第36話

 次に目が覚めた時、岡崎の耳には微かな潮騒の音が響いていた。うっすらと目を開け、いつの間にか座らされていた席から周囲を見る。

 そこは岡崎の住む街の海辺だった。海辺に設けられた駐車場の中、スナック菓子のゴミの中で岡崎は目を覚ました。隣には西園寺の姿があり、まだ目は覚めていないようだ。

 運転席ではハンドルに覆い被さるようにして眠っている島部の姿がある。全員が、乗っていた車の中にいた。

 そんなことがあるはずがない。確かに船に乗って車を降り、あの銃撃にあったはずだ。知らぬ間に車の中に押し込められて海岸に放っておかれるなどということはあるはずがないのだ。

 それなのに何故、岡崎達は知らぬ間に船を抜け出しているのか。船着場でもない駐車場に放置されているのか。全くもって分からなかった。

「先輩達! 起きてください! 先輩!」

「もう……何、煩いわね……。……あら、いつの間に外にいたのかしら、綾知ってて?」

「知りませんよう! 私も目が閉めたら外にいたんですもん! ニコシマ先輩、起きてください!」

「うるせえな……。……俺車だした覚えねえのになんで車出てんだ?」

「あー、ニコシマ先輩も覚えない感じです? 先輩方も猟銃で撃たれたりしました?」

「そうですわ! いきなり入ってきた男に撃たれましたの! 運良く弾丸は直撃しませんでしたけれど、なんですのあれ!?」

「俺も撃たれた、俺は腹に当たった。怪我はなさそうだが、目覚めが悪いな……」

「あれは一体なんだったんでしょう……。私も頬を掠めただけだったんですが、生きた心地がしませんでした」

 岡崎のこぼした言葉に西園寺と島部が頷く。どうやら彼らも同じ体験をしたらしく、岡崎の言葉を否定することはなかった。

 腹に銃弾を受けたと言う島部は服を捲って腹部を触ったりしているが、特に傷らしい傷がないようで首を傾げている。岡崎もスマートフォンをインカメラにして自身の顔を見てみたが、銃弾が掠った場所に傷はなかった。

 まるで夢の中の出来事のようだ。まさか今まで全部が夢だったのだろうか。そんな疑念を抱える中、岡崎は手の中に見覚えのある菓子が握られていることに気がついた。

 四茂野村の売店で買った、復刻版パッケージの菓子。それから足元に転がる清涼飲料水。それらは四茂野へ行く際には買っていなかったものだ。

 自身が買ったものが車内に転がっている。それが意味することは、四茂野村に行ったことは夢ではないということだ。現実的に信じられないことばかりが起きてはいるが、あの村であったことは真実なのだろう。

 岡崎が清涼飲料水を拾い上げてまじまじと見つめていると、それに気がついたらしい西園寺が眉を顰める。大方あれを夢だと片付けられないことに複雑な気持ちなのだろう。

「とりあえず四茂野村から生還しましたし? わたくしは家に帰りますわよ」

「そうは言ってられないんじゃないですかねえ。このまま帰っても日常には帰れない気がします、なにより分からないことだらけですし先輩気になりません?」

「気にならないと言えば嘘にはなるけれど、もう関わらないと決めましたもの。あの陰気な村に関わるのは嫌でしてよ」

「まあまあそう言わないで。四茂野のことを調べるのくらい、付き合ってくれてもいいじゃないっすか先輩」

「貴方まで綾の肩を持つっていうの?」

「肩を持つってか、岡崎のこういう時の勘は当たるんでね。岡崎が戻れない気がするって言ってるなら、それなりに情報を仕入れて対策を練るしかないってもんですよ」

「……はあ、結局こうなりますの?」

 深い深い溜息をついて、西園寺は頭を抱え込んだ。今回の件については、西園寺が自分で来ると言った以上責任の取りようがないため岡崎と島部は顔を合わせてどうするべきか視線を交わす。

 西園寺も自身が言ったことだと分かっているがために、岡崎達を責めるようなことは一切言わなかった。その代わりに気持ちを切り替えたのか、スマートフォンで地図アプリを開いてしばらくにらめっこを始めた。

 岡崎覗き込むと、それはこの周辺の地図らしくこれから当たる場所を考えているらしかった。

「ここからなら一番近いのは市営の図書館ね」

「行ってみます? 四茂野村とそう離れてないですし、資料あるかもしれませんしね」

「ええ。詳しいものがなければ大学に行って蔵書を片っ端から漁るしかないわ」

「その前に市役所に行ってみるのもいいかもしれないな。四茂野の件、多少なりとも話は聞けるかもしれない」

「それですわ! ニコシマ、貴方冴えてるじゃない!」

「お褒めいただき光栄ですよ、っと」

 頭をかき混ぜながら島部は答え、車のエンジンをかける。目下の目的地を市営図書館と決め、車を発進させる。

 発進と共に付けられたカーラジオからは、軽快なヘビーローテーションナンバーが車内に満ちる。そんな明るい気分になれないままに、三人は車に揺られながら市営図書館を目指して車を走らせた。

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