないんですよ」

「……貴女疲れてるの?」

「違いますよう! そういう都市伝説なんですよう! 明けの明星ってコテハンのユーザーは、プロバイダ契約がないところからの書き込みなんです!」

「それは平たく言えばどういう状態なのかしら?」

「うーん、平たく言うとネット上での住所がないところから書き込みをしてるって感じですかね? スマホでもパソコンでも、書き込みをしたりネット閲覧するにはプロバイダ……要は中間契約が必要なんです。絶対どんな媒体でもプロバイダ契約はしてるはずなので、プロバイダ契約がないってことはこの世に存在してないことになるんですよ」

「あらそう。分かったような、分からないような内容ね。それで、そのコテハンを名乗ってる方がどうかしたのかしら」

「この人、四茂野村のスレッドが立つと必ず書き込みしてるんですよね、しかも四茂野村に来るなって内容を」

 岡崎はそう言いながら、西園寺へとスマートフォンを差し出した。岡崎はいくつものタブを開いていたようで、順番に見ていくとそこには必ずと言っていいほど明けの明星の書込みが見られる。

 そして一番直近で書き込まれたスレッドには、こんなことが書かれていた。


 > 無事に三人帰れた?


 三人。偶然の一致かもしれないが、つい先程書き込まれたそのメッセージは、目を止めるに十分だった。

 存在しないプロバイダからの書込み。そして岡崎達が見知った街へ到着してからの意味深な書込み。岡崎は少しだけ考えてからこんなとこを書き込んだ。

『貴方は四茂野村の人ですか?』

 岡崎の書き込みから少しあと、ウェブページを更新すると新しい書込みがあった。そのメッセージは明けの明星からで、短い文章が羅列しただけの飾り気のない返事がそこにはあった。


 > そう。昨日四茂野に来た人でしょ。


 その書き込みに、スレッド内は急に書込みが増えお祭り騒ぎになりだした。都市伝説である明けの明星が四茂野村の在住だと明らかになったのだ、そうなるのも無理は無い。

 岡崎は流れるスレッド内のレスを何とか捌きながら、更に返信を書き込む。


『そうです。貴方は昨日の男の子ですか?』

 > そう。昨日のお姉さん達でしょ。

『はい、そちらを出てから不可解なことばかり起きるんですがそれは四茂野に関係ありますか?』

 > ある。四茂野の呪縛をとかない限り、ずっとそのまま。

『四茂野の呪縛とは?』

 > 四茂野の神様の呪縛。

『身代わりで次行った時に解けますか?』

 > 次は二回目だから多分難しい。

『三度目じゃないと難しいですか?』

 > 多分。


 そんなやりとりは、瞬く間に切り取られ拡散されていく。岡崎としては自身に繋がる個人情報を書き込んでいないだけ問題はないが、明星と名乗った彼は堂々と四茂野村在住であることを明かしてしまっている。

 問題ないのかとハラハラしている岡崎をよそに、島部がぱちんと人形の糸を切りながらふとこんなことを言った。

「なあ、明けの明星が住んでるのが四茂野村で、プロバイダ未契約になるなら、あの村自体がこの世のものじゃないんじゃないのか?」

「む、なるほど。その可能性は大いにありますね!」

「俺達は、本来なら行けるはずのない村に行って戻ってきたわけだ」

「村自体が人が来るのをそう歓迎していないとしたら、平坂さんがキーでしょうか」

「かもな。吸血鬼よろしく、招かれないと村に入れないんじゃないのか俺達は」

「だとしたら、次も無事村には行けそうですね」

「……あー、あの幻覚を招いてると解釈するならな」

「あれは招いてるというか、一度招いたものを呼び戻そうとしてるが正しい気がします。また外に出たら同じようなことが起きるんじゃないですかね?」

「かもな。俺としてはもう十分に怖い目にあったし、二度目はいらねえんだけど」

 島部はそう言いながら、人形を次々に縫い上げていく。古本屋で古書修繕などを行っているからなのか、針を持つ手の動きは軽い。三人分を簡単に作ってしまいそうなほどの手つきに岡崎が見とれていれば、明けの明星より追加の書込みがされた。


 > 次来た時は、夕星に案内させる。村の秘密を教えてあげる。


 村の秘密。心が沸き立ちそうな言葉に岡崎の口角が釣り上がる。楽しみにしてますと返信をしてから、岡崎はまだ背中の部分が閉じられていない人形を前にして、カッターを手にした。

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