第35話

 到着した船着場は、どこか古臭いような雰囲気が漂う小ぢんまりとした規模であった。とまっている船もそう大きなものではなく、村人の足にしかならないような小さなもので、車のまま乗れるのか怪しいところであった。

 係員の誘導のままに車を載せ、船の中を歩き回っていれば短い汽笛のあとゆっくりと船は動き出す。足元が動くような感覚の中、手探りで船の中を探る。

 操舵室の中には入れなかったが、トイレや甲板など様々なところをはちゃめちゃに通ってやっとの思いで三人は体を休める事が出来る部屋へと到着した。元々は大部屋だった部屋を間仕切りで区切っているらしく、防音性には優れないが部屋数だけはありそうだ。

 あちこちが壊れ、それをテープで直したような船に些か不安を感じるが、乗ってしまった以上は体を委ねるしかない。西園寺は溜息をつきたくなるのを堪え、小声で言った。

「わたくし、二度目はありません事よ」

「分かってますよう、先輩船苦手ですもんね。まあ私も得意ではないんですけど」

「そういう問題じゃありませんわ! あの明星と言いましたかしら、あの少年をわたくしと貴女は突き落としましたのよ!? 事故とはいえどんな顔をしてまたあの村を訪れろといいますの!?」

「落ち着いてくださいよ、先輩。別に俺だってこれ以上あの村へ関わるつもりは無いんすから。だろ、岡崎」

「私もそうですね、あまり今回に関しては関わりたくありませんが……。でも一度行くと帰って来れない村ですよ? こんなに簡単に帰れると思います? 私は思えないんですよね……」

 そう言った岡崎に、西園寺と島部は口を閉ざした。二人も同じことを思っていたらしい。一度行くと戻れない村と有名になった四茂野村から、こうも簡単に帰れるなど拍子抜け甚だしい。

 まだ他になにか隠されたことがあるのではないか。そう疑ってしまうのは、オカルトに精通しているがゆえなのか否なのか。それは定かではないが、疑ってしまうのは仕方がないことだった。

 岡崎はまだ自分の手に残る明星の背の感覚を思い出して、何度か手を閉じたり開いたりした。そうすることで彼が戻ってくるわけではないが、少しだけでも自分の中に刻み込めるような気がしたのだ。

 船は動いている。部屋の中からは多数の寝息が聞こえ、この船が村の人の大切な足なのだということを実感させられる。静かに眠っている村人を起こさぬように、岡崎達は何も言わず空いている個室へと入りその体を横たえた。

 船に乗り、体を横にしてからどれくらい経っただろうか。眠っていた岡崎は遠くの方で聞こえる騒々しさにふと目が覚めた。

 乾いた拍手のような音と、足音。それがどんどん近づいてきている気がするのだ。

 不吉な予感がして個室の奥へ体をよせ、息を潜めているとこの部屋にその足音の主が入ってきた。足音は複数で、手前から順に何かをするために扉を開いているらしかった。

 一体なんの騒ぎか。西園寺や島部はこれに気がついているのか。そんな心配が胸を過ったが、それをかき消すような音が突然部屋の中で複数回にわたって響いた。

 それは、銃声だった。銃声が複数、一斉になったのだ。その後に呻くような人の声がして、それも聞こえなくなる。

 なんという事だ。岡崎は体から血の気が引くのが分かった。足音の主は、明らかにこの船の乗客を全員殺して回ることを目的にしているらしい。

 このままここにいても殺されるのを待つだけだ。一か八か逃げに走ってもいいが、西園寺と島部がいる。この二人を置いて逃げることは出来ない。

 それに逃げたところで船の中だ。後を追われて行き止まりに追い込まれれば今度こそひとたまりも無い。

 どうするのが正しい選択なのか、分からない。生き残るために何をするべきか、それすら混乱した頭では分からない。

 そうして考えているうちに、岡崎が身を潜める個室の扉が開かれた。体を固くして個室の扉を開けた人物を見上げれば、それは猟銃を構えた大男であった。逆光でよく見えないが、暗い中で目だけが爛々としているのだけはよく分かった。

 ーーああ、死んだかもしれない。

 岡崎がギュッと目を閉じたと同時に、かわいた発砲音が耳を劈いた。銃身から飛び出た銃弾は、なんの幸運か岡崎の頬を掠めて顔の横にある壁へとめり込んでいた。

 一命を、取り留めた。そんなことを思っていれば全室発砲を終えたのか、男が猟銃を一度おろした。飛び出るなら今がチャンスか。そう思って岡崎が体を起こそうとした時だった。彼等は何を思ったのか銃口を咥えたのだ。

 そこからは何が起こるかなんて分かりきったことだった。岡崎が止めるまもなく、彼らは足で引き金を引き自害を図った。

 銃弾が脳内を進み、頭蓋を破って飛び出す。その際に血液と脳漿を撒き散らし、周囲は彼らの血と脳漿で酷い有様となった。

 おそらく即死であっただろう彼らは、体の支えを失って猟銃ごと床へと叩きつけられそのまま転がった。その後は物音もせずただしんとした静寂が降りるだけだ。

 どうしたら、いいのか。岡崎は体を起こして救命処置に当たるべきか悩んだ。それより先に西園寺と島部の無事を確認したいところだが、死にそうな人間を後回しにすることは出来ない。

 そう思い、せめて脈はとろうと体を起こした時だった。ぐらりと視界が歪み、岡崎はその場でたたらを踏んだ。

 足に、力が入らない。それと同時に、視界もぐるぐると回ってとてもでは無いが歩けたものでは無い。

 船酔いにも似たその嫌な感覚の中、岡崎は必死に個室を出ようとしたがそれは叶わなかった。布団の上に体を投げ出したまま、岡崎は回る視界の中で意識を失った。

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