第33話

 北へ向かうこと十分ほど。小さな村であるため、神社はすぐに見つかった。禿げた朱塗りの社は少しだけ不気味で、岡崎は嬉々としてその中へと足を踏み入れた。

 神社の境内は酷くこざっぱりしており、所々に雑草が見える。手入れがあまりされていないことを伺わせる境内は、思ったのと正反対の出で立ちをしている。

 毎年祭りをしていると言う割には粗末で貧相な神社に、西園寺と島部は神社を怪しんで周囲に視線をやった。

 境内に社務所はなく、手水舎だけが少し離れたところにぽつんと設置されている。祭りの詳細などが分かればと思ったが、そういった手合いのものは見つけられない。

 閑散とした境内の中に唯一目が止まるものがあるとすれば、村に伝わる伝説を書いたとされる立て看板くらいなものだ。西園寺と島部が近付いていくのに気がついたらしい岡崎が、二人に続いてその立て看板に書かれた文言を読み上げる。

「かつて許嫁ありし娘、山奥にて眠り司る神とこふらく。娘ととこしへにあるため、娘……ええっと? 経年劣化で読めませんね……」

「娘を……ぐしゆかむとせり。されどそを止めむとせる男を持ちて、娘死ににけり。神いみじく悲しみ、そのさと……にけり。そがこゆ四茂野に……のまどろむかたがこの地なり、ね。だいぶ中は抜けてるがこんなもんか」

「読み上げご苦労様庶民。書いてあることをかいつまめば、山奥に眠りを司る神がいて、娘がその紙に出会って永遠に一緒にいようとしたけれど、男が止めようとして娘が死んでしまった。神は酷く悲しんで、四茂野をどうにかしたのだけれど、その神こそがここで微睡む神様だってことね」

「眠りを司る神様ですから、眠り神様で間違いなさそうですね。そんな神様が娘一人に執着して村をどうにかしたんですか、ギリシャ神話かなにかです?」

「岡崎、それはただの悪口にしかならんぞ、止めろ」

 島部の言葉に岡崎は少々理解できないという表情をしてから口を閉ざした。ただ、ギリシャ神話というのにも無理は無いのかもしれないと、島部は少しだけ反省した。

 ギリシャ神話には眠りを司るとされる神、ヒュプノスが存在している。タナトスと兄弟とされるその神は、手に持った角より地上に眠りを催させる液を注いで回っているとされている。

 ギリシャ神話と日本神話は共通点が存在することから、四茂野村における眠り神というのが元を正せばヒュプノスである可能性は否定できない。それゆえ、島部は少しだけしまったと思ったのだ。

 岡崎は特に気にした様子も見せず、神社内をきょろきょろを見渡している。他になにかめぼしいものがないかどうかを探しているのだろうが、わけを知らない人が見ればただの不審者である。

 その証拠に、偶然通り掛かったらしい高校生の男女が岡崎を物珍しそうな目で見ている。

「岡崎、落ち着け。そう露骨にきょろきょろするな」

「そうは言ってもせっかく都市伝説の村に来たんですよ? なにか収穫を得て帰りたいじゃないですか」

「その気持ちはわかるが、ただの不審者にしか見えないから止めろ」

「不審者じゃないですよう、失礼な……」

「あの、お姉さん達は外の方ですか? この村の外から来た人?」

 突然かけられた声に振り向けば、先程の二人組の高校生の内、女子高生が岡崎達の方へと近付いてきていた。彼女の表情には岡崎同様好奇心が見て取れて、西園寺は少しだけ警戒姿勢に入った。

 岡崎は声をかけられたことに驚きはしたものの、西園寺のように警戒することも無くそうですよと彼女へと頷いている。

 危機感が欠如しているというかなんというか。島部が内心嘆いていれば、女子高生が岡崎の手を突然握った。そして驚く岡崎を他所に、彼女は興奮しているような口調で話しかけてくる。

「本当にお姉さん達外から来たの!? ねえ、外では何が流行ってるの!? 美味しいものはある!?」

「え、えーと、美味しいものですか……? あるにはありますが、私そういうのには疎いんですよね……」

「美味しいものがあるんだ! いいなあ、お姉さん達! ねえ、この村には何をしに来たの!?」

「知り合いに連れてきていただいたんですよ、この村は外では有名ですから。とっても綺麗なところですね!」

「そう? 別に見るところもない辺鄙な村だと思うけど……。もしかしてお祭りのこととか?」

「そうです、お祭りのことなんです! お祭りについて、何か知ってることはありませんか?」

「お祭りだって、明星。ここのお祭りはね、出店とかはでないんだよ。十八歳になる子供達が花嫁を先頭にした列で洞窟まで行って、そこで神様からの寵愛を受けるための儀式をして終わり。ただそれだけ」

「へえ、そうなんですか。儀式をするとこの村では大人の仲間入りですか?」

「そうなるかな、儀式までは夜で歩いちゃいけないんだけど、儀式の後は夜外に出てもいいんだよ」

「夜外に出てはいけないんですか? その理由は分かりますか?」

「私は知らないかも。明星は知ってる?」

「……危ないから。人を食う化け物が出て危ないから外に出てはいけない、ただそれだけだ」

「それは子供騙しの作り話でしょ、もっとちゃんとした理由!」

 明星と呼ばれた少年は、少女が声をかけても言葉を発そうとしない。先程以外の答えを持ち合わせていないのか、はたまた話すのが面倒なのか。そのどちらなのかは分からないが、この件について話すつもりがないのは明確だ。

 少女もそれが分かったからなのか呆れたように溜息をついてから、岡崎へと向き直る。そしてきらきらと輝く瞳を向けて問いかける。

「ねえ、お姉さんは大学に通ってる人? 大学ってどんなところなの?」

「ええっと、人が沢山いて割と勉強にせっつかれる場所……ですかねえ。その分本は沢山ありますけど」

「いいなあ! 私ね、絶対今度の花嫁をやり終えたらこんな村出ていって大学へ行くんだ! こんな村に引きこもってるなんて最悪だし」

「花嫁を務めたら? 花嫁をなさるんですか?」

「うん、そう。ホントはやりたくないんだけど、やれって言われちゃったから。あー、やだな」

「花嫁はその年毎に変わるんですね」

「うん、十八歳になる人じゃなきゃダメだから」

 少女はそう言って、不思議そうに岡崎を見た。岡崎は少しだけ考えてから、何を思ったのか自身の名前を告げて大学という場所がどのような場所なのかを大雑把に説明し始めた。

 規模、入試形態、授業の登録方法、授業への参加方法、試験形態などなど。岡崎や西園寺、島部には真新しくもなんともない話を、かいつまんで少女へと教えた。

 少女はそのどれにも瞳を輝かせ、岡崎が話終わるとお礼を言って彼女も名乗りでた。彼女は夕星灯華というらしかった。

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