第32話

 役場はほとんど手入れがされていないのか、あちらこちらにがたが来ているのが分かる程に荒れていた。立て付けの悪い扉を開けて中を覗けば、集会所に窓口が二つほどつけられたようなこぢんまりとした内装をしている。

 岡崎が遠慮なくきょろきょろを中を見渡していると、壁に設置されたコルクボードが目に付いた。遠くからでもわかるほどに、そこには数多くの写真が貼られている。

 近付いて見てみると、長年にわたっての村の記録のようだった。季節は夏の時期に撮られたものが多いが、時折深い雪景色が混じっているあたり気が向いた人間が撮っているのだろう。

 夏の写真は決まってどれも祭りの写真ばかりで、華やかな衣装を身につけた少女などが目立つ。

 いくつもの写真を流し見して、岡崎達はある不可解な点に気がついた。不可解というのも、どうにも写真に写っている村民の年齢が変わっていないかのように見えるのだ。

 長くにわたり毎年のように撮られた写真に写る同一人物らしい人の外見が、全く変わらない。若く見えるだけかもしれないが、それにしてはあまりにも変化がなさすぎる。

 まるである一点で時が止まってしまったかのような不自然な写真の群れが、薄気味悪さを波乱でそこに存在している。それがどうにも気持ち悪く、岡崎達は自然とそこから目を離していた。

「……先輩方、なんか写真おかしくないです?」

「ええ、それは思ったわ。年齢がそのままに見えるのだけれど、私の気のせいかしら」

「いや、俺もそう見える。十年も前の写真とまるきり同じなのはどう考えてもおかしいだろ」

「ですよねえ……。私だけがそう見えてるのかと思ってちょっとドキドキしましたが、先輩方も同じように見えますよね……」

「誰が撮ってるんだろうな、この写真。撮った奴が修正してんのかもしれねえけど」

「この村ですわよ? わざわざ写真を加工する必要、どこにございますの? そんな暇人、いないと思いますわ」

「聞いてみましょう、職員の方が撮ってて何かしてるのかもしれませんし。……すいませーん!」

 岡崎は役場内に聞こえるような大声で職員を呼びつけた。突然の大声に一瞬肩を跳ねさせた職員だったが、自分になにか用があるらしいと気が付いた職員が慌ただしく窓口へと近付いてきた。

 眼鏡をかけた気弱そうな男性は、岡崎の真っ直ぐな視線に気圧されたかのように視線を逸らし、恐る恐る伺うようにして岡崎の顔を見上げる。

 自身の住む自治会でも見たことがないような態度の職員に嫌な顔をするでもなく、岡崎は口を開く。

「あの、少しお伺いしてもいいですか?」

「は、はい。答えられることならお答えします」

「あちらのコルクボードの写真はどなたが撮られたんですか? 役場の方が撮られたんですか?」

「ああ、あの写真ですか。あれは村に住んでいる有志の方が撮ってくださるんです。役場の職員が撮ったものではないんです」

「へえ、そうなんですねえ。つかぬ事を伺いますが、この村の方はお若くていらっしゃるんですか?」

「いいえ? 移住される方以外はほとんどお年を召した方ばかりですよ。農業をやるために外から戻ってこられる方もいらっしゃいますが、そう多くはないかと」

「そうなんですか。あの写真、随分お若い方が多く写ってらっしゃるようだったので気になって」

「そうでしたか」

「質問ばかりで申し訳ないんですが、転居の手続きはここでも出来るんですか? 私の知り合いがこちらに転居をするとかで、もし手続きがここで完結出来るならその方がいいかなあと思って」

「転居に関しては、四茂野の管轄では無いですね。取りまとめている大きな市役所での管轄になります」

「そうですか、こちらは出張所のような扱いだと思っていればよいですか?」

「そう、ですね。それで間違いないです」

 眼鏡の奥で視線をさ迷わせながら、職員は頷く。威圧的な態度をとられた店員のようなその態度に、岡崎は少しだけ自分がぐいぐい質問をしすぎたのだろうかと申し訳ない気がした。

 いたたまれなくなって周囲に目をやると、些か役場内に置かれている電化製品が古臭いものが多いことに気がついた。人が多くないだけあまり稼働させないのか、長年もっているらしい。一昔前の電化製品がさも当然とでも言うように置かれている役場内は、どこか不思議な雰囲気を醸し出している。

 変なの。岡崎は妙な違和感を覚えながらも、本題へと入った。

「あ、そうそう。ここは夏になると毎年お祭りをするとお伺いしたんですが、神社が本元だとお伺いしました。お恥ずかしながら、こちらの村の神様について何も知らないので軽く教えていただいてもいいですか?」

「眠り神様のことですか? 我々も詳しくは知らないんです。ただ毎年十八歳になった子供を神社奥にある御神体まで連れて行って儀式をするんです」

「儀式とは具体的にどのような?」

「もう何年も前のことなので忘れましたが……神様が直接寵愛を授けてくださるんですよ」

「へえ……神社はどちらにあるかお伺いしてもよろしいですか? 実際に歴史など見てみたいので!」

「でしたらここを出て、北の方へ向かえばすぐに見えますよ」

 職員はそう言いながら、扉の向こうを指さす。岡崎はその指先の方へ視線を向けてから、笑顔を浮かべて礼を言った。

 窓口から離れ、今案内されたことや聞き込んだことを西園寺と島部へと共有する。神社の場所については頷いた二人だったが、写真の件については少将懐疑的な表情を浮かべている。

 それは岡崎も同じだったため、職員から隠れるような形でこそこそと言葉を交わす。

「移住者がちらほらって割にはがっつり若い人ばっか写ってんぞこの写真」

「なんなんでしょうね、どういうカラクリなんでしょう?」

「子供が生まれていることを考えると、それなりに若い人もいるのでしょう。でもそんな人影一切みてませんわよ」

「ですよねえ。神社に行くまでの道すがら、若い方に会うか見てみます?」

「それくらいしか出来ることはないだろ。来ちまったもんは仕方がねえ、とりあえず神社まで行って帰るとしよう」

「そうですわね」

 西園寺が承諾したため、三人は役場を後にし北の方へ向けて足を進め始めた。神社の鳥居が見えるまでの間、彼女達がすれ違ったのはほとんどが老人ばかりで中年と言えるような村人は数える程度しかいなかった。

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