第37話

 図書館に到着した三人は、手分けして蔵書を探して回った。開館と同時に図書館内に入ったため、人はほぼいない。いても新聞を読みに来た老人が数人だけで、その周囲だけ人がちらほら見えるもののその他はがらんとしている。

 歴史書や、文庫のコーナーを見て回ること一時間程度。彼らが見つけられたのは数冊の本だけであった。

「司書さんに聞いたんですが、四茂野村について載ってる本はそう多くないそうで……。これだけだそうです」

「まあ四茂野について詳しく書いた本はそうないだろうな。なくなった村の事をその都度書いてるほど暇もねえだろうしな」

「確かにそれはそうね。綾の持ってきた本を見てみましょう。『戦時中の日本』、『日本昔話奇譚』……。そう、信憑性が少々怪しいけれど目を通すしかなさそうね」

「ええっと、四茂野、四茂野……。あ、ありました!」

 岡崎の指さす先には、四茂野村という小見出しがついている。三人が顔を付き合わせ、その記載を読んでいく。

 四茂野村は、戦時中にアメリカの爆撃により焼け野原となった。甚大な被害を受けた四茂野はその後集落として立ち行かなくなり、そのまま廃村となってしまった。

 その記載の後、その事実について懐疑的である旨が書かれている。戦時中とはいえ、そこまで甚大な被害を受け、廃村になるものなのか。村人の生き残りはいなかったのか。

 一冊目に書かれていたのはそれだけで、岡崎は次の本をめくる。日本に伝わる昔話を集めたらしいその本は、岡崎達も知らない昔話が数多く載っていた。

 四茂野村のページで手を止め、食い入るように見つめる。

「かつて四茂野村周辺にはねむり神様という昔話があった。四茂野村の奥には神様が住んでおり、村人と適度な距離を保ちつつ暮らしていた。ある時、結婚を控えた村の娘が神への供物を持って行った時、偶然にも神と鉢合わせをしてしまった」

「ここまではよくある話ね」

「娘は神の美しい見目に心奪われ、神は娘の清い心に惹かれた。お互いに惹かれあい、ともにあることを望んだ娘は結婚相手に別れを告げて神の元へと出向いた。しかし、結婚相手を蔑ろにした娘へ神は怒り、娘の姿を醜い化け物に変えて地獄へと落とそうとした」

「へえ」

「しかし男がそれを阻止しようとしたところ、勢い余って娘を地獄へと突き落としてしまい、男が醜い化け物に変えられてしまった。神はそれにもさらに怒り、四茂野村を人間の世界から切り離して、人間の世界にも地獄にもいけないようにしてしまった。そうして四茂野村は地図から消えてしまったのだという……ですって」

「これがあの立て看板に書かれていた内容か」

「昔話としては珍しい形では無いかもしれませんねえ。でもこれがどうして一度行くと戻れない村に関係してくるんでしょう?」

「これだけじゃ判断できないわね。インターネットで貴女探してみたらいかが? 得意でしょう、綾」

「得意ですけど……。あとは大学図書館当たってみます?」

「まあそれが妥当か。大学図書館ならほかの文献もあるだろ」

「インターネットで調べるのは車の中でも出来るんで、大学に向かってみます?」

「そうね、少しでも時間は節約したいわ」

 西園寺は本棚に本を戻してから岡崎と島部の方を振り向く。席から立ち上がった岡崎と島部が車の方へと歩いていこうとした時だった。三人の視界に変化が起きた。

 三人はは視界の隅に、真っ黒な人影を捉えた。人影の方を見れば、それは学ランを身に纏った少年だった。

 その少年は、あなたがしっかりとその姿を認識するとゆっくりと歩みを進め始める。

 一歩、また一歩。

 距離が詰まっていくごとにその姿はゆっくりと、それでも確実に崩壊し始める。足がひしゃげ、腕の関節があらぬ方へと曲がる。

 口から鮮血を落とし、頭部から血液や脳みそのかけらをべちゃりという生々しい水温と共に落としつつも三人へと近づいてくる。

 目と鼻の先のその姿が迫ったときには人としての形をかろうじて保っているだけのその肉の塊の眼球と視線が交わった。

 やけに生気を感じるその目は、昨日会話を交わした明星と名乗った少年のそれであった。

 ひ、と西園寺の喉から悲鳴になりかけた声が漏れる。だが動けずにいるのは過度な恐怖からだろうか。

 島部も顔がひきつり、足が止まっている。脳が理解することを拒んだからなのか、声すら漏れていない様子だ。

 岡崎はそんな二人に構うことなく瞬きを一度、した。瞬きをした瞬間に血まみれになった明星の姿は掻き消え、目の前には島部の車だけがあった。

「……幻覚、ですねえ」

「こんな趣味の悪い幻覚に貴女どうしてそんなに冷静ですの!?」

「こちらに危害を加えてこないものに対しては、特段意識を向ける必要が無いので……」

「さすがの俺でもこれはビビったぞ……」

「呪いみたいなものですかね? 明星くんも言ってたじゃないですか、一時的なものでしかないって。なので、何か村の呪縛から逃れる方法なりものなりを用意する必要があるとも思うんですよね」

「それに目星はついていて!?」

「現時点ではちょっと絞るに絞りきれないですねえ……。今回はニコシマ先輩のご実家で文献漁ってる暇もなさそうですから、ちょっと時間がかかるかもしれません」

「でしたらなおのこと早くなんとかするしかないじゃないの!」

「解決法を見つける前に、また一回四茂野に戻る必要があるかもしれませんねえ」

「……わたくし、もうあの村嫌ですわよ」

「奇遇だな先輩、俺もっすよ」

 島部に背を軽く叩かれた西園寺は、深い溜息と共に肩を落とす。その様子は見ているだけでも可哀想だと言えるほどに小さく、しょぼくれている。

 まあ何とかなりますって。岡崎は根拠の無い自信を口にしてから車に乗りこみ、朝ごはん代わりに適当なスナック菓子の袋を開けた。

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